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宇波彰現代哲学研究所

多種多様な「知」の交流を通じ文化創造との実践的な橋渡しをめざし、新たな学問分野の開拓を行う研究機関のブログです。

桜井哲夫『世界戦争の世紀』を読む

 桜井哲夫の『世界戦争の世紀』( 平凡社, 2019 )がついに刊行された。「ついに」というのは、この著作は、800ページを超える大著だからである。これは実に多くの意味で「重い」著作である。著者は本書の序章に当たる「開幕 20世紀の<思想>と<戦争>」の最後のところで、この著作を書こうとした意図について次のように書いている。「本書は、二つの<世界戦争>という政治現象を柱にしつつ、その流れのなかに翻弄され続けたヨーロッパ知識人の思想と行動をからめながら、20世紀の歴史と思想を跡づけようとするものである。」(p.24) まことに壮大な試みと言うべきである。
 この著作のタイトルにあるように、著者は20世紀を「世界戦争の世紀」として捉えている。死者・行方不明者は第一次世界大戦では1600万人、第二次世界大戦では6000万人であった。それは人類の歴史のなかで突出した「戦争による無数の死者たちの世紀」である。
 著者の基本的な方法は、いままでの著作にも示されていたが、とにかく資料を丁寧に読み込むというところにある。そのために、たとえば1920年代後半にフランスで刊行された「マルクス主義雑誌」「エスプリ」「哲学」を、著者は「すべてマイクロフィルムからのコピーを手元にもっている」( p.373 )のである。そうした非常に多くの文献•資料を徹底的に読み込むことによって、本書は書かれている。
 そして本書では、著者自身の考えがいたるところに示されていて、それが本書を単なる「引用のモザイク」にしていない基盤になっている。たとえば、第一次世界大戦について、「今日に至るまで、誰もが納得しうる戦争勃発の決定的要因は、定まっていない」としながら、著者はホブズボームの見解などを参考にしつつ、自分の意見として「諸国間が織りなしている様々な関係の網の目が、いつしか機能不全となって切断されるに至った」ことが重要だと述べている( p.34 )。
 本書の最大の魅力は、単に歴史上の事実を並べるのではなく、生きた人間たちと、その人たち相互の関係を生き生きと描いているところにある。たとえば、アンドレ•ブルトンは、ナジャという統合失調症の女性に「強くひかれた」にもかかわらず、「病んだ彼女に精神的に依存されつづけて、耐えきれず逃げだしてしまった」のであるが、著者は「ブルトンの唐突な共産党入党は、ナジャに対する<贖罪>の意味を持っていたのではなかったろうか」と推測する( p.356 )。また、互いに気があわないように見えるジョルジュ・バタイユと、無愛想なシモーヌ・ヴェイユが、ぶつかりあいながらも頻繁に会っているシーンなどは、きわめて印象に残る。
 また、ドイツ軍の兵士は「ドラッグ漬け」だったのであり、彼らはドラッグの力で、一睡もしないでも戦場に赴くことができたという。(戦争末期の日本軍の飛行士たちもヒロポンを使ってB29を攻撃していたという。)最近、ヒトラー自身もドラッグ依存症だったという報道があったが、独裁者も兵士もドラッグに依存していたのだ。本書では、いたるところにこのような記述があって、読んでいて倦むことがない。とにかく、これは実に刺激を与えてくれる、文字通りの大著である。
 (2019年9月10日)

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映画「テルアビブ オン ファイア」を見る

 去る2019年8月28日に、私はサメフ・ゾアビ監督のイスラエル・ベルギー・ルクセンブルグ・フランス合作映画「テルアビブ オン ファイア」(2019年)を試写で見た。イスラエルの都市テルアビブに住むパレスチナ人の男が、仕事場のあるパレスチナ自治区のラマッラー(以前は「ラマラ」と表記されていた)に毎日通っているうちに、検問所のイスラエル軍の責任者の将校と知り合うようになり、その男の意見を入れて、人気テレビドラマの脚本を書いて行く。そのテレビドラマがスクリーンに写されるから、観客は、映画の話とテレビドラマの話という二つの物語が交錯して進展するのを見ることになる。きわめて巧妙な展開の仕方である。タイトルが示唆するものとは全く異なる、コメディ、娯楽映画として十分に楽しめる。
 しかし、同時に私はこの映画がわずかに垣間見せているものに注目した。そのひとつは、イスラエルとパレスチナ自治区とを隔てるために作られた、とてつもなく高く長い壁である。いま、世界のあちこちに「壁」が作られているが、この映画でちょっとだけ写されているような巨大な壁は、多分ほかには存在しないであろう。この映画の主役であるパレスチナ人は、その壁を見ようともしない。強固なその壁は非常に高く、非常に長く作られている。それを乗り越えて行くことも、そこに穴を開けることも全く不可能である。李白ならば、「その壁は高く、天との間は一尺しかない」というであろう。
 「壁」というと、われわれは「ナマコ壁」のようなものを想像しがちであるが、英語のwall,
フランス語のmur,ドイツ語のMauerなどには、もっと大きな障壁の意味がある。英語でGreat wall は「万里の長城」のことである。「ベルリンの壁」も想起される。9月1日の毎日新聞には、モロッコと西サハラとの間には「砂の壁」があるという記事があが、この「壁」には地雷が埋められているのだ。もちろん「壁」は物理的な「隔離」を目的として作られるものであろうが、壁には象徴的・記号的な意味を持つにすぎないものもある。万里の長城も、ハドリアヌスの壁も完全な「隔離」を可能にしていたとは思えない。これに対して、「テルアビブ オン ファイア」のスクリーンには収まりきれないような巨大な「壁」は、完全な隔離、非情な分離を直接的に行なっている。
 たまたま私は、フランスの美術史家ジョルジュ・ディディ-ユベルマンの新著『欲望する 服従しない』(Georges Didi-Huberman,Désirer désobéir, Minuit, 2019) を読んだところだが、その「壁を背にして」の章には第二次大戦中のワルシャワで、ユダヤ人を閉じ込めるために作られた「壁」の写真が何点か載っている。壁の前で餓死しつつある子どもの写真もある。この壁は、戦争中にドイツがユダヤ人に建設の費用を負担させて作ったものである。映画「テルアビブ オン ファイア」に写っている壁はその延長線上にある。実際、この著作にはイスラエルとパレスチナとを隔てる小規模の壁の写真も収められている。つまり、ワルシャワとイスラエル・パレスチナとが、通時的に結びつけて考えられている。
 
 映画「テルアビブ オン ファイア」では、境界にある検問所のイスラエル軍の責任者と、テレビドラマの脚本を書く男とが交流するという話になっている。実際にそうあればいいのだが、おそらく現実は映画とは全く異なるものだと考えなくてはならない。最近、私はミシェル・アジェ『移動する民』(吉田裕訳、藤原書店、2019)を読んだ。これはいま話題になっている、ヨーロッパへの難民・移民の問題を、なんとか「歓待」という考えなどによって解決できないかという意見を示したものである。この原書のタイトルはLes migrants et nous, comprendre Babel(CNRS, 2016)で、「移民たちとわれわれ バベルを理解する」という意味である。(この原書は5ユーロのパンフレット状のもので、邦訳にはほかの論文も加えてある。)難民・移民とヨーロッパ人は、「バベルの破壊以後」的な状況、つまり言語・意志が相互に通じない状況にあり、その対立を改める方法が求められる。20世紀後半から激化したイスラエル人とパレスチナ人との対立状況は、これよりもはるかに過激である。対立というよりもむしろ「敵対」であろう。この映画では、その「敵対」が具体的に描かれているわけではない。しかし、「1967年」「インティファーダ」「オスロ合意」「ホロコースト」といったことばが瞬間的に出て来ることは確かである。他方、イスラエル軍の将校と、パレスチナ人のシナリオライターとは、「バベル以後状態」を脱して、コミュニケーションが可能となったようにも見える。しかし、この映画はあくまでも「イスラエル・ベルギー・ルクセンブルグ・フランス合作映画」であり、イスラエル側の考えが無視されているとはいえない。「歓待」は、実は不可能ではないかと考えざるをえない。
 内藤正典の『ヨーロッパとイスラーム』(岩波新書、2004)は、難民・移民の問題を考えるための基本的文献のひとつである。その結論と見えるものは、次の数行に要約されるであろう。(ヨーロッパとイスラ-ムという)「両者の規範が異なることは、すでに明らかとなった。本書で例に挙げたドイツ、オランダ、フランスという三国の状況は、イスラーム的規範と西洋文明の規範が、いかなる局面においてぶつかりあうかを示している。」(p.199)内藤正典は、両者の規範が「ぶつかっている」と考えているのである。ヨーロッパにおいてさえ、「衝突」の状況であり、パレスチナ・イスラエルでは、それは「敵対」の状況にほかならない。映画からは離れたかもしれないが、見たあとの私の感想を述べた。
(2019年9月4日) 

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弁証法的アナクロニズムと絵画

7月25日から8月3日まで神奈川県民ホールで開催されていた「プレイバック ザ・カナガワビエンナーレ!:カナガワビエンナーレ国際児童画展開催20回記念特別展」内企画展示「《帰国した80年前の児童画たち》について」という展覧会に足を運んだのには以下のような理由があった。
上野の東京都美術館でクリムト展が開かれていた時のことだった。この展覧会を見終えた私は、地下の展示室が偶然目に入ってきた。そこでは都美セレクショングループ展2019「星座を想像するように――過去、現在、未来」が開催されていたが、その一つとして日独伊親善図画という展示があった。80年以上前に描かれた児童画を私はその時初めて目にしたが、飾られていた絵の多くに函館市弥生尋常高等小学校という表示がなされていた。その小学校は叔母が30年程前に勤務していた学校のかつての名前であり、その学校の近くにあった市立函館病院には祖父が入院していた。祖父はそこで亡くなったが、火葬場は小学校の近くにあった。弥生小学校の傍を火葬場に向かうわれわれ家族を乗せたバスが通り過ぎて行ったおぼろげな記憶がある。だが、80年前の親善図画と弥生小学校とを結びつけるものが私に思い浮かばなかった。展示場にはこの関係性を示す詳しい情報は何もなかった。受付の女性に尋ねてみると、連絡先を教えてもらえれば、この展示の企画者から何らかのコンタクトがあるようにするという答えが返ってきた。私は名刺を置いて会場を出た。
 10日程してから、企画者の東京芸術大学院生の田中直子さんからメールがきた。そこには彼女がこの児童画と出会ったきっかけや展覧会を行うようになった経緯などが書かれてあった。しかし、弥生小学校と日独伊親善図画との関係性は判らなかった。メールには「カナガワビエンナーレ国際児童画展開20回記念特別展」での親善図画の展示について、さらには80年前に描かれた児童画をもっと多く、約200点展示するということについても書かれていた。運悪く編集プロダクションからきた原稿書きの仕事のため、私はなかなか時間が取れなかった。しかし、展覧会が終わる二日前に何とか最後の原稿を書き上げ、翌日、展覧会に行くことができ、田中さんにも直接会うことができた。これから述べようと思う事柄は以上のような背景の下に書かれるものである。それゆえ、ここで行う考察はある歴史的出来事を巡る学術的な厳密な研究といったものではなく、個人的な問題を多く含んだ試論と言うべきものであることを先ず断っておかなければならないだろう。 

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かでるでテラヤマを観る

 風蝕異人街の「青森県のせむし男」を札幌の「かでる」で見てきた。
まず目に入るのが中央の日本画風の母子像。これが印象的。
その両側に「てのひらに百遍母の名を書かば生くる卒塔婆の手とならんかな」と
「まなざしのおちゆく彼方ひらひらと蝶になりゆく母のまぼろし」という
寺山の短歌。母子の情を書いた短歌だが、それを家という大きな文字で読めないように
覆っている。その下は赤い格子。この格子が縦横無尽に動いてこの劇では大活躍する。
これはこの世のものならず…と言って三途の川の賽の河原で一つ積んでは母のため、
と石を積んでは鬼に崩される地獄の光景が語られる。
 母恋い地獄。これがこの劇の主題である。
 卒塔婆を背負った黒子の村人が時折、大正家の噂話をする。
 大正家の御曹司は女中のマツに手を着けて子どもを産ませた。
 生まれた子どもは背にこぶがあり、引き取られて行方知れずとなった。
それから30年後、50になったマツ(堀きよ美)は大正家の未亡人として、旅人や奉公人を
 もてなして暮らしていた。そこにコソ泥として捕まったせむし男の松吉(三木美智代)が
未亡人のマツと対面する。
 松吉に思いを寄せている女学生(私の回では、柴田詠子)が松吉とマツの母子の
顛末の目撃者として語る。
 松吉はマツを訪ねて母恋しくてここへたどり着いた 松吉をマツは近くの土手に連れ込んで、他人として、そして男として扱った。
 見るに耐えない禁断の場面を、女学生は目撃してしまった。
マツを責める女学生にあの子は松吉なんかじゃない、
 松吉はこの手で草刈り鎌で赤子の時に間引きした、
そもそも私はあの土手で御曹司に手籠めにされた、
 私は仏に生れてくる子に私の肉の墓を建ててくださいと祈った、とマツが言う。
 果たして松吉はマツの実子なのか、真相は闇の奥。
マツに向かって仏壇から身を乗り出してくる松吉がこの世の地獄を呪う。
 女学生が熱演で、未亡人マツも鬼気迫る。
だが、松吉が身の毛もよだつ異形の者として、迫真で自分の業を演じ切る。
 凄すぎる演出(こしばきこう)と芝居と歌と踊りだった。お勧め!
 
 修ちゃんはそんなにハツが嫌いなの?母子の情が胸を打つのさ
2019.813

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政治空間内のブラックホールについて

 「現代ビジネス」の7月4日の記事としてネット配信された政治学者の中島岳志とフリーライターの武田砂鉄による「「安倍首相は空虚である」自民党政治家を徹底分析して見えた「実像」」という対談には、安倍晋三の政治家としてのイマージュについての考察がなされていた。私は政治学も、経済学も、社会学も専門外ではあるが、この対談の中で語られている安倍空虚説に強い興味が沸き、この説を更に深く検討していこうと考えた。それがこのテクストを書こうと思った動機である。それゆえ、これから行う論述の中で私は安倍晋三という考察対象を分析していくが、それはこの人物の個人史を追うためのものでもなければ、彼の政治イデオロギーについて解明していくためのものでもない。ここで私は考察対象の政治的言説及びそれに伴った言表的行為を言語学的及び記号学的視点から観察することを通して、日本における政治的無責任性への暗黙裡の了解と非合理性への憧憬という問題について明確化していこうと考えている。 

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