宇波彰現代哲学研究所

多種多様な「知」の交流を通じ文化創造との実践的な橋渡しをめざし、新たな学問分野の開拓を行う研究機関のブログです。

「皇紀2676年」

 このブログに載せた「扶余の記憶」で、私は戦時中に朝鮮の扶余(プヨ、百済の最後の都のあったところ)に、「扶余神宮」建設の計画があったが実現はされなかったと書いた。しかし、その後数冊の文献に当たってみると、作られたという説、建物はできたが、天照大神・明治天皇の「鎮座」はなかったという説など、諸説があることがわかった。ということは、扶余神宮について関心を持つ人が少ないということかもしれない。 肝心なことは、朝鮮の人々に日本の神・天皇への礼拝を強要したことである。その強要によって、当時の日本の統治者が「内鮮一体」ができると思っていたとすれば、それはまったくの誤りである。一体化とか同一化は、簡単にできるものではない。ハンナ・アーレントの『全体主義の起源』を読むと、近代ドイツでは、「同化ユダヤ人」が大きな問題であったことがわかる。同化ユダヤ人とは、ドイツ人と「同化」したとされるユダヤ人のことであり、「東方ユダヤ人」と区別される。しかし、「同化ユダヤ人」は、ドイツ人になることはできず、強制収容所へ送られたのである。朝鮮の人々に日本の神・天皇を礼拝することを強制して「内鮮一体」が実現されると誰が考えたのであろうか。
 しかし扶余神宮の問題は、当時の日本の統治者たちが「神社」を重視していたことを示すものである。つまり、日常生活のなかでの「神社」の役割を考えていたということである。われわれは日常生活でもまだ「神社」と関係がある。建物を建てるときには神主に「お払い」を依頼するし、結婚式は「神式」が多い。
 2016年3月に私は静岡県三島市にある「三嶋大社」を訪れた。この神社の祭神は、金達寿の『日本の中の朝鮮文化7』(講談社、1983)によると、もともとは百済から「渡来」した神だという(p.22)。この神社にはすでに何回も行ったことがあるが、頼朝が旗揚げした場所だという記念碑、若山牧水の歌碑があることに初めて気付いた。牧水はこのあたりが好きだったらしく、先日早咲きの桜を見に行った伊豆の土肥にも牧水の銅像があった。
 三嶋大社の桜も満開で、見頃だった。この神社で「お明神さま」という小冊子の21号をもらって来て読んでみると、今年の2月11日に「紀元祭を行い、橿原神宮を遙拝した」と記してある。橿原神宮は神武天皇を祭神とする神宮である。一昨年訪れたが、その本殿の入り口に「皇紀2674年」という大きな看板があった。「皇紀」とは、神武天皇即位の年を紀元元年とする年の数え方である。私は山梨県石和の小さな神社でも、同じ「皇紀何年」という表示を見たことがある。日本の神社では「皇紀」を使うのが日常かもしれない。また、東京都内の真言宗豊山派のあるお寺でもらった『豊山宝暦』には、「西紀2016年、皇紀2676年、仏誕2479年」と並記してある。日常生活にもまだまだ「天皇制的なもの」が根付いているのだ。(2016年4月11日)

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絵画空間と対話性

 東京ステーションギャラリーで開かれているジョルジョ・モランディ展に行く。「同じ言葉であっても、それが繰り返されたときには、もう同じ意味のことが語られてはいない。」正確なフランス語は覚えていないが、パリ第五大学教授だったフレデリック・フランソワはおよそ20年前、言語学の講義の中でこのように述べていた。初めて見るモランディの絵を前にして、フランソワのこの言葉が思い出された。モランディの作品が、同一性、差異、類似性という問題を喚起させたからである。
 1890年にイタリア北部のヨーロッパで最も古い大学がある都市ボローニャに生まれ、1964年に死去するまでそこを離れることがほとんどなかったモランディ。彼の作風について、「ジョルジョ・モランディが特定の流派に属しているとは明確に断定できないが、セザンヌの作品に大きな影響を受けている。たとえば、形態の荘厳さや濃密な色彩部分はセザンヌに近い。この画家は芸術的本質への接近を展開している。極めて洗練された形態的感覚に導かれ、彼は現代風の様式を鑑賞者の目に呼び起こしながら、色調とデッサンの微妙な繊細さを彼の描く風景や静物にもたらしている」とフランス語版ウィキペディアの解説箇所の冒頭には書かれている。それが正しい評価かどうか、美術専門家ではない私に、はっきりとは判らないが。私にとって問題であったのは、モランディ作品の半数以上を占める静物画における対象としてのモノの存在性の問題であった。

モノの存在性
 モランディの静物画には、花瓶、水差し、燭台、壺といった同じ物体が繰り返し描かれている。しかし、この「同じ」とは一体何であろうか。「同じ」という語はある事象の同一性を示しているが、実際にはその同一性がいかなる側面から語られているのかは問われていない。「同じ」という言葉の反意語である「違う」に対しても同様のことが述べられる。生物に比べて無生物はその存在の同一性が確実であるように思われている。原理的には時間と共に変化しないからである。変化しない即自存在であるモノはその存在意味を問うことがなく、他のモノを見つめることもない。だが、モノが存在している世界は不変ではない。また、モノは存在の意味を問い、それを見つめる主体と対峙しなければその存在性を問われることはない。世界内存在という古典的な概念は主体と世界の関係から語られる場合がほとんどであるが、モノと世界との関係からも語られる必要性がある。同一と見なされたものも、見つめる主体の前で、同じであると同時に異なっているのだ。
 さらに、モノ自身の同一性が堅固なものであったとしても、世界は変化する。モランディは仕事部屋に置かれた作品のモチーフとなるオブジェの上に溜まった埃を払うことを禁じていたという。不変であるはずの物体に刻印された世界の変化の痕跡を見つけ出すためだろうか。同一性の神話は脆いものだ。同じモノと言った瞬間、われわれはその対象が安定しており、いつまでも変わらないと信じているが、それが存在する空間と、それが同一だと信じている見手が時間と共に変化してしまう以上、モノの不変性が保障されている訳ではない。この事実を確認するには、ある対象の上に知らぬ間に溜まった埃を見るだけ十分であろう。同一とは変化を抱えた同一であるが、もしもあらゆる差異を認めれば、存在の条件は砕け散り、存在の基盤は破壊される。だからこそ、差異の中にある同一性が要求される。同じモノが同じではなく類似しているだけにしか過ぎなくとも同じであると信じる必要がある。

ベンヤミン、バフチン、モランディ
 岡田温司は『モランディとその時代』(人文書院、2003) の中で、美術批評家のアルカンジェリの仮説に依拠しながら、モランディが同一のオブジェを連作的に描く場合であっても、「形成されたフォルムの極」と「不定形なフォルムの極」との弁証法的な展開を提示すると述べている。対象の形態が具体的であるか、抽象的であるかによってテーゼに対してアンチテーゼが対立させられ止揚するという定式からモランディの作品を解釈することも確かに可能なのかもしれない。だが、こうした正統的な弁証法のみを彼の作品展開に見出そうとするならば、岡田がこの本の中で何度か提示している過去の歴史を救済するために語られたベンヤミン弁証法は、モランディの作品とは無縁なものとなってしまうのではないだろうか。モランディの絵に論争的 (ポレミック) な弁証法的展開を発見しようとすることには大きな問題があるように思われる。なぜなら、ベンヤミン弁証法はマイナス要因の中にプラス要因を段階的に探りながらレベルチェンジしていくものであり、対立による進歩というポレミックな展開を示すものではなく、事象の多声的 (ポリフォニック) な側面の探究だからである。それゆえ岡田もモランディ作品を語るためにベンヤミン弁証法を用いたはずである。モランディの絵はポレミックではなくポリフォニックなのだ。
 ポリフォニーは、あらゆる言語活動が対話的であると主張しているバフチンの理論を支える根本概念である。「空間的にも時間的にもお互いに隔たっていて、お互いに何の接触もない二つの言表が、意味的に対比されることによって、また、何らかの意味的収斂があるときに (テーマや観点がわずかに共通するだけかもしれないが) 対話関係が現れ出る」というバフチンの言葉を思い出そう。ここにはベンヤミンの述べている過去の歴史の救済に連結するベンヤミン弁証法と交差したポリフォニーの問題が示されている。このポリフォニーという概念は言語記号だけに関連する問題ではなく絵画記号にも深く係わる概念であり、絵画的ポリフォニーの実践をモランディの絵の中に見出すことは可能なのではないだろうか。「形成されたフォルムの極」と「不定形なフォルムの極」への揺れは、描かれた対象が対立し止揚され本質へ向かうというものではなく、ポリフォニックな展開としてのモランディのモノとの絶えざる対話を表しているのではないだろうか。

換入による意味生成
 「現実以上に超現実的で抽象的なものは何もないと思う」とモランディは1955年のインタビューの中で語っている。この言葉は次のような考えを呼び起こす。モランディの静物画に登場するモノは先ほども述べたように机の上に置かれたその多くがセラミック製の器で、色もほぼ単色であるといった類縁性を帯びている。だが、連作の静物画を比較するとよく判るが、描かれた対象の位置が少しずれたり、明度が少し変わっていたりしている。その差異の提示は換入による音素の決定のような働きをしているように思われる。モランディの絵画制作がまるで有限な単位から無限の意味を組み立てていく作業に見えたのである。
換入は言語学における基本単位である音素や記号素を決定するために用いられる重要なテストである。おおよその手続きを示せば、たとえばフランス語において、[ bal ](球)~[ mal ](悪) という最小対は、語頭の [ b ] と [ m ] のみを換入することによって、二つの音連鎖の差異が意味の違いという別のレベルの差異を生むことを示している。この作業の結果から、各言語の音的単位つまりは非意味単位である音素が導かれる。音素はラングの最小単位であり、共時的に見て、言語ごとに音的特徴が固有で有限個であり (その数は言語ごとに異なり、多くても三十程度である)、音素が連続することによって無限の意味単位が生成されていく。ただそこにある即自的な存在から意味を表す形態へ、モランディの静物画の中に描かれた対象の位置や、色調や、タッチなどのわずかな違いは、換入作業を思い起こさせる。弁証法的に本質に向かうのではなく、有限個の基本単位を抽出し、その単位を連続させ、差異化することによって多彩な意味を構築していく。モノとのポリフォニックな関係から導き出される意味の広がりは、このように作り出されていくのではないだろうか。

同じモノの反復は同じモノの単なる繰り返しなのではなく、差異の出現である。だが、われわれは無数にある差異の枠組みの中で、しばしば、差異よりも類似しているということに焦点を合わせ、同一性の中に安住することを望む。モランディ展を見終えたとき、「本当のものは目には見えないんだ」というフランスの実存主義作家の言葉ではなく、「目に見えれば何だって描ける」というモランディの言葉が強く響いてきた。彼の絵画制作はモノローグ的行為ではなく、ディアローグ的行為なのだ。私はそう確信した。

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小林清親展を見る

 去る3月11日に、町田市立國際版画美術館で、「清親 光線画の向こうに」を見た。小林清親(1847~1915)の作品を年代順に追うことのできる展示である。清親は浜名湖西岸の新井の関所で働いたり、その近くの鷲津の農家の娘と結婚するなど、静岡県と多少のつながりがあり、静岡県立美術館には、彼の多くの作品が収められていると聞く。また、私は1998年に静岡県立美術館で開かれた「明治の浮世絵師 清親」展に行き、そのときに求めた図録が手元にある。
 今回、町田で開かれた清親展で、私が特に注目したのは、「田母野秀顕君之肖像」である。図録に収められている岩切信三郎の解説を引用するならば、この作品は「奇跡的に」この美術館に収められているのだという。この肖像画は、「福島事件」で「国事犯」とされた人物を描いたものである。岩切信三郎のことばを引用するならば、「福島県令三島通庸が、自分の方針を批判し従わない自由党員を弾圧し、河野広中、田母野秀顕、平嶋松尾等6名が政府転覆の国事犯として投獄された」のが福島事件の結末であるが、小林清親は、その「国事犯」のひとり田母野秀顕の肖像を描いたのである。版元の原胤昭は、軽禁固3月、罰金の刑を科された。これは、明らかな言論弾圧である。その当時の小林清親が、出版元の原胤昭とともに、きわめて先鋭な反権力的意識を持っていたことを示している。岩切信三郎の言うように、これは「自由民権運動の資料」であるが、それと同時に、小林清親の作品の政治的なものが見えている。彼は伊藤博文など当時の政治家の風刺画も描いている。現代の「言論弾圧」の時代に、彼らから学ぶべきことが多い。
 この展示は「清親 光線画の向こうに」というタイトルである。「光線画の向こうに」ある、1880年代の清親の政治性、反権力的立場、反骨の思想が明確に示された、高い価値のある展示である。(2016年3月14日)

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第5回東京精神分析サークル主催コロックのお知らせ

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この度、東京精神分析サークルでは、昨年に引き続いて「東京精神分析サークル主催コロック」という講演会を開催します。

「第5回東京精神分析サークル主催コロック」
期日:2016年3月20日(日)
時間:10:00-18:00(9:30開場)
場所:早稲田大学戸山キャンパス36号館382教室(AV教室2)
https://www.waseda.jp/top/access/toyama-campus
共催:早稲田大学文化構想学部表象・メディア論系

今年度のコロックは、昨年度を上回る最多の登壇者をお迎えし、バラエティ豊かなプログラムとなりました。
第1部は実際に分析主体として精神分析を経験した方が自分の分析経験について語るという、わが国では類を見ない内容です。
第2部は、精神分析において欠かせない「歴史=物語(イストワールhistoire)」の問題について、『エクリ』出版から50周年の現在に改めて迫ろうとするものです。
第3部では、昨年から今年にかけて出版された精神分析関連の新著についての検討会です。松本卓也『人はみな妄想する』(青土社)、牧瀬英幹『精神分析と描画』(誠信書房)、向井雅明『ラカン入門』(ちくま学芸文庫)、ソニア・キリアコ『稲妻に打たれた欲望(仮題)』(向井雅明監訳、誠信書房近刊)が扱われます。

参加費無料、事前登録なしでどなたでもご参加いただけます。
広く精神分析にご興味をお持ちの皆様は、どうぞお気軽にご参加ください。
学部生や院生の方のご参加も大歓迎です。

詳細なプログラムについては以下をご覧ください。
また、東京精神分析サークル公式ホームページでもご案内を配信しています。
http://psychanalyse.jp/
――――――
プログラム

10:00 開会の辞

第一部「分析経験を語る」

10:15 田中和孝「精神分析という夢と現実」
10:45 結城美帆子「声楽家であり、ピアノと声楽の指導者であり、自閉症児の音楽療法をしている私の分析経験」
11:15 中野正美「"Analysant"ということ:分析経験について語る」
11:45 質疑応答

12:10 昼休み(60分)

第二部「イストワールの問題:『エクリ』から半世紀を経て」

13:10 小長野航太「精神分析の「歴史」のはじまりと「物語」としての欲動」
13:40 河野一紀「ひとつではない精神分析」
14:10 質疑応答

14:35 休憩(10分)

第三部「書評セッション」

14:45 松本卓也「ラカン理論と創造性:『精神分析と描画』について」
15:15 牧瀬英幹「精神分析における「不可能性」の問題:『人はみな妄想する』について」
15:45 片岡一竹「出来事と主体:『ラカン入門』について」
16:15 休憩(10分)
16:25 向井雅明「ケースの構築:トラウマの精神分析」
16:55 十川幸司「精神分析を再起動させるために」
17:25 全体討議(30分)

18:00 閉会の辞(10分)

なお、19:00より近隣にて懇親会を予定しております。


(文責:片岡一竹 東京精神分析サークル会員)

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短歌で読む哲学史3

ルネサンスの哲学
○対立の一致を映すこの世には神の命が貫かれている
ニコラウス・クザーヌス(1401-1464)はマイスター・エックハルトのドイツ神秘思想と
近接性を持っています。さらに、古くからのディオニュシウス・アレオパギタやエリウゲナ経由のプラトン主義の立場に立ち、ピュタゴラスに似た数学的比喩で神学を表現しました。『学識ある無知』によると、神は極大なものですが、その極大は極小との比較ではなく、同時に極小でもある絶対的極大であるとクザーヌスは言います。神は極大と極小の統一であり、神の本質はあらゆる対立の結合、「対立物の一致」だと述べています。このような神はただ無知の自覚のなかで触れられるものであります。その意味でクザーヌスの神学は、積み重ねの上に成り立つ「学識ある無知」にほかなりません。すべてを内包する神の性格が、空間と時間において展開されたものが、この世界です。「対立物の一致」の時空での展開である世界は「形相」と「質料」から成り、両者を結びつけるのは愛という万物の運動のはたらきです。世界は神の展開である以上、それぞれのものが、すべてを束ねる神の本質を宿しているとクザーヌスは言います。すべてのものが個別に神を映していて、すべてはお互いに調和した関係にあります。そのなかで人間は自覚的に神を映す、万物の尺度であります。そしてひとの魂は知るはたらきの極限で、神との一致に至り得るとクザーヌスは言います。絶対的な極大なる者としての神と制限された極大なる者としての世界を兼ね備えた存在で、神の全一性を備えた人間こそ、イエス・キリストだとクザーヌスは考えます。このキリストへの信仰と愛によって信仰者が結びつくことで教会が成り立っています。クザーヌスの神学の特徴は「世界は神の展開であり、神の生命に貫かれている」として、いたるところに神がいるという考えであります(野田又夫『西洋哲学史』を参考にしました)。
○天上の愛にもとづき神の美を観照できるプラトンの道
マルシリオ・フィチーノの主な関心はプラトン主義でした。フィチーノの主著『プラトン神学』はプラトン哲学とキリスト教神学の結合を主張しました。彼によれば、異教の哲学者もまたキリスト教が示す真理を部分的にではあっても保有していました。キリスト教は初めにロゴス(ことわり)があり、このロゴス(ことわり)はキリストであると言いますが、古代人もロゴスのことを神の子と呼び、それを理性やことばと呼びました。彼らがこうしたことを述べることができたのは、神の助力があったからであり、神は古代人にも啓示をしていたと説きます。フィチーノによれば、異教の哲学者がキリスト教に似た説を唱えたのは(これは歴史的には間違いですが)彼らが旧約聖書から知識を得ていたからであり、プラトンは旧約の秘蹟を詩的な寓話に込めた「ギリシア語を話すモーゼ」にほかなりません。フィチーノによれば哲学者は神の観照によって智者となり、神の善への愛に燃えて宗教者となります。宇宙を構成するものは『プラトン神学』では神、天使的知性、魂、質料、物体だと語られています。神、天使的知性、魂とフィチーノが呼んだものはプロティノスの一者、ヌース(叡智)、魂をキリスト教的に読み替えたものです。フィチーノによれば異教の天の神を意味するカエルス(Caelus)が至高の神を意味し、プラトンの言う天上の美の女神が天使的知性の理解力を、世俗の美の女神が宇宙の魂の産出力を意味します。天のウェヌスがつかさどる天上的な愛は神的な美の観照へひとを促すと言います。世俗的な愛から天上的な愛に目覚めた魂は、一そのものである神の無限の美に到達します。フィチーノが言うには、ひとは愛の導きによって恵み深い神全体を感得し、愛の炎によって万物を愛し、永遠の愛によって神全体を受け取るのです。神への愛によって結びついた人々の友愛をフィチーノはプラトン的愛と呼んでいます。このようにマルシリーノ・フィチーノはプラトン・プロティノスの教説をキリスト教の神の美への観照と結びつけた人文主義者でした。
○感覚と理性と叡智それぞれを行き来するのがひとの両翼
アリストテレスの影響から出発し、新プラトン主義の世界観を加えたピコ・デラ・ミランドラ(1463-1494)は世界を地上界、天界、霊界の三つに区分けします。地上界は月のもとに有って暗く、天界は遊星や恒星の世界で明暗があり、天使や神のいる霊界という光の世界があります。三つの世界は感覚的な生、理性的な生、叡智的な生に対応し、ひとは自由ゆえにこのいずれにも出入りできる特別な者で、その意味でひとりひとりが小宇宙だとピコは考えます。創造のときに神は地上界に生物を作り、天界には霊を住まわせ、霊界には天使を住まわせました。そのあとで神は世界の調和と美を感嘆する者を創ろうと欲し、神自身をモデルに人間を作り、被造物が持つすべての性質を与え、各世界を出入りする特別な自由を与え、世界の中心に置いたとピコは言います。それゆえひとは獣の生にも天使の生にも出入りでき、一なる神との合致にも至りうるとピコは言います。ここにおいてキリスト教と新プラトン主義の同化がくふうされています。ピコは神とは一者であり存在そのものであると言い、「最高の善なる存在」を頂点に考えるプラトンの説とアリストテレスの「神は一者であり不動の動者である」という説の橋渡しをして、それらと神学との融合すなわち「哲学的な平和」の実現を図りました(野田又夫『西洋哲学史』を参考にしました)。
○知ることを妨げる罠を乗り越えて事例を集め法則をつかむ
フランシス・ベーコン(1561-1626)はイギリス近世の経験論哲学を切り開いたひとです。経験に根差した知識をもとに考えていこうという経験論哲学はイギリスで発達しました。ベーコンの哲学はのちの自然科学の方法を予見するものでした。ベーコンは学問の「大刷新」という巨大な書物を構想しました。「大刷新」は来るべき学問の分類や方法を論じる本で、アリストテレスを越えようとする壮大な書物となる予定でした。けれども完成したのはそのなかの『学問の進歩』と『新機関』だけでした。『学問の進歩』で記憶は史学になり、想像は詩学になり、理性は哲学になると言い、精神の三機能で学問の三分類をしています。そして、史学、詩学、哲学に当てはまる細かい学問分類をしています。彼は哲学を自然神学と自然哲学に分け、そのうち理論的な自然学を自らの課題としました。
ベーコンの『新機関』はアリストテレスのオルガノンすなわち論理体系に対抗する新体系というほどの意味で、アリストテレスの論理学とは異なる新たな方法を提示しようとしました。それに先立ちベーコンは学問の妨げになる四つの偶像(イドラ)として、有名なイドラ論を述べています。第一は「種族の偶像」で、人間という種族に特有の認識能力や感情の限界から来る偏見です。人間にはどうしてもそう見えてしまうという、ひとに共通の偏見です。
第二は「洞窟の偶像」で、狭い洞窟に居て外が見えない、個々人の偏り、生まれ、育ち、境遇から来る偏見です。第三は「市場の偶像」で、市場でのやり取りになぞらえたことばの取り違えや恣意的な意見などの偏見です。第四は「劇場の偶像」で哲学史の舞台で繰り広げられる学説上のドラマを真実と取り違えるという偏見です。哲学者が哲学史を劇場のドラマと風刺する、何とも手痛い皮肉です。
ではこれらの偏見を乗り越えた新しい学問とはどのようなものだとベーコンは考えていたのでしょうか。ベーコンは知恵こそが人間の力であると考えました。そしてベーコンは、「自然はそれに従うことにより征服できる」と言いました。これは、自然をありのままに知ることで、初めて理解できるということです。
自然現象の観察と実験により、自然の原因を知ることを彼は目指しました。彼は原因のうちでも形相因すなわち種類の特徴を重視しました。彼は事例をたくさん集めて比較検討して
特徴を取り出すという帰納法を科学にふさわしい方法と考えました。彼の方法を知るのに
役立つのが探究のための三つの表です。第一は現存表と言って、熱を知るためには太陽や炎など熱が実際にある事例を集めた表を作ります。第二が欠如表と言って、熱の場合、熱のない例、氷や零下を挙げます。第三は「比較と程度の表」と言って様々な例の関係を、水は熱を失うと凍るなどと挙げていきます。この表を検討することで、熱という現象の特徴を取り出せるとベーコンは考えました。ベーコンはアリストテレス的な形相を求める、種類の特徴を求めるという意味で中世的な学問を引き継いでいますが、経験と観察によってできる限り少ない法則を取り出すという帰納法の基礎を固め、自然科学の地場作りの仕事をしました。ベーコンの方法には量的にものを計って法則を得ようという視点が欠けていますが、帰納法の科学への適応に寄与しました。
○万人がその戦いを放棄して自分の権利を国に預ける
トマス・ホッブスは自然、人間、社会を因果関係に基づく機械論的な方法で理解して、単純な事実から出発して複雑な社会を説明することを試みました。自然を運動に還元し、人間を
外界への反応としての感覚の運動である心像とその連結である思考で説明しました。人間は感覚の作り出す心像に名まえを与え、複雑な思考操作が可能になりました。外界の経験を重んずるという意味でホッブスはイギリス経験論の系譜にいます。さらに、自然の運動、人間の感覚の運動のうえに人間相互の社会的運動の作用を説明しようとして、主著『リヴァイアサン』は書かれました。リヴァイアサンとは旧約聖書に出てくる最強の水棲動物の名まえから取った国家という怪物を表わす呼び名です。自然状態の人間を想定すると、「万人が万人に対する戦争状態」で「ひとはひとに対して狼」だとホッブスは言います。それぞれが、他をしのぐ快楽を求めて争い合い、殺し合います。けれども生きることは人間の権利であり、自己保存が最優先される自然権を放棄して、契約によってひとは君主や議会や国家に権利を譲り渡します。そこで生まれる権力が個人の生存権を保障します。こうして契約により国家は成り立っているという説をホッブスは説きます。国家を誰もが利用する郵便局のような機関と考え、国家をシステムと考える市民社会の骨格をホッブスは示しました。彼の考える理想の国家は絶対君主制でしたが、彼の契約の理念は三権分立や議会政治の成立を先取りしています。
○生まれつき持つ観念は何もなく白紙の心に感覚が刻む
ジョン・ロック(1632-1704)はイギリス経験論の父と言われています。
彼はあらゆる知識や思考の源泉は感覚であると説きました。
そして生まれつき持っているような観念はひとつもなく、生まれたばかりの心は白紙の紙だといいました。
これはのちにロックのタブラ・ラサ、何も書かれていない板として有名になります。
彼はすべての観念は感覚と内省から生じると言いました。
観念には単純観念と複合観念があります。複合観念は様相、実体、関係の三つに分かれると言いました。様相は事物の有様、実体は、物がそこに有るという確証、関係は事物どうしの絡み合いです。
単純観念のうち、幅を占めていること、運動、固さのような物それ自体にかかわる性質を第一性質とし、色、音、匂いのような単一の感覚から成る第二性質とを区別しました。
伝統的に重要視された、「物が確かにそこに有る」という実体の確証も単純観念の複合体に他ならないとしました。
知識や思考の源泉を感覚という経験に還元したジョン・ロックの観念理論は『人間知性論』にまとめられ、経験論の堅固な土台を築きました。
○有るということは知覚をされること知覚の外はひとに知り得ぬ
ジョージ・バークリ(1685-1753)はイギリス経験論のジョン・ロックの観念理論をさらに徹底し、『人知原理論』のなかで、「有るということは知覚されることだ(エッセ・エスト・ペルキピ)」という説を説きました。
私の目の前にあるこの机は、私によって知覚されることで存在することが確かめられます。私がそこに居ないとき、誰かが知覚しています。誰もいないとき、神が知覚しています。ここで神を出してくるのは苦肉の策でしょうか。
知覚の外に物質や実体はなく、仮に有ったとしても知覚の外へ出ることはできず、心の外を述べることは空論です。外界の存在は観念のなかにあるのです。ジョン・ロックが行ったような、幅を占めること、運動・固さのような実体にかかわる第一性質と色、匂いなどの第二性質の区別も無用であると考えました。心の外に実体があるという考えそのものが無用であるからです。
有るということは知覚されることであるというバークリの徹底した経験論は、外界の存在を無条件に認める人々に大きな疑問符を投げかけました。
バークリは知覚によって知り得る精巧な世界のなかに、全てのもののなかに働いてすべてのことをなさる神の精神の働きを認めました。その意味で無信仰とはほど遠い、心のなかの万有に神は宿ると考えた聖職者でした。
○外界も内にも堅固な基盤なく心はまさに知覚らの束
デヴィッド・ヒューム(1711-76)は徹底した懐疑論者で知られています。ジョン・ロックは外界の実体と心の実体を認め、ジョージ・バークリは外界の実体を認めず、心の実体のみを認めましたが、デヴィッド・ヒュームは外界にも心にも実体と言われるものはないと語りました。
ヒュームは心に現れる知覚を印象と観念に分けて説明しました。印象と観念の違いは、刺激の鮮烈度の違いだとしました。印象が観念を作り、観念も印象を作ります。この二つの区別に、単純か複雑かという違いを加えて心を説明しました。
ヒュームによれば、心は知覚の束、または集合体に還元できます。心は絶えず移り変わる知覚の寄せ集めだとヒュームは考えました。
またヒュームは原因と結果の必然的な結びつきを否定しました。原因と結果の結びつきは、経験的にそうなるという積み重ねから来る信じ込みであり、決して必然が働いているのではないと考えました。因果律の否定は伝統的な哲学の思考の前提を大きく揺さぶるものでした。
道徳的には理性は情念を支配できないが、理性の抑制的効果は認めると考えました。ヒュームにとって道徳は広範囲に及ぶ他者への共感という人類が持つ経験的な道徳感覚に由来しています。
○疑ってすべてを疑い尽しても疑っているわれは消えない
ルネ・デカルトは「われ思うゆえにわれ有り」ということばで有名です。これはデカルトの『方法序説』のなかの決定的なことばです。デカルトは、町を一から区画するように、家を丸ごと建て直すように、頭のなかの建て替えをしよう、諸学の基礎は哲学なのだから、哲学の考えを一から洗い直そうとしました。世間的には中庸とされる意見を表向きは採用して、生活に支障がないように注意しながら、デカルトは徹底した方法的な懐疑を行いました。全て今まで信じてきたことは、人は間違えることがあり、夢のなかでは奇妙なことも当たり前に思い込むのだから、自分が夢のなかにいるのではないと言い切れない以上、すべてを疑わしいものとして退けようと決心しました。そうやってすべてを疑い尽しても、その疑っている何者か、すなわち私の考えは消えることがありません。だから、われ思う、ゆえにわれ有り、は疑いようのない事実に思われました。デカルトはここを疑い尽したあとの砦と考えました。疑っている私は疑いなくいる。人間の思惟の実在は疑いようがない。それからデカルトは神のことを考えます。より完全なものは、無からも自分からも生まれえないのではないか。より完全なものが考えうる以上、それは無でも自分の創作物でもなく、確かに存在する。デカルトは伝統的な神学の思考に従い、神の存在は証明されたとします。この神が欺く欺瞞者だとは考えにくいので、理性によって明晰かつ判明に真であると認められるものは、真として妥当ではないか。ということで、数学の定理や、外界の物体の存在は今や認めても構わないと思うに至ります。神のことを別にすれば、この世に実在するのは、「われ思う」のわれの考え(思惟)と物体の空間的広がり(延長)の二つに還元できるとデカルトは言います。物心分離、物心二元論が打ち立てられます。こう敢えて言うことで、「物の観念的なモデル」のような伝統的な哲学の物と心の混同を断ち切りました。世界の根本は物心分離ですが、人間に目を転じると、物質としての体を持ち、考える心を持っていることも認められます。だから人間に限っては物心合一的な存在だと言えるでしょう。ここで人間が再発見されるわけです。「われ」の考えと数学的に説明できる物質の空間的な広がりの実在を宣言したことで、西洋哲学は科学的思考の基礎を手に入れました。デカルトは近代科学の基礎を切り開きました。
○人間と自然は神の様態で神は自然の隅々に有る
オランダに移住したユダヤ人のスピノザ(ベネディクトゥス・デ・スピノザ1632-77)の『エチカ』によれば、自然は神という実体の様態です。神以外に実体はどこにもありません。神こそが自らの自己原因であり、能動的に存在することを本質としています。神以外のものは、神から生まれた、神の様態です。人間を含めて自然は神の様態です。自然すなわち神という汎神論をスピノザは展開します。神の人が知り得る属性は思惟と延長です。神は考え、無際限に永遠に場所を占めている、すなわち延長しているとスピノザは考えます。神の延長はすなわち全宇宙です。神は自然を超越しておらず、神は自然に内在し、自然の根本原因であります。神は万物の姿に様態を変え、自然のなかに神は様態として偏在します。神の属性として思惟と延長を持って来たのは、実体を思惟と延長としたデカルトの影響です。人間の思惟(考え)と延長(身体)は、神の思惟と延長の様態です。思惟の観念の対象は身体や延長物であり、心身は平行して神の様態として成り立っています。思惟のなかでは想像知が劣り、知性と直観知が優れています。人間の至福は神への知的愛です。それは自然の個物や自己の本質をよく知ることで、個物や自己の本質が神に由来するものであることを知り、「永遠の相のもとに」神を愛するに至ります。神への知的愛が人間にとっての救済であり、解脱であります。人間は自然の一部であり、自然にとってすべては神の必然です。ひとは理性によって、神の必然を自然から学び、自然の必然に満足して生きることを学びます。ひとは神を知的に愛し、神は自己愛の一部として人間を愛して止みません。愛し返されることを期待してはいけませんが、神は神自身を愛するがゆえに、神の様態である人間も愛しています。スピノザの神は人格神ではなく、能産的自然であり、真の存在者であり、万物の根本原因です。自分以外に原因を必要としないのは神だけで、万物は神という原因の上に成り立っています。スピノザの考え方は、主知主義的な汎神論と言われています。
○散らばった窓を持たない単子たち自発作用で調和している
G・W・ライプニッツ(1646-1716)の『単子論(モナドロジー)』によれば、絶対的な実体は神であり、神の創造によって有限な微小な実体としての単子(モナド)がこの世界を構成しています。
この単子はそれぞれに異なっていて、変化への欲求や自分をあらわす表象の力を持っていて、ひとつひとつの単子の中に全宇宙を映す力が内在しています(モナドは宇宙の鏡)。
単子は別の単子の介入を受けず、何物かが出たり入ったりする窓を単子は持ちません。
単子は個々の自発作用によって動いていて、全体として宇宙では神があらかじめ決めたやり方で単子どうしの動きの調和が保たれています(「予定調和説」)。
単子はそれ以上分割できない極小の実体です。
神の創造と終末以外には単子を生じさせたり消滅させたりすることはできません。
神は無限な実体であり、単子はその存在を神に支えられた有限な実体であります。
単子は変化への欲求と自己をあらわす表象作用を持っており、広い意味で単子は魂に似たものです。
けれども厳密に魂を持っているのは人間と動物だけであり、それは記憶や意識を持っています。
単子が神の意志に逆らって消滅しない以上、単子は永続的であり、厳密な意味での死というものはありません。
このように宇宙の万物は単子によって作られていて、宇宙は神の決めたやり方で調和しているという説をライプニッツは説きました。デカルト、スピノザ、ライプニッツの三人の哲学を大陸合理論というふうに呼んで、イギリス・アイルランドの経験論哲学とともに近世哲学の二本柱と考えられています。
○生まれつき理性によって何ができまたできないか洗い直そう
カントは理性批判ということを試みます。『純粋理性批判』は理性を批判するのではありません。理性に何ができて何ができないのか、その範囲を見極めようというのです。経験から得られるものを全て度外視したとき、理性を用いてどれだけのことができるのか書き記そうというのです。生まれつき持っている認識能力を吟味するというのです。生まれつき持っている純粋理性を見極めることはあらゆる哲学の確かさの基準になります。生まれつき持っている悟性(理解力)および理性は、一切の経験に関わりなく何をどれだけ知り得るかを問い直そうというのです。わたしたちが物を何の知識もなく理解するのは対象が生まれつき知り得る概念に従って頭に入るからです。このように先天的な能力で知り得るのは私たちが見聞きする現象であって、それは物それ自体をじかに知ることではありません。物それ自体は知り得ず、感性的直観の的となるのは現象としての物なのです。私たちの知る力は対象が呼び覚ます経験から生じるのではありません。では理性はどのような先天的な、認識の原理を生まれつき持っているのでしょうか。延長および形態という空間を知ることがまず、理性による純粋直観に数えられます。空間がまったく存在しないと考えることは絶対にできません。空間の直観は一切の経験の前に先天的に私たちの心に備わっています。これこそ、対象を外にあるものとして知る基礎となります。次に考えられる理性の純粋直観とは、時間というものです。
時間は経験から導き出されたものではなく先天的に理性に与えられているものです。時間と空間は二つの先天的な認識の源泉です。空間と時間の純粋直観を軸に、理解(悟性)の枠(カテゴリー)が成り立ち、論理学の思考が可能になります。このような論理学は先天的な能力で成り立っています。カントは純粋理性から出発して、実際の行為の良し悪しを規定する『実践理性批判』を書きます。そこでは真に道徳的な行為は義務から意志によってなされなければならない、という考えが展開されます。続く『判断力批判』によれば、人や動物のような有機体は自然の産物であり、各部分が有用な全体を成すため、合目的に作られています。そのように自然が合目的に作られていることから、反省的判断力は叡知的存在者=神の創造を確信します。創造の究極目的は道徳法則のもとに立つ人間であり、実現が期待される最高善だとカントは考えます。
○神という精神が自己を顕わして歴史のなかで展開をする
『精神現象学』のなかでG.W.F.ヘーゲル(1770-1831)は、感性で「いま、ここ、これ」を捉える意識の出発点から、絶対者である神を知る、絶対知までの道のりを辿ります。この道を意識は小説の主人公のように、自ら成長しつつ辿って行きます。意識がどのような考えによって何を知るかに応じて、知性のあり方が変化して行きます。個人の意識の遍歴が、人間精神の歴史に重ね合わせられて、論じられます。個人の意識の発達と同じく、歴史は絶対精神である神の自己展開の場でもあります。ヘーゲルは神の自己意識が人間の神意識と等しく、神のなかでの人間の自己意識にも等しいと考えます。神が自分を自己認識することが、人間が神を知る歴史であり、人が神という絶対知に至ることでもあるのです。神は自己を分裂させて自己とは別の物となり、主体として自己を改めて知り、自己を回復します。哲学は意識を神の知という絶対知へ導く、真の精神すなわち神の自己展開の場であります。
神は歴史と哲学の場において自らを開示するとヘーゲルは考えます。歴史がナポレオンに至り、哲学がヘーゲルに至る時点で神の自己展開は頂点に至ろうとしているとヘーゲルは考えていました。
○単独で実人生の方向を選び取りつつ絶望を抜ける
デンマークのコペンハーゲンに生まれたセーレーン・キルケゴール(1813-1855)は単独者、例外者として生きた哲学者です。キルケゴールの著作『イロニーの概念について』では、「ソクラテスは皮肉屋という生き方を選び取った人物であり、絶えず物事に対してほんとうにそうかと問い直し続けた人物でもあって、自分はそこの所がロマン派の世間への離反と通じるようで好きである」と言います。それに加えて、「不安と絶望に向き合うことで、ひとは自分らしく生きて行く道が開ける」という見方がキルケゴールにはあります。世間と折り合いをつけずに、不安と絶望に向き合って単独者として生きようとするのです。
また、『反復』という著作は、婚約を破棄したキルケゴールが恋人レギーネとの恋をもう一度やり直そうという希望を込めて書かれた本です。反復とは、日々を新たに生き直そうとする願いです。自分が望まなくても、ひとの暮らしのなかで何度も同じものがひょっこり顔を出すということもあるから、「人生のなかの反復」というのは考えてみると広がりのある切り口です。
また、『不安の概念』では、不安とは「自由のめまい」だと言われています。それから、不安や絶望に向き合うことで自分に目覚める、とも言います。これはハイデガーの『存在と時間』に影響を与えました。
主著『死に至る病』は、絶望の考察です。抽象的な観念ではなく、絶望という、一人ひとりの現実の人生(実存)に根を下ろすテーマを取り上げたという意味で、彼は実存主義の先駆けと見なされています。死に至る病とは絶望であり、絶望と向き合うことで自分らしい生き方を探しはじめるのです。ここまでは、ハイデガーに影響を与えた話の運びです。それに加えて、キリスト教的な着地点が見出されます。絶望とは神への罪である、信仰に救いがある、と結論づけます。キルケゴールの文章は、「詩人とは罪である」とか、「真理とは主体性(自分で選び取った人生の決断)である」とか、単独者の旅と追憶が生んだ断言が光っています。これもまた、キルケゴールの持ち味です。
○現れるこの世の中の本質は生を目指した盲目な意志
アルトゥール・ショーペンハウアー(1788-1860)の主著は『意志と表象としての世界』です。これは若きショーペンハウアーが多分に直感に基づいて書き上げた大著です。それでは「意志と表象としての世界」とは一体何でしょうか。著書の初めでショーペンハウアーは「世界は私の表象である」と言います。これは、知覚によって私に現れてくるものが世界であるということです。私が意識で知り得ることが私の世界であるとも言えます。これだけでも大きな断言ですが、ショーペンハウアーはさらに言います。表象としての世界を貫いている根源があるというのです。世界を根底から成り立たせている根源は意志だと言うのです。表象であるこの世界は本質的に、自己を増大し、維持しようとする盲目的な生への意志によって貫かれているとショーペンハウアーは言います。万物が自己を増大し、維持しようという意志に貫かれている。意志こそが世界を成り立たせている根本的な力です。カントは主観の外にある物それ自体は知り得ないと言いましたが、ショーペンハウアーは物それ自体とは意志であると言い切ります。万物が自己の増大と維持のためにせめぎ合い争い合っているこの世界は、考えうる限りで最悪の世界だとショーペンハウアーは言います。その意味でショーペンハウアーは極端にペシミズム(悲観主義)的な哲学者です。各自の意志による闘争が世界の本質です。生とは苦しみ以外の何物でもありません。生きとし生けるものが互いに相手の苦しみに共感する、そのことが倫理の原点になります。他者の苦しみへの共感、すなわち共苦が何をなすべきかの基本となります。これがショーペンハウアーの倫理学です。生の苦しみから逃れるには二つの解脱の道があるとショーペンハウアーは言います。ひとつは芸術による美的な法悦による解脱の道、もう一つは生への意志を諦めることによるいわば宗教的な解脱の道です。インドのヴェーダ聖典に影響を受けたショーペンハウアーは、涅槃に至る解脱の道を最終的な解決策としました。世界を生への意志として捉えたショーペンハウアーはキルケゴール、ニーチェとともに、生の哲学の提唱者と言えます。
○人間は乗り越えられる生き物だ その超人の到来を告げよう
○万物はみな自らを乗り越えてより強くなる意志を備える
○繰り返しこの人生を生きたいと言い切れるほど強く生き切れ
○行く道と今来た道は輪になって繋がっている耐え難き永遠
苦楽を経て歓喜に至るディオニュソス的な生こそ、ギリシア人の示した有るべき生き方だとフリードリヒ・ニーチェ(1844-1900)は言います。ディオニュソス的な生を表現するためにアポロン的な明朗な造形美が悲劇では活用されたのです。ギリシア人が示したディオニュソス(生の陶酔)的なものとショーペンハウアーが示した生への意志を重ね合わせ、それを肯定したところに、ニーチェの『悲劇の誕生』の独創性はあります。『道徳の系譜』や『善悪の彼岸』によれば、この世を否定してあの世(イデア界、天国)に価値を置くプラトニズムやキリスト教などの既存の道徳は弱者による怨み(ルサンチマン)に基づく価値転覆の試みであり、ニーチェは今や神は死んだ、と説きます。神という絶対者の死のあと、何の目的もなく、正しいものは何もないというニヒリズム(虚無主義)の時代を私たちは生きています。このニヒリズムの乗り越えとなるのが、永劫回帰と運命愛、それに超人の到来です。永劫回帰とは、一切は過去に無限回繰り返されてきたし、一切は未来も無限回永遠に繰り返され続けるという一種の啓示です。その人生一切を無限回繰り返すことにお前は耐えられるか、とニーチェは各自に問いかけます。永劫回帰の思想は生々流転のこの世界、生成の世界に永遠の刻印を押すものだとニーチェは言います。この人生を苦楽も含めて肯定し、よし、もう一度、と言えるぐらい強く生き切れとニーチェは言うのです。ニーチェは苦楽をディオニュソス的に肯定する「運命愛」を来るべき価値とします。ニーチェによれば万物にはさらなる強さを目指す力への意志があります。すべては力への意志に従っていて、この世界の根底の有り方は力への意志だとニーチェは言います。ひとはこの力への意志に根差したディオニュソス的な人生の肯定を何度でも選び取る超人の到来を祝福すべきだとニーチェは考え、『ツァラトゥストラ』の主人公ツァラトゥストラにその超人のイメージを託して美しく語りました。主著となるはずの『力への意志』の断片を残してニーチェは正気の世界から遠い人となって晩年を送りました。

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