宇波彰現代哲学研究所

多種多様な「知」の交流を通じ文化創造との実践的な橋渡しをめざし、新たな学問分野の開拓を行う研究機関のブログです。

二項対立図式の罠     

 6月23日に行われた国民投票の結果、イギリスがEUを離脱することが決定した。この結果が政治的、経済的、社会的に見て、計り知れないほどの大きな影響を世界に与えると至る所で語られている。政治学者でも、経済学者でも、社会学者でもない私にはそうした大問題について語る資格も、能力もない。だが、この選択がEU離脱か残留かという二項対立図式に基づく国民投票によって行われたこと、すなわち、選択肢がAかBかでしかなかったという問題は論証性や対話性、主体性の表明といった私が日ごろ研究している課題と深く係っている。この小論では現代社会において自由選択の名の下に実施される制限された選択という問題や、二項対立図式によって導かれる言説の中で示される多様性を排除した論理展開といった問題について考察していく。
 この探究課題を検討するために非常に興味深いテクストがある。それはミシェル・ウエルベックとエリック・ゼムールというフランスの二人の右派知識人の書いたテクストである。ここでは後に述べる彼らのテクストを分析しながら、上述した問題性、すなわち、言説内の論理展開の中に隠されたファシズム性の罠について語っていきたいと思う。

ウエルベックとゼムール
 フランスの雑誌L’Obsの2016年4月28日号に『ジャック・ラカン伝』の著者として知られている精神分析家のエリザベート・ルディネスコの「この国にはファシズムへの無意識的欲望がある」というタイトルがつけられたインタビュー記事が載っていた。そこではフランスにおける近年の知識人の右傾化傾向に対する的確な指摘がなされていたが、残念なことに右派の知識人たちの発言の中に実際に表明されているファシズム的要因についてのはっきりとした分析はなされていなかった (それこそがこの小論のテーマであるのだが)。しかし、彼女が挙げていた代表的な4人の右派知識人は、現代のフランスのオピニオン・リーダーとして、重要な位置を占めていることは確かである。その4人とは、哲学者のミシェル・オンフレーとアラン・フィンケエルクロート、作家のウエルベックとジャーナリストで作家のゼムールである。彼らの中で、特に後の二人は専門家だけではなく、一般のフランス人にもよく知られており、文化人としてかなりの人気があり、一般大衆への影響力が強い。二人の言説には後で述べるような興味深い共通点があり、それを追うことによって導入セクションで述べた問題に対して厳密な分析を行うことができると考えられる。だがこの考察を行う前に、まず分析の補足説明のために必要な二人の大まかなプロフィールを示すべきであろう。
 ウエルベックは1958年、インド洋にあるフランスの海外領レユニオン島で生まれ、2010年にゴンクール賞を受賞し、数多くの小説が日本語にも翻訳されている。代表的な小説としては、『素粒子』(Les Particules élémentaires, 1998)、『プラットフォーム』(Plateforme, 2001)、『地図と領土』(La carte et le territoire, 2010)、『服従』(Soumission, 2015) などがある。最後に挙げた『服従』は2022年フランスにイスラム教徒の大統領が誕生するという内容であるが、発刊当日の1月7日にパリでシャルリ・エブド襲撃事件が起こったことによって世界的なベストセラーとなった。
 ゼムールも1958年生まれで、フィガロ・マガジンにコラムを執筆しつつ、テレビやラジオにもレギュラー番組を持っている。数多くの評論テクストがあるが、Le Premier sexe (2006) はベストセラーとなり、日本でも『女になりたがる男たち』というタイトルで翻訳されている。2010年に書かれたMélancolie française (『フランスの憂鬱』) もフランスでベスト・セラーとなった。また、1999年からは小説家としても活躍している。右派の代表としての度重なる反フェミニズム、反移民発言は、左派からの激しい反発を招いている。
 この二人の作品には、«男と女»、«聖と俗»、«自国民と外国人»、«支配と被支配» という二項対立概念を提示し、どちらか一方のみを選択することによって物語の流れや、論理展開を進めるという共通点がある。以下のセクションでは彼らのこの言説的な特徴とそれが孕む問題性について考えてみる。

ウエルベックの二項対立図式
 ウエルベックのテクストの中に登場する上述した二項対立図式の使用を分析するために、この対立図式が最もよく示されていると思われる『服従』(河出書房新社、2015、大塚桃訳) をコーパス (煩雑さを避けるためにここでは邦訳本をコーパスとする) として考察を行っていきたい。この小説のおおよそのストーリーは先ほども少し触れたが、2022年にフランスにおいてイスラム教徒の大統領が誕生する中、活力を失った西洋社会で、政治意識をほとんど持つことがなく生きる知識人フランソワを主人公として物語が進行するというものである。19世紀フランスの代表的なデカダン作家とされるユイスマンスの専門家であり、パリ第3大学教授のフランソワの視点から政治・社会・文化的激変によって混乱するフランスの様相が描かれているが、注目すべき点はこの小論の探究課題である二項対立概念を巡って設定された言説の多用である。それゆえここでは前のセクションで指摘した4つの二項対立図式が『服従』の中でどのように示されているのかを具体的に見ていこうと思う。
 «男と女» はウエルベックだけでなくフランスの右派知識人が必ず言及する対立概念である。この小説では男性の理想形としてマッチョ (macho:この言葉については次のセクションで詳しく述べる) が称賛され、女性はまるで男性の性的な対象以外の価値を有さないような描写が多々現れる。そして女性の民主主義的権利は否定される。たとえば、「実際のところ、女性が投票できるとか、男性と同じ学問をし、同じ職業に就くことがそれほどいい考えだと心から思ったことはない。今はみんな慣れっこになってるけど、本当のところ、それっていい考えなのかな」というフランソワの発言は、男女平等を批判し、男性中心主義の家父長制度によって維持されていた過去の時代を肯定する復古主義的な側面が強調されている。
 «聖と俗» という問題について『服従』の中には、「カトリックの教会は、進歩主義者に媚び、おべっかを使い甘やかすことで、恥ずべきことに、退廃的な社会の傾向に対抗不可能になり、同性愛者の結婚や、妊娠中絶や女性の就労の権利をきっぱりとそして厳格に否定できなくなったのだ」という指摘がある。この小説においては、西洋の先進国であるフランスの社会をリードしてきたキリスト教は凋落し、もはや聖なるものを背景とした指導原理としての地位を失い、それに代わってイスラム教がフランス社会をリードするようになるという設定がなされている。そこには西洋市民社会の進んだ側面であると見なされてきた様々な権利を否定しようという態度が明確に表明されている。
 «自国民と外国人» の問題は外国人が厄介事を起こす移民という視点からだけ述べられている訳ではない。ヨーロッパ文明が末期的症状を呈しており、オイルマネーをふんだんに持つイスラム教国の経済的優位という側面が強調されている。小説には「何週間か前から、ソルボンヌ大学の分校をドバイ (…) にも作ろうという、少なくとも四、五年前からの古いプロジェクトがまた表面化していた。同様のプロジェクトはオックスフォード大学も検討中で、この二つの大学の歴史の古さがオイルマネーの豊かなどこぞの国を魅了したに違いなかった」という言葉が書かれている。こうした設定は経済力をバックにした強力な外国勢力と、自国の文化を切り売りするヨーロッパの年老いた国というイメージが増幅されたものとなっている。
 «支配と被支配» という点に関して、小説の主要登場人物の一人であるルディジェが「『O嬢の物語』にあるものは、服従です。人間の絶対的な幸福が服従にあるというのは、それ以前にこれだけの力を持って表明されたことがなかった。それがすべてを反転させる思想なのです」と語っている点は重要である。力のあるものに従うことこそがよいことであり、それこそが幸福であるという考えは、いわば家父長制に基づく旧体制的な社会システムが善であり、そこにこそ安定と未来があることが全面的に肯定されているからだ。それは保守主義であり、西洋社会においては復古主義であり、男性中心的原理が支配原理となることを望むものである。

ゼムールの二項対立図式
 ゼムールの二項対立図式を分析するためにここでは『女になりたがる男たち』(新潮社、2008、夏目幸子訳) をコーパスとして、前のセクションで行ったように、«男と女»、«聖と俗»、«自国民と外国人»、«支配と被支配» という4つの二項対立概念に対するゼムールの立場を考察していこうと思う。だがその前に、この本の概要について述べておく必要性があるだろう。この本はフランスの現代社会を批判した評論で、フェミニズム理論に対して特に強く反論し、かつての男性中心社会の復活を強く主張している。こうした論調はもちろんフェミニストから大きな反発を招いたが、二項対立概念を提示してどちらか一方を選択することが正しいと直接的、間接的に読者に迫る論証法を数多く用いていることが大きな特徴となっているテクストである。では、この論証について具体的に見ていこう。
 «男と女» という性的な違いは、恋愛、家族、教育など多くの社会問題を考えるための基本的差異である。だが、現代においては、フェミニストと同性愛者の増大によって、この二つの差異は消えかかっているとゼムールは述べている。そして男性が元来は女性的であると思われていたものを尊び、女性化していくことによってユニセックスの社会が理想とされるようになったと指摘している。男性像は現代においてはマッチョ型とゲイ型に分類され、力強いが暴力的と見なされるマッチョ型の男性はフェミニストに指導された女性たちに嫌厭され、女性的なゲイ型の男性が尊重されるようになったと書かれている。「ゲイはマッチョと対をなし、コインの裏と表に相当する。ゲイは光でマッチョは影。ゲイは善でマッチョは悪。女性化され、もてはやされるのがゲイ。粗野な男らしさゆえに否定され、軽蔑されるのがマッチョ。そしてマッチョは社会から追放だ」というように現代社会の様相をラディカルに示し、そうした社会を否定し、従来の男性像の復権をゼムールは声高に語っている。
 «聖と俗» という二項対立もこの本の中では性的な問題と関連づけられながら書かれている。聖性の象徴としての愛と俗性の象徴としての性欲という対立項の葛藤の中に置かれた白人男性についてゼムールは以下のように話している。「彼らは妻を愛している。愛しているのだが、愛しすぎていて、尊敬しすぎていて、崇拝しすぎていて、恐れすぎていて、性欲を抱けなくなってしまったのだ。」それゆえ、社会的、経済的な様々な要因が絡み合う男女関係を考察した後に、ゼムールは「今日の社会はこうした男女関係の複雑さを認めようとはせず、平等と尊敬でもってあらゆる欲望を無化している」として、聖なるものに対立する俗なものとしての性欲の重要性を強調している。
 «自国民と外国人» という二項対立図式に関して自国の善良な人々に対立する野蛮な外国人の移民として登場するのがアラブ人男性である。「彼らは男が女性化されていない世界の出身で、衝動に従って行動するが、同時にその衝動は宗教や家族の掟という枠組みによって抑制されている。ところが彼らが住む国フランスでは枠組みはすでに破壊されてしまっているので、無防備な都市における征服者のように振る舞う」と語られている。無教養で、白人男性がかつて有していた暴力性が全身に満ちている野蛮人、フェミニストに牛耳られたフランス社会に巣くう異邦の悪魔がアラビア人だと断言しているのである。しかしながら、その野蛮人の持つファルスの力に匹敵する力こそが、中性化して生殖能力を失った現代フランス社会を打破するために必要不可欠なものであるとゼムールは主張している。
 «支配と被支配» の関係はフランスにおいては移民問題における支配方法の変更によって大きく変化したと述べられている。フランス政府が移民に従来求めていたフランスのシステムへの同化という政策を変え、移民が持っている社会的、文化的慣習を捨てずともフランス社会へ参入できるというより寛容な統合という政策を実施するようになったのだ。「(…)「統合」という言葉は、呪文となり宗教となった。「統合」は、それまでのフランスの伝統だった「同化」モデルに取って代わった。移民とその子どもの同化をあきらめるということは、すなわち男性的権威でもってフランスの文化を彼らに受け入れさせることをあきらめるということだ」という言葉は、支配の弱体化という側面を指摘しているだけではなく、移民に対する政府の弱腰を批判し、強いフランスを再び目指せという暗黙の要求が隠されている。「権力とは、悪であり、死であり、男根であり、男だ」という発言はまさにこの要求の根拠となるものである。

止揚なき対立
 『服従』は小説であり、『女になりたがる男たち』は評論であるというジャンルの相違がある。異なるジャンルのテクストを安易に比較して某かの結論を出すことは賢明なことではない。しかしながらこの小論ではウエルベックとゼムールの語りが、小説と評論というジャンルの違いを超え、共通のイデオロギーとそれを擁護するために用いられる同じ論理に基づいていることを問題としている。それゆえ、この点にだけに焦点を当てて二つのテクストに底流するものは何かを考えていく試みは正当化されるものであると思われる。
 二つのテクストの共通点を検討する前に、これらのテクスト内で提示されている論証性の特質をよりよく理解するために、二項対立概念を駆使して理論体系を構築したフェルナン・ド・ソシュールの論証方法について考えてみたい。言語体系と個人的使用言語を示す «ラングとパロール»、言語の歴史的変化を考察しようとする学的姿勢と特定期間内の言語体系を考察しようとする学的姿勢である «通時態と共時態»、音的な側面 (音声言語以外の手話という言語体系においては動素の側面であるが) と意味的側面を示す «シニフィアンとシニフィエ»、記号が他の記号と意味的・形態的な何らかの類縁性を有するという問題と記号が時間軸に沿って並置されていく問題である «連合関係と連辞関係» といった二項対立概念は、相互に依存しながら言語システムの成り立ちを厳密に解明するために提示された分析装置である。それゆえそこにはAかBかの選択という論理は存在しない。また、言語システムの基本単位の抽出という問題に対しても、ある言語記号と他のある言語記号との差異によって基本単位が導かれる。そこにあるものは、排除の法則ではなく統一の法則であり、弁証法的発展であり、それによってラングというシステムの根幹が構成されるのである。
 二項対立概念を用いながらもその対立する二つの要素を止揚させることによって論理展開を行っていく論証方法が弁証法であるが、ウエルベックの論理展開にもゼムールの論理展開にもこうした弁証法的な発展性はまったく存在していない。スイスの論理学者ジャン=ブレーズ・グリーズは、アリストテレスが論理を示す方法として「三段論法」、「弁証法」、「レトリック」の三つを提示していると主張している。三段論法が真偽値と係り、弁証法が蓋然性と係り論理展開するのに対して、レトリックは論理展開する語る主体の主観的な判断が優先される。それゆえグリーズに従えば、レトリックにおける論理展開は客観的根拠も、論証がより発展的に進行する可能性も存在していなくとも基本的には何の問題もないものなのである。このように考察すると、ソシュールの二項対立図式とはまったく異なり、ウエルベックとゼムールの論理は体系化の試みとも客観化の試みとも大きく隔たったレトリックによる論理を多用することによって、何らかの方向性に読者を導くような操作を行っていることに気づかされるが、多用されたこの論理の中に隠されているイデオロギーとは何かということについては次のセクションで検討していく。

原ファシズム
 上記したルディネスコの記事のタイトルにある「ファシズムへの無意識的欲望」という言葉は重要である。ウンベルト・エーコは『永遠のファシズム』(岩波書店、1998、和田忠彦訳) の中でファシズムの基本的な特徴 (Ur-Fascismo:原ファシズム) を14挙げているが、それらの特徴と、ウエルベックとゼムールの論証性とがいかなる関係性を持っているかという点についてこのセクションでは考察していきたい。まず14の特徴を提示しよう。それは、1. «伝統崇拝»、2. «モダニズムの拒絶:非合理主義»、3. «「行動のための行動」の称賛»、4. «混合主義»、5. «異質性の排除»、6. «個人もしくは社会の欲求不満からの発生»、7. «ナショナリズム»、8. «敵の力を客観的に把握する能力の体質的な欠如»、9. «闘争のための生»、10. «大衆エリート主義:階級主義»、11. «英雄主義»、12. «マチズモ (男性中心主義)»、13. «質的ポピュリズム»、14. «「新言語」の使用» である。
 ウエルベックとゼムールの論証の中には、少なくとも、上記したものと関連する以下の特徴を有している。家父長制への復権を支持する点で伝統崇拝が見られる (1:これ以降の括弧内の数字は上記したどの項目と関係するかを示す)。近代市民社会の成果を否定することによるモダニズムの拒否が存在している (2)。混合主義は批判に耳を傾けないとエーコは述べているが、二人の考えにおいてフェミニズムはまったく認められていない (4)。同性愛の否定などには異質性の排除が見られる (5)。二人の発言の基盤となっているものはまさに現代社会への不満である (6)。国家単位での問題に依拠する以上そこにはナショナリズムが垣間見られる (7)。男性の暴力性への称揚は闘争のための生の問題を孕んでいる (9)。弱者軽視という階級主義を根幹とした思想が存在している (10)。強き父の代表としての偉大なリーダーに対する崇拝は英雄主義そのものである (11)。二人の言説の大きな論拠の一つがまさにマチズモである (12)。大衆の質的差異が無視され、多数決に従わなければならないという点だけが強調される数への還元が重視されている (13)。
 エーコが指摘した14のうち11の特徴が二人の言説の中に現れている。この点だけ見ても彼らの言説にはファシズム性が隠されており、その原ファシズム的言説を正当化するために二項対立図式が多用され、対立する概念のAかBかの選択を読み手に暗に強要するレトリックが使われていることが理解できる。ルディネスコが言うようにそこにはまさに「ファシズムへの欲望」が隠されているのである。だがそれが必ずしも「無意識的」である訳ではなく、それが「この国」すなわちフランスだけの問題である訳でもないという修正が必要ではあるが。この点に関しては結論部分で述べることにする。

 20世紀の後半以降、文化相対主義、多言語多文化主義などの必要性が強調される一方で、資本主義経済に基づくグローバリゼーションが急速に世界に広がっていった。だが、この相反する二つの指導原理は多くの混乱や対立を生み出した。その狭間に登場したものがファシズム性であり、こうしたファシズム性を正当化するために用いられる典型的な論証が、二項対立概念を提示し、AかBかの選択を迫るという方法ではないだろうか。その典型例として、ここではウエルベックとゼムールの言説の分析を行ったが、ウエルベックの言説は小説であるために、そこに現れたファシズム性はルディネスコが指摘したように無意識的と語られ得るかもしれないが、ゼムールの言説は意識的なファシズム容認として十分に捉えられるものである。それゆえ、現代のフランスにおけるオピニオン・リーダーとしての右派知識人の未来に対する一つの方向性が、意識的にも、無意識的にもファシズムの方向に向かっていると言えるのではないだろうか。
 また、潜在的にファシズムの方向に向かっているのはフランスだけではない。アメリカ大統領候補のトランプの言説にも、冒頭で述べた自国中心主義を背景としたイギリスのEU離脱問題における離脱か残留かという二項対立図式にも、日本の現政権の中にも、ファシズムに至る危険性を孕む言説が多用されている。そのすべてをここで提示することはできないが、自民党が2014年の衆議院選挙で用いたスローガンともうすぐ行われる参議院選挙のスローガンだけは考察してみたい。「景気回復、この道しかない。」これが2014年のスローガンであるが、「この道」とはもちろんアベノミックスであるが、経済回復政策にアベノミックスとそれ以外の政策を対立させ、前者の選択のみが正しいというように選挙民の選択を暗に導こうとする言説的操作が見られる。そこにはウエルベックやゼムールが用いた二項対立図式と共通するレトリックが存在する。つまり、意識的か無意識的かは判らないが、潜在的なファシズム性が隠されていると述べ得るのではないだろうか。さらに、選挙公約の中ではほとんど言及されていなかった安保法制に関する法案が国民の多くの反対にも係らず強行採決された点なども併せて考えるならば、尚更ファシズム的なものとの関連性が指摘できるだろう。そして、今回の選挙スローガンは「この道を。力強く、前へ。」この道がアベノミックスの推進だけではなく、潜在的ファシズムの道ではないとはっきり断言できるのかと疑問に思うのは私だけであろうか。
 いずれにせよ、われわれはファシズム性を孕みながらもそれにベールを掛け覆い隠す巧妙なレトリックの正体をしっかりと見極める必要性がある。世界が多様性を認めながらも一つの理想の下で調和的に発展しようという方向性から外れ、自国中心主義を掲げるポピュリストたちが世界中で跋扈している現状がある。われわれは彼らの語る言説の中にあるファシズム的レトリックを正しく嗅ぎ分け、二項対立図式を使った言説の罠に嵌り込まないように十分に警戒しなければならない。もしもそうしなかったならば、われわれの時代の弱くて脆い希望は、暗い闇の中に、少しずつ確実に引きずり込まれていくからである。

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透明なメルヘン:松本竣介の世界

49日から619日まで板橋区立美術館で開催されている展覧会、「絵画・時代の窓 1920s‐1950s」に行く。この展覧会には沢山の日本の画家の作品が並んでいたが、代表作とは言えない作品が一、二点飾られているだけという不満な点がある一方で、およそ40年に及ぶ絵画の歴史を概観できるという利点があった。こうした機会に日本の現代美術の流れに関して考えることも確かに興味深い問題ではある。だが、ここでは展覧会の中で最も気になった松本竣介の「鉄橋近く」という絵と、松本竣介の作品について述べていきたいと思う。

 

「鉄橋近く」という作品を巡って

そこに展示されていた「鉄橋近く」は木炭と墨によって描かれた作品であるが、この絵とまったく同じ構図を持つ油絵が二枚ある。一つは画面全体が青緑色によって描かれたもので、もう一つは黄褐色によって描かれたものである。新潮日本美術文庫の『松本竣介』の中で美術評論家の浅野徹は一連の絵の真ん中から少し右にある二つのシルエットについて、「これを人物とみた土方定一は時代の監視者としての竣介と解し ()、一方織田達朗は「固有な国家意志の体現者」とみて「迎え撃つ者」と解した ()」という二つの異なる考えを紹介している。さらに、「この絵の取材場所が山手線五反田駅近くの線路が目黒川をまたぐあたりと同定し、ふたつの黒いシルエットが人影ではなく、ベンチレーターか何からしいと指摘したのは丹治日良と洲之内徹である (」とも語っている。土方と織田との考えの方向性は全く違うが、二つのシルエットを画家の、あるいは、時代精神のシンボルとして解釈している共通点がある。それに対して丹治と洲之内はこの絵が実際に何を描いているかという問題、すなわち絵と描かれた対象とのインデックス関係が問題となっている。ここで三つの見解の相違を細かく検討するつもりはないが、解釈という問題について一言述べておく必要がある。

記号が指し示すものが一義的に了解されることによって意味が開示されるケースが存在する一方で、記号が指し示すものが多義的に了解されてもなお意味空間の広がりが展開されるケースが存在する。言語記号を例に取るならば、われわれが普段会話する場合に用いる日常言語 (langage ordinaireにおいては言葉の一義的意味が重要となる。それに対して、詩的言語 (langage poétiqueにおいてはいくつもの解釈空間が広がっていく多義性が重要となる。どちらの意味作用も言語記号を用いるわれわれにとっては必要不可欠なものである。だが、こうした意味レベルの違いは言語記号のみに特異的に見られるものなのではなく、すべての記号に見られるものである。絵画記号における絵とその対象との関係を考えたとき、「鉄橋近く」に対する異なる観察がこの問題を解明するための一つのよい分析対象となる。唯一の正しい解釈があるのではなく、多くの解釈があるからこそ絵画記号の解釈空間は開かれていくのであり、そこには絵画とそれを見つめる者との対話関係が存在しているのである。

 しかしながら、松本竣介の作風という問題を考えた場合に、この絵の別な側面に注目できるのではないだろうか。それは、向かって見て、左側の隅に小さく描かれている自転車に乗った人のシルエットである。絵の中心から外れてぽつんと一人描かれたこのシルエットは松本竣介の作品が持っている儚く淋しげな側面をよく表しているように思われるのだ。

 

水晶のような男

 1912年に生まれ、13歳のときに聴力を失い、36歳でこの世を去った夭折の画家、松本竣介。岩手県で幼少年期を過ごし、宮沢賢治の詩や童話をこよなく愛し、池袋モンパルナスの時代に生き、数多くの友人に恵まれた。軍国主義一色に塗り固められつつあった1941年に雑誌『みずゑ』に「生きてゐる画家」を書き、軍部の圧力に抵抗した芸術家。松本竣介は短い生涯の中で様々な物語を織りなした。それゆえ、彼の絵画作品はその生涯と重ね合わされて語られることが多い。彫刻家の船越保武は追悼のための詩の中で、この友人を「水晶のような男だった」と述べているが、作品そのものの魅力と共に、彼の人生の中の多くの逸話が間違いなく松本竣介像を形作っている。画家の人生と作品とを重ね合わせることがよいことなのかどうかは判らないが、このセクションでは、画家自身と彼の作品とを共に知った私が、そこから導き出した三つのキータームによって (この三つは「記号の横断性」のセクションで語る事柄と深く関わるものである)、 彼の作品の印象を語ろうと思う。三つのタームは、 «ソリスト»«透明性»«エチュード» である。

 松本竣介の作品の物悲しさは «ソリスト» としての孤独。実際に応答する声は聞こえず、心の中で声を重ね合わせるしかない孤独。私にはそう思える。聴力を失った疎外感があり、軍国主義の時代精神にまったく迎合できずに騒然とした社会に一人背を向けようとした画家。その姿勢は彼の絵の中にも見出せるものである。宇佐美承は『求道の画家 松本竣介』の中で、「議事堂の前には黙々と荷車を曳く男をおいた。丸の内にも、池袋の工場の前にも、横浜の月見橋にも、御茶ノ水の聖橋にむかう坂道にも人を描いたけれど、人はひとりぽつんと、ほんとうに淋しそうに立っていたり、歩いていたりした。人はひそやかな道を、どこからきてどこへいくのか、とぼとぼと歩いていた。ときには証人のように立ちどまっていた。この人たちは竣介だったのだろうか」と述べている。この一人、何処かに向かおうとする «ソリスト» としての姿勢は «透明性» へと通じている。

 彼の作品の «透明性»、確かにそれは孤独さゆえの «透明性» である。宇佐美は風景画の中の寂し気な人影についてのみ語っているが、自画像などの人物画においても、遠くを見つめるような眼差しを持った人物が描かれている。そこには容易に孤独な姿を見つけ出すことができる。だがそれだけではなく、目の前の誰かと視線を合わせることを避け、どこか別の世界を見つめ続ける清純な画家の視線も感じる。また、都市の幻想風景のように描かれた複数の人物が描かれた絵においても、人物は淡く、実体がなくなっていきそうで、透き通った空間へと向かって進んでいく途上にあるように思える。途上であるものは未完である。宇佐美は松本竣介を「求道の画家」と述べているが、それは未完であるゆえの «エチュード» としての求道ではないだろうか。

そう、完成途上にあるものは完成へと向かうための «エチュード» としてのトレースが印されている。もちろん、松本竣介の絵の一つ一つは完成されているのだが、そのあまりに短い生涯と作風とが彼の作品を完成や円熟という形容から遠く離れたものとしており、それこそが彼の絵の清浄さの源泉となっている。「様式の探究、技術の習慣的練磨、それは、作家であることのしるしです」と松本竣介は日記に書いている。彼は探究しようと望み、その途中で旅立った。だが、彼の «エチュード» としての作品には寂しげだがどこまでも透き通った世界が、メルヘンの世界が映し出されている。

 

記号の横断性

 ジュリア・クリステヴァが提唱した概念である間テクスト性 (intertextualitéは、時間的にも空間的にも異なる言葉が対話関係を結ぶことが可能であるというミハイル・バフチンの考えを発展させたものである。バフチンやクリステヴァは言語記号を用いたテクスト内の連関性についてのみ言及しているが、間テクスト性という概念は絵画記号の問題を考える上でも有効な分析装置である。それだけではなく、異なる記号によって表現されたテクストの間にも間テクスト性は存在する。ある写真が一冊の本を生むことがあり、ある音楽が一枚の絵を生むことがある以上、そこには間テクスト性が存在する。しかし、ここではそうした創造という側面からこの概念を検討するのではなく、解釈の地平から見た松本竣介の作品の持つ間テクスト性について語ろうと思う。

 松本竣介と宮沢賢治との関係性について語られることは多い。二人が岩手県と深く係っている点、画家が36歳、詩人が37歳という短い生涯であった点、明治の後半から昭和までの同時代に生きていた点、前者が生長の家の信者 (1936年に決別しているが)、後者が法華経の信者であって両者とも宗教的なものに影響された点、松本竣介が宮沢賢治の作品を愛読していた点などから二人の関係性がしばしば強調されている。しかし、そうした指摘は二人の人生を重ね合わせようという逸話的、伝記的、物語的連続を基盤とした間テクスト性について語っているのではないだろうか。私の個人的な印象では、松本竣介の絵画作品は宮沢賢治の詩や童話との類縁性に彩られているというよりも、中原中也の詩との連関性を強く意識させるものである。宮沢賢治の作品にはメルヘンとしての色彩がある一方で、義務的で、命令的な、使命を要求する宗教的倫理観が色濃く反映されている。そこにはメルヘンの持つ透明感よりも原色を塗り込むような強いタッチが存在している。だが、松本竣介の絵は遠くの世界を静かに求めており、それは激しい情念世界と正反対の、あくまでも澄んでいて、純粋なものだ。中原中也もそうした世界を求めていた。

 

あれはとおいい処にあるのだけれど

おれは此処で待っていなくてはならない

此処は空気もかすかで蒼く

葱の根のように仄かに淡い (「言葉なき歌」)

 

 遠く離れた何処かにあるもの。その存在を信じ、それを求めて、作り上げられた二人のテクスト。二人が作り上げたテクストの清浄さはメルヘンの世界の持っている透明性だったのでないだろうか。二人の作品はメルヘンの世界を見続けることによって共鳴しているように私には思えるのだ。異なる記号を横断する間テクスト性。

 透明なメルヘン。それが二人の作品を結びつけるテーマであり、二人の作品を結びつける私にとっての間テクスト性の第一テーゼであった。ここにあっても、それはあそこを目指し、上昇しようとする。現実世界には存在しないが、メルヘンの世界には存在する夜の陽射し、音のない河のせせらぎ、肉体の消えてしまった私が見つめる風景。

 

秋の夜は、はるかの彼方に、

小石ばかりの、河原があって、

それに陽は、さらさらと

さらさらと射しているのでありました。(「一つのメルヘン」)

 

竣介の絵を見つめる私。中也の詩を口ずさむ私。私のイメージ空間の中で二つのテクストは交叉していった。

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閉ざされた正義論―トッド理論の暗点について

 エマニュエル・トッドの『シャルリとは誰か?』(原書はQui est Charlie?, Édition du Seuil, 2015) が今年の1月後半に文藝春秋社から発刊されて以降、この本に対する評価が日本で高まっている。目についたものだけでも、鹿島茂が毎日新聞に書いた書評、柄谷行人が朝日新聞に書いた書評などがあり、思想家や研究者がトッド理論を熱心に解説し、彼の意見に多かれ少なかれ賛同している。それと同時に『週刊文春』などの大衆誌においても、3月17日号では「世界の知性」と形容されたトッドのインタビューが掲載され、4月28日号には「日仏の知性がスカイプ」と銘打たれた池上彰との対談が掲載された。
 確かに、『シャルリとは誰か?』という本の中でトッドはフランス現代社会に対する示唆に富んだ多くの考察を行なっている。たとえば、大規模な社会調査に基づくバリエーションのある統計資料の学術的分析、宗教的動向と政治的動向との関係性に注目した興味深い指摘、潜在的に残っている西洋中心主義に対して警鐘を鳴らした現状分析の提示などいくつもの優れた点を挙げることができる。だが、こうした長所についてはすでに多くの書評の中で何度も語られており、それを繰り返し語ることに大きな意味は見いだせないだろう。それゆえ、ここではこの本のいくつかの暗点を指摘していきたい。それは大きく分けて、(1) 調査方法、(2) 自由と平等の概念、(3) 反グローバリズムの解釈、(4) 日本での過剰評価という四つであるように思われる。この四つの問題点を以下のセクションで順次検討していく。

調査方法の問題点
 トッドの社会調査ではマクロレベルの大規模調査のみが行われているが、そこに不十分さを感じる学者も少なからずいるのではないだろうか。私は社会学者ではないが、社会言語学の研究は何度か行ったことがある。その中で苦労したことの一つにマクロレベルの探究とミクロレベルの探究とをどのようにまとめ上げるかということであった。マクロレベルの探究で用いられる大規模調査は研究者が作成した質問に対してインフォーマントが答えを選択し、その結果を統計化するものである。多くのインフォーマントへの調査が可能である反面、各インフォーマントへの詳細な調査が行われにくく、その結果をカテゴリー化する場合もカテゴリー化の幅が大きく、厳密性に欠けることも少なくない。そうした欠点を補うために少人数のインフォーマントを対象とした、多くの場合、対話コーパスを用いるミクロレベルの研究がしばしば追加実施される。だが、トッドの分析においては大規模調査のみに依拠して結論が導かれているために、問題となるケースも少なからず存在する。
たとえば、p.57に示された1960年における宗教実践地図はフランス国内での日曜のミサに参加する各県の成人の割合が示されており、その区分が (A) 50%以上、(B) 35~50%、(C) 20~35%、(D) 20%未満というように四つに分類されている。それに対してp.60に示された2009年における宗教実践地図はカトリックであると自己申告した成人の各県の割合が示されており、その区分は (E) 19%~26%、(F) 16~19%、(G) 14~16%、(H) 8~14% というようにここでも四つに分類されている。この二つの地図を比較してトッドは相似性を指摘しているが、後者の図の区分のパーセンテージの差はあまりにも近接しているのではないだろうか。(G) と (H) の数値の差は最大でも8% であり、(G) と (F) の差は最大でも 5% に過ぎない。さらには何故この四区分なのかという説明もなされていない。これだけ数値が接近しているならば、考察者の都合でいかようにでも操作が可能ではないかという疑念が湧いたとしてもおかしなことではないだろう。
 また、自己判断意識というものは常に正しいものではない。イギリスの社会言語学者ピーター・トラッドギルが『言語と社会』の中で書いているイギリスの小都市ノフォークで行った言語意識に関するマクロレベルの調査がある。彼は tune という語の発音の正しさについての正解率を男女別で示しただけではなく、自分の発音が正しいと思うかどうかもパーセンテージで示した。その結果は、自分が正しい発音を行っているのに間違っていると思っていると過小評価したインフォーマントの比率は男性が6% で女性が 7% であるのに対して、自分の発音が間違っているのに正しいと思っているという過大評価をしたインフォーマントの比率は男性が 0% で女性が 29% と大きな違いが見られた。このように自己申告型の統計にはしばしば罠が隠されている場合があり、少数の統計のみで判断を下したときに重要な問題点が見落とされるケースが多々あるのだ。トッドの提示しているいくつかの統計にはこうした危うさがあるように思われる。

自由と平等という概念に関する問題点
 近代における国民国家の成立を確固としたものがフランス革命であると考えるならば、その三大精神である自由 (Liberté)、平等 (Égalité)、友愛 (Fraternité) という理念は現在の国家の存在様態を分析するための基盤的分析装置となり得る。トッドは『シャルリは誰か?』の中で友愛という分析概念の設定は行っていないが、自由と平等に基づく考察をこの本の核心部分として提示している (この三つの概念を用いた世界の現状及び未来に関する研究は、たとえばジャック・アタリも行っている)。しかし注意しなければならないことは、自由にしろ、平等にしろ、単に政治的なものでも、経済的なものでも、社会的なものでもなく、この二つの概念 (より正確に言えば友愛を含めた三つの概念) は相互に依存し、影響し合うという点である。それゆえ、かつてカトリック信仰が強かった地域と2015年1月10日及び11日に行われたシャルリ・エブド襲撃事件への抗議デモ参加人数が高かった地域、経済的自由主義の重視及び社会・文化的平等主義の軽視が多くみられる地域、教育レベルが高い地域などが一致することをトッドは統計分析によって導き、その地域をゾンビ・カトリック地域として結論づけた。さらに、ゾンビ・カトリック地域は直系家族的で不平等主義的であり、パリなどの核家族的で平等主義的な地域と大きく対立する考え方を示していることに注目し、フランス全土で300万とも言われるデモの参加者を主導したゾンビ・カトリック地域の住民のフランス共和国憲法に示された非宗教性 (laïcité) を楯にしたキリスト教以外の宗教徒 (ここではイスラム教徒) に対する無知と不平等な扱いを強く批判している。
 それは一面では正しいだろうが、完全に正しいとは言い切れないのではないだろうか。統計的な問題は先ほど指摘したので、ここでは他の視点からトッドの主張の問題点を考えてみたい。神聖なるムハンマドのカリカチュア (肖像の神聖化という問題は後で述べる) の昂然たる提示は、表現の自由の名を借りたイスラム教徒に対する屈辱行為であり、西洋中心主義的人種不平等主義イデオロギーがそこに存在するということがトッドのシャルリ・エブド誌への大きな批判点である。西洋のカリカチュアの確立は16世紀イタリアであると言われ、その風刺の対象は政治家、王侯貴族、宗教家、他国民などあらゆる人々に及んでいる。こうした風刺の精神は近代の批判精神と深く関係し、それゆえに西洋近代の精神的支柱の一つであったことは確かであろう。明治期の日本もカリカチュアの対象として西洋の雑誌にしばしば登場した。フランスの風刺画家ビゴーが鹿鳴館時代に描いた有名な絵がある。西洋のフォーマルな衣装に身を包んだ日本人の男女が鏡にその姿を映しているが、鏡には二匹の猿の顔だけが写っているというものである。この絵を見て激高した日本人は数多くいただろうが、それによってシャルリ・エブド事件のような事件が起きなかった事実は重要なことではないだろうか。西洋近代の自由の精神を日本人が重んじたということでは決してないだろうが、風刺画によってテロを起こすという愚行を明治の日本人は行なわず、当然、その後のデモもあり得なかったのだから。当時の日本人は西洋中心主義に激怒するのではなく、こうした風刺を正面から受け止め、考えた。そこから、これも西洋近代の中核的精神の一つである反省という概念を学んだと言っては大げさになるだろうか。自由の名の下の横暴さがあったとしても、そこに不平等を見て表現の自由を否定するのではなく、不平等をどう乗り越えるかということを風刺する側ではなく、風刺される側から日本人が模索した歴史をもう一度考え直してみる必要があるのではないだろうか。シャルリ・エブド襲撃事件に関して、第一に批判されるべき点はカリカチュアでもデモでもなく、テロリズムであるのだから。

反グローバリズムの解釈に関する問題点
 ソ連及び東欧の共産主義国の崩壊は、資本主義体制のみによる世界経済の一極化、グローバリゼーションをもたらした。グローバリゼーションは自由主義経済を発展させる一方で、経済格差、不平等社会を増長させた。そうした流れを牽引したのはアメリカである。だが、トッドはEU内の強国ドイツを徹底的に否定することによってグローバリゼーション批判を展開している。『シャルリは誰か?』の中でこうした考えは明確に示されていないが、『「ドイツ帝国」が世界を崩壊させる』や『週刊文春』の3月16日号では、はっきりと反ドイツ主義が語られている。前者の中には「(…) もしドイツの覇権かアメリカの覇権か、どちらかを選べといわれたら、私は躊躇なくアメリカの覇権を選ぶよ」という言葉さえある。だが、なぜアメリカを批判せずに、ドイツを批判するのかその理由が明確ではない。私は政治、経済、社会問題の専門家ではなく、グローバリゼーションを厳密に語ることもできないが、トッドのこの反ドイツ主義に対する疑問は大きい。それゆえ、ここではこの視点からの考察を行っていく。
 柄谷行人は『世界共和国へ』の中で、国家と資本主義経済との関係に対して分析し、それぞれ別なシステムである国家と資本主義に関して、「国家なしの資本主義もないし、資本主義なしの国家もない」と語り、その相互依存性を強調している。また、ハンナ・アーレントの考えを援用しながら、近代国家の形態である国民国家は国家内のすべての者を国民という均質な構成員と見なし、そうした体制内で発展した国家が他の国家に対して取る対外政策は最終的に自らのシステムへの同化を求める帝国主義的なものにならざるを得ないと述べている。こうした歴史的展開の中で、経済的自由主義を最重視するアメリカ型のシステムが世界を覆いつくした。だが、ソ連の崩壊とEU内の通貨統一などによってドイツが世界制覇を目指し台頭していったと、さらには、大きな経済成長を遂げた中国が世界秩序を壊しているとトッドは考えている。この意見に簡単に賛成することはできないのではないだろうか。なぜなら、柄谷やアーレントが言うようにある国民国家が対外膨張した場合にその政策は自国のシステムへの同化を強要するものであり、経済的な侵略は、必然的に政治、軍事、社会、文化的な侵略へと拡大し、弱者は強者のシステムに従わざるを得ない方向に向かう。それが資本主義システムの大きな特徴である以上、原理上は経済的に強い国が世界の覇権を握り、それがアメリカからドイツに変わる可能性もあり得る。その変化に危険性があるとトッドは主張している。不安定なドイツ、二度も世界制覇を目指し軍事行動を展開したドイツ、EUを牛耳るドイツなどドイツの負の要素を並べ、アメリカ中心のグローバリゼーションの方がドイツ中心のものよりも世界の安定をもたらすと主張しているのだ。だが、流動する資本主義の動きの中で、いつまでも同じ秩序が維持されることはできるのだろうか。また、アメリカ中心主義の秩序というものは果たしてよいものなのだろうか。トッドの考えは旧秩序を尊ぶ保守主義の表れではないのか。彼の意見には簡単に肯けない疑問点が多々存在する。昨年の1月11日のパリでの大規模デモの先頭集団に、フランス大統領オランド、ドイツ首相メルケル、イギリス首相キャメロン、欧州委員会委員長ユンカーなどが訳も判らずいたとトッドは断言している。しかし、デモにはドイツに支配される欧州の首脳たちがいただけではない。イスラム教国、ユダヤ教国を含む世界44か国の首脳がそこにいた。彼らはみな訳も判らずにそこにいたのか。それでは世界は無能な指導者のみによって導かれていることになる。トッドの主張に反して、そこには意味があったではないだろうか。その意味が正義や自由や平和への願望だけによって成り立っていなかったとしても。この点をもっと深く考えるべきなのではないだろうか。

日本での過剰評価をめぐる問題点
 世界は経済的には一極化したように見えながらもそれぞれの国家における政治・社会・文化問題は、今もなお一多様である。フランスで起きた事件のフランス人にとっての意味と日本人にとっての意味とでは大きく異なる。それゆえ、このセクションでは『シャルリは誰か?』への日本での評価についてだけに絞って考えてみたい。日本では、シャルリ・エブド事件が起きたときに、テロへの批判よりも神聖なムハンマドを冒涜するカリカチュアにしたのだからテロが起きてもおかしくはなく、悪行に対する報いという極端な意見や、襲撃に対するデモも西洋人のエゴの表れであるという意見が少なからず聞かれた。シャルリ・エブドのカリカチュアには西洋中心主義的な白人優位のイデオロギーがあり、テロはその考えに対する当然の結果であるという主張はトッドの考えに近いものであり、日本での書評においてもその点が強調されていた。しかしながら、トッドはフランス人に向けて述べたのに対し、日本のシャルリ・エブド批判はフランス人に向けられているというよりも日本人に向けて語られたものなのではないだろうか。そうした声を、今まで散々有色人種を馬鹿にしてきたのだから当然の結果であるという感情的な怨嗟の発露と考えるのは極端な意見だろうか。特定の国の国民に対するヘイトスピーチの過激化、ネトウヨによる排外主義的発言の急増、愛国主義的軍国主義的な政治・社会・教育的な強化といった日本の最近の風潮を見るならば、極端だとは言い切れない状況にあると思わざるを得ない。トッドの意見を日本人として判断したときに、全面的に肯定できない理由がそこにも存在する。
 多木浩二は『天皇の肖像』という本の中で、明治期の最初には一般大衆にとって無関心でさえあった天皇の存在が、政治的コントロールによってその肖像さえも神聖化されていった過程を的確に分析している。多木は天皇という存在を大衆に知らせるために最初は行幸が行われていたが、大衆の認知度の上昇と写真技術の発達により、天皇が実際に自分と同じ空間にいなくとも、御真影と呼ばれる天皇の写真があるだけで、その写真が畏敬の対象となった歴史を綿密に考察している。また、明治天皇の最初の写真は伝統的な衣裳を着たスタイルであったが、それが西洋のブルジェワ風の軍服を着た姿に変わっていったことも指摘している。そこには見せることによる政治的支配装置としての、また宗教的な崇拝対象としての天皇の身体の提示という問題があった。これとは反対に、イスラム教ではムハンマドの肖像を描くことは禁止されている。身体の問題はある人間がどのような顔をしていてどのような体つきをしているかという問題に留まらず、どのような服装をしているかという問題をも内包している。それゆえ、明治以前にベールに包まれていた明治天皇をベールに包まれたまま崇拝の対象とする民衆支配コントロールの選択をせずに御真影を日本全国の公共施設に下付することは、宗教性と政治性との双方の問題を解決する当時の権力者にとっての最善の方法であり、その方法ゆえに日本の急速な近代化が可能であったと述べ得るものである。だが、イスラム教国ではそのような方法は取られていない。そこに西洋近代との乖離と、西洋とのコミュニケーションの断絶の原因の一つがあるのではないだろうか。日本の近代化の方法が正しかったと言えるのかどうかは判らないが、上述した近代化における見せるものとしての身体性の問題が好例となるように、日本が西欧化の努力によって少なくとも西洋諸国とのコミュニケーションが可能となったのは確かなことである。こうした日本の歴史を無視し、神聖なるものを屈辱するカリカチュアを掲載したのだからテロも止むを得なかったし、その後のデモに参加した人間は愚かな西洋中心主義者たちだと主張している日本人は、あまりにも感情的で、短絡的ではないだろうか。トッドのこの本はそう望んでいなくとも、こうした日本での負の傾向を助長するものになっているように思われる。

 シャルリを認めない自由があると共に、シャルリを認める自由もある。平等を主張するならば、両者の意見を共に尊重する平等性がなければならない。それがどのようなものであれ経済システムの一極化に世界が向かうのであれば、それに伴い社会・文化システムも否応なく一極化へ向おうとする。多文化主義を言葉で言うのは簡単ではあるが、今の世界で作動している政治、・経済・社会システム内で、それを実現することは並大抵のことではないのも事実なのである。また、今年起きたパリ、ブリュッセルでの一連のテロによって今ヨーロッパで起きているテロの問題がシャルリのデモへの報復でもなければ、イスラム教とは無縁な破壊のための破壊であることがはっきりと示されたと思う。トッドの意見に反して不平等は世界のどこにでも存在するが、不平等ゆえのテロはどこにでも存在するわけではなく、それはあまりにも特殊な事柄なのだ。それゆえ、シャルリ・エブド襲撃後の大規模デモはイスラム恐怖症が全面に出たヒステリックなものであるとは私には思われない。それは、よき側面と悪しき側面を併せ持つ一つの歴史的象徴であったと思われるのだ。
 重要なことは、万人にとって平衡となる罪と償いの関係は存在しないということだ。常にどちらかがどちらかを超えているのだ。鵜飼哲は『償いのアルケオロジー』の中で「償いは常に過剰でなければならない。償いが過剰でなければならないということは、逆に言えば復讐は常に過剰になるということでもある。ここに、平和を脅すあらゆる危険と、そこへ至るささやかなチャンスがともども秘められているのではないでしょうか」と述べている。われわれは罪と償いの不均質さと非平衡性の上にしか、自由、平等、友愛という理想を実現できない。トッドの語る正義は現実の混沌性を小さく見積もった閉ざされた正義ではないだろうか。ヴォルテールの名言として知られている、「私はあなたの意見に賛成ではないが、あなたがそれを語る権利を私は命をかけて守る」という言葉は、実は、『ヴォルテールの友人』の作者であるステファン・タレンタイアの創作であったように、人々が歴史として記憶するものは真実ばかりではない。シャルリ・エブド襲撃事件に対するデモは、トッドが断定しているようなヒステリックなイスラム恐怖症であるという閉じられた正義論によって解釈されるべきなのではなく、罪と償いとの歴史的な問いとして語られていくべきなのではないだろうか。もしそうでなければ、世界は復讐の連鎖が繰り返される閉じられた正義に覆われるだけの暗い小さな世界になってしまう。だからこそ、われわれはこの問題をもう一度真剣に考えてみる必要があるのではないだろうか。

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「皇紀2676年」

 このブログに載せた「扶余の記憶」で、私は戦時中に朝鮮の扶余(プヨ、百済の最後の都のあったところ)に、「扶余神宮」建設の計画があったが実現はされなかったと書いた。しかし、その後数冊の文献に当たってみると、作られたという説、建物はできたが、天照大神・明治天皇の「鎮座」はなかったという説など、諸説があることがわかった。ということは、扶余神宮について関心を持つ人が少ないということかもしれない。 肝心なことは、朝鮮の人々に日本の神・天皇への礼拝を強要したことである。その強要によって、当時の日本の統治者が「内鮮一体」ができると思っていたとすれば、それはまったくの誤りである。一体化とか同一化は、簡単にできるものではない。ハンナ・アーレントの『全体主義の起源』を読むと、近代ドイツでは、「同化ユダヤ人」が大きな問題であったことがわかる。同化ユダヤ人とは、ドイツ人と「同化」したとされるユダヤ人のことであり、「東方ユダヤ人」と区別される。しかし、「同化ユダヤ人」は、ドイツ人になることはできず、強制収容所へ送られたのである。朝鮮の人々に日本の神・天皇を礼拝することを強制して「内鮮一体」が実現されると誰が考えたのであろうか。
 しかし扶余神宮の問題は、当時の日本の統治者たちが「神社」を重視していたことを示すものである。つまり、日常生活のなかでの「神社」の役割を考えていたということである。われわれは日常生活でもまだ「神社」と関係がある。建物を建てるときには神主に「お払い」を依頼するし、結婚式は「神式」が多い。
 2016年3月に私は静岡県三島市にある「三嶋大社」を訪れた。この神社の祭神は、金達寿の『日本の中の朝鮮文化7』(講談社、1983)によると、もともとは百済から「渡来」した神だという(p.22)。この神社にはすでに何回も行ったことがあるが、頼朝が旗揚げした場所だという記念碑、若山牧水の歌碑があることに初めて気付いた。牧水はこのあたりが好きだったらしく、先日早咲きの桜を見に行った伊豆の土肥にも牧水の銅像があった。
 三嶋大社の桜も満開で、見頃だった。この神社で「お明神さま」という小冊子の21号をもらって来て読んでみると、今年の2月11日に「紀元祭を行い、橿原神宮を遙拝した」と記してある。橿原神宮は神武天皇を祭神とする神宮である。一昨年訪れたが、その本殿の入り口に「皇紀2674年」という大きな看板があった。「皇紀」とは、神武天皇即位の年を紀元元年とする年の数え方である。私は山梨県石和の小さな神社でも、同じ「皇紀何年」という表示を見たことがある。日本の神社では「皇紀」を使うのが日常かもしれない。また、東京都内の真言宗豊山派のあるお寺でもらった『豊山宝暦』には、「西紀2016年、皇紀2676年、仏誕2479年」と並記してある。日常生活にもまだまだ「天皇制的なもの」が根付いているのだ。(2016年4月11日)

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絵画空間と対話性

 東京ステーションギャラリーで開かれているジョルジョ・モランディ展に行く。「同じ言葉であっても、それが繰り返されたときには、もう同じ意味のことが語られてはいない。」正確なフランス語は覚えていないが、パリ第五大学教授だったフレデリック・フランソワはおよそ20年前、言語学の講義の中でこのように述べていた。初めて見るモランディの絵を前にして、フランソワのこの言葉が思い出された。モランディの作品が、同一性、差異、類似性という問題を喚起させたからである。
 1890年にイタリア北部のヨーロッパで最も古い大学がある都市ボローニャに生まれ、1964年に死去するまでそこを離れることがほとんどなかったモランディ。彼の作風について、「ジョルジョ・モランディが特定の流派に属しているとは明確に断定できないが、セザンヌの作品に大きな影響を受けている。たとえば、形態の荘厳さや濃密な色彩部分はセザンヌに近い。この画家は芸術的本質への接近を展開している。極めて洗練された形態的感覚に導かれ、彼は現代風の様式を鑑賞者の目に呼び起こしながら、色調とデッサンの微妙な繊細さを彼の描く風景や静物にもたらしている」とフランス語版ウィキペディアの解説箇所の冒頭には書かれている。それが正しい評価かどうか、美術専門家ではない私に、はっきりとは判らないが。私にとって問題であったのは、モランディ作品の半数以上を占める静物画における対象としてのモノの存在性の問題であった。

モノの存在性
 モランディの静物画には、花瓶、水差し、燭台、壺といった同じ物体が繰り返し描かれている。しかし、この「同じ」とは一体何であろうか。「同じ」という語はある事象の同一性を示しているが、実際にはその同一性がいかなる側面から語られているのかは問われていない。「同じ」という言葉の反意語である「違う」に対しても同様のことが述べられる。生物に比べて無生物はその存在の同一性が確実であるように思われている。原理的には時間と共に変化しないからである。変化しない即自存在であるモノはその存在意味を問うことがなく、他のモノを見つめることもない。だが、モノが存在している世界は不変ではない。また、モノは存在の意味を問い、それを見つめる主体と対峙しなければその存在性を問われることはない。世界内存在という古典的な概念は主体と世界の関係から語られる場合がほとんどであるが、モノと世界との関係からも語られる必要性がある。同一と見なされたものも、見つめる主体の前で、同じであると同時に異なっているのだ。
 さらに、モノ自身の同一性が堅固なものであったとしても、世界は変化する。モランディは仕事部屋に置かれた作品のモチーフとなるオブジェの上に溜まった埃を払うことを禁じていたという。不変であるはずの物体に刻印された世界の変化の痕跡を見つけ出すためだろうか。同一性の神話は脆いものだ。同じモノと言った瞬間、われわれはその対象が安定しており、いつまでも変わらないと信じているが、それが存在する空間と、それが同一だと信じている見手が時間と共に変化してしまう以上、モノの不変性が保障されている訳ではない。この事実を確認するには、ある対象の上に知らぬ間に溜まった埃を見るだけ十分であろう。同一とは変化を抱えた同一であるが、もしもあらゆる差異を認めれば、存在の条件は砕け散り、存在の基盤は破壊される。だからこそ、差異の中にある同一性が要求される。同じモノが同じではなく類似しているだけにしか過ぎなくとも同じであると信じる必要がある。

ベンヤミン、バフチン、モランディ
 岡田温司は『モランディとその時代』(人文書院、2003) の中で、美術批評家のアルカンジェリの仮説に依拠しながら、モランディが同一のオブジェを連作的に描く場合であっても、「形成されたフォルムの極」と「不定形なフォルムの極」との弁証法的な展開を提示すると述べている。対象の形態が具体的であるか、抽象的であるかによってテーゼに対してアンチテーゼが対立させられ止揚するという定式からモランディの作品を解釈することも確かに可能なのかもしれない。だが、こうした正統的な弁証法のみを彼の作品展開に見出そうとするならば、岡田がこの本の中で何度か提示している過去の歴史を救済するために語られたベンヤミン弁証法は、モランディの作品とは無縁なものとなってしまうのではないだろうか。モランディの絵に論争的 (ポレミック) な弁証法的展開を発見しようとすることには大きな問題があるように思われる。なぜなら、ベンヤミン弁証法はマイナス要因の中にプラス要因を段階的に探りながらレベルチェンジしていくものであり、対立による進歩というポレミックな展開を示すものではなく、事象の多声的 (ポリフォニック) な側面の探究だからである。それゆえ岡田もモランディ作品を語るためにベンヤミン弁証法を用いたはずである。モランディの絵はポレミックではなくポリフォニックなのだ。
 ポリフォニーは、あらゆる言語活動が対話的であると主張しているバフチンの理論を支える根本概念である。「空間的にも時間的にもお互いに隔たっていて、お互いに何の接触もない二つの言表が、意味的に対比されることによって、また、何らかの意味的収斂があるときに (テーマや観点がわずかに共通するだけかもしれないが) 対話関係が現れ出る」というバフチンの言葉を思い出そう。ここにはベンヤミンの述べている過去の歴史の救済に連結するベンヤミン弁証法と交差したポリフォニーの問題が示されている。このポリフォニーという概念は言語記号だけに関連する問題ではなく絵画記号にも深く係わる概念であり、絵画的ポリフォニーの実践をモランディの絵の中に見出すことは可能なのではないだろうか。「形成されたフォルムの極」と「不定形なフォルムの極」への揺れは、描かれた対象が対立し止揚され本質へ向かうというものではなく、ポリフォニックな展開としてのモランディのモノとの絶えざる対話を表しているのではないだろうか。

換入による意味生成
 「現実以上に超現実的で抽象的なものは何もないと思う」とモランディは1955年のインタビューの中で語っている。この言葉は次のような考えを呼び起こす。モランディの静物画に登場するモノは先ほども述べたように机の上に置かれたその多くがセラミック製の器で、色もほぼ単色であるといった類縁性を帯びている。だが、連作の静物画を比較するとよく判るが、描かれた対象の位置が少しずれたり、明度が少し変わっていたりしている。その差異の提示は換入による音素の決定のような働きをしているように思われる。モランディの絵画制作がまるで有限な単位から無限の意味を組み立てていく作業に見えたのである。
換入は言語学における基本単位である音素や記号素を決定するために用いられる重要なテストである。おおよその手続きを示せば、たとえばフランス語において、[ bal ](球)~[ mal ](悪) という最小対は、語頭の [ b ] と [ m ] のみを換入することによって、二つの音連鎖の差異が意味の違いという別のレベルの差異を生むことを示している。この作業の結果から、各言語の音的単位つまりは非意味単位である音素が導かれる。音素はラングの最小単位であり、共時的に見て、言語ごとに音的特徴が固有で有限個であり (その数は言語ごとに異なり、多くても三十程度である)、音素が連続することによって無限の意味単位が生成されていく。ただそこにある即自的な存在から意味を表す形態へ、モランディの静物画の中に描かれた対象の位置や、色調や、タッチなどのわずかな違いは、換入作業を思い起こさせる。弁証法的に本質に向かうのではなく、有限個の基本単位を抽出し、その単位を連続させ、差異化することによって多彩な意味を構築していく。モノとのポリフォニックな関係から導き出される意味の広がりは、このように作り出されていくのではないだろうか。

同じモノの反復は同じモノの単なる繰り返しなのではなく、差異の出現である。だが、われわれは無数にある差異の枠組みの中で、しばしば、差異よりも類似しているということに焦点を合わせ、同一性の中に安住することを望む。モランディ展を見終えたとき、「本当のものは目には見えないんだ」というフランスの実存主義作家の言葉ではなく、「目に見えれば何だって描ける」というモランディの言葉が強く響いてきた。彼の絵画制作はモノローグ的行為ではなく、ディアローグ的行為なのだ。私はそう確信した。

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