宇波彰現代哲学研究所

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清家竜介著『交換と主体化:社会的交換から見た個人と社会』(2011年、御茶ノ水書房)書評

 1.まえおき
 宇波彰首席フェローから久方ぶりに書評をせよというお呼びがかかり(と書いて思い出したが、昨今の鬱病ブームにかんして何か書いてみよ、と宿題を出されたまま果たせずにいたのであった)、著者が社会学専門で「貨幣」を扱っている著作だということなので、興味を持ち引き受けた。
「引き受きさせていただきます」との旨をご返事すると、数日後清家氏からとても立派な著書が送られてきたので恐縮する(清家さん、ありがとうございます!)とともに厚さに(と言っても300頁ほどだが)怖気づいた。というのもこのところ研究でない方の仕事が頗る忙しく、なかなかまとまった時間を取れないでいたからだ。とはいえ本を送ってくれた清家氏や宇波先生に不義理をするわけにもいかないので少しずつ読み進めていくことにした。
 いざ読み始めると面白く、とりわけ近代以前の伝統社会を扱った最初の数章は、一気にとまではいかないが、最近にしては珍しく急いで読み進めたのであった。
 個人的な回想になって恐縮だが、貨幣論というジャンルの著作には、浪人中に予備校の教師から教えられた柄谷行人の『マルクスその可能性の中心』で初めて接したような気がするが、ボンクラだったこともあり、あまりピンとこなかった。それよりは大学生になってから読んだ今村仁司の『貨幣とは何だろうか』(ちくま新書)の方が興味深かった。今村によれば、「貨幣の社会哲学は、貨幣の経済的機能を論じるのではなくて、人間にとっての貨幣の意味を考える。それは貨幣を人間存在の根本条件から考察する」。
 清家氏の著作は、今村が言う意味での「貨幣の社会哲学」を展開するものであり、この領域の基本文献の一つと見なされるべき力作である。「「交換する動物」としての人間は、
市場経済や資本主義的経済の核をなす経済合理性に還元されるわけではない」というのが氏の基本的な主張であり、本書はそうした視座に立って、目下進行中の世界経済危機、金融危機を含め、資本主義経済が危機を繰り返し生じさせることになる「倒錯した社会過程」を明らかにし、ミメーシス的主体によるコミュニケーション的行為の可能性を探究しようと試みる意欲的な著作である。

 2.交換形式と人格=仮面
 清家氏による『交換と主体化:社会的交換から見た個人と社会』の理論的ベースとなっているのは、マルクスの価値形態論とジンメルの貨幣論である。とりわけ後者の観点を引き継ぐ形で、かつ今村仁司やアダム・スミス(「公平な観察者の化身ともいうべき正義のメディア」として貨幣を理解)、ルーマン社会システム論などをふまえつつ、信頼のメディアとしての貨幣の側面を強調する点に清家交換理論の力点はある。これらに加えモースの贈与論や、ポランニー、クラストル、ゾーン=レーテル、アドルノとホルクハイマー、ハバマス等々の知見がふまえられ、「「贈与(互酬)」「等価交換」「資本制交換」「再分配」という4つの社会的交換形式と結びついた共同性と主体化の在り方」が論じられている。
本書は、博士論文を元にした著作ということもあり、先行研究を丹念に検討しつつ、とても手堅く、貨幣というメディアと主体化および共同性の形成の問題にアプローチしており、この領域に関して関心がある人間にとって得るところの多い著作であることに間違いはない。
また、清家交換理論の見取り図は、序論と結論に極めて明快に示されている(僕がこんな文章を書く必要がないほど)のでまず序章と結論を読んで全体の構成を頭に入れた上で極めて明快かつ歯切れよく展開される各章の議論を追いかけていくとよいだろう。
ケインズの有名な言葉に、「この世で一番むずかしいのは、新しい考えを受け入れることではなく、古い考えを忘れることだ。現在の為政者や知識人は、すべて過去の知識人や過去の思考の奴隷なのだ」というものがある。しかしこれはケインズ革命という経済学のパラダイム転換をなしえたケインズのような天才だからこそ言える言葉である。ケインズたりえぬ者は「過去の知識人や過去の思考」と格闘することによって新しい考えに一歩でも向かおうとせざるを得ない。そこに罪があるとすれば進んで「過去の知識人や過去の思考の奴隷」となろうとすることによって新たな事態に対して古めかしい教条を護持しようとする場合だろう。
 もっともケインズにしても、マルクスにしても彼に先行する近代経済学の「古い考え」と徹底的に格闘したればこそ、そうした伝統からの切断はなされたのではないか。
清家氏の著作では貨幣というものをめぐる先に挙げた一連の論者の議論が、氏の理論的枠組みの中から丹念に論じられており、氏の格闘を通じて、貨幣という謎に改めて向き合うことができる。以下では本書の議論のポイントを僕なりにまとめたい。
周知のようにホッブズは『リバイアサン』のなかで万人の万人に対する戦争状態を自然状態とし、その克服のために諸主体が社会契約を結び主権者に服従するというストーリを描き出した。これに対して、清家交換理論では、「欲望の二重の一致の困難」が「経済の自然状態」とでも言うべきカオスとして設定され、「半ば自生的に生じてきた規則の束」である交換の諸形式を打ち立てることによってこのカオスを克服し、持続可能な社会生活が営まれてきたとされる。
それぞれの社会的交換形式は、「神々」「貨幣」「国民国家」などの想像的対象に対する情動的な「信仰=信頼」に媒介されており、またそれぞれが異なった共同性と諸個人の人格の在り方を形成する働きを有していた。
「贈与」は、それに関与する者どもを威信を有する「贈り手」と、負い目を与えられる「受け手」という関係に置き、そこでは名誉と威信をめぐる承認の闘争が生み出される。また贈与にとって形成されるコミュニティは、贈与する神々という大文字の主体に対する小文字の主体(神々に与えられた役割=仮面を身につけた)としての神々の臣民の畏敬の念によって営まれる祭祀・互酬共同体であった。
この祭祀共同体において「再分配」は、首長制や宮殿経済などによって担われた。ここでは富はいったん蓄蔵されるが、資本のように拡大再生産されることなく、祝祭のなかで大々的に蕩尽される。
これに対して貨幣に媒介された「等価交換」は、自己調整的市場を作り出すとともに、それに従事する人々を「売り手」と「買い手」に分離し、相互排他的な私的所有権の主体として事後的に産出した。等価交換は、互酬共同体の軛を外し、人びとの顔から仮面を剥ぎ取り、この点で哲学的な抽象的自我へと主体化するものでもある。
この抽象的自我は、カント的な独我論的自我であるとともに、ハバマス的なコミュニケーション的理性を有する相互主観性を担う主体でもあった。この主体のコミュニケーション的行為によって市民社会というコミュニティが産出される。
これと同時に等価交換は、商品世界の背後に分業システムの形成を促す。細分化する職業は人びとの個性化の過程を生じせしめるとともに、教養主義的な人格形成を可能にする台座の役割を果たす。
近代的な市民社会を貫く「再分配」という交換形式は、近代国家というコミュニティを再生産するうえで不可欠な形式となる。近代国家は、市民社会とその秩序を維持するために、税を徴収し、再配分する租税国家となる。また税制を基礎とした再配分を担うセンターとして国家財政を担い経済・社会政策を遂行する。こうした再配分は、人びとを国家の臣民としての国民へと主体化する。国家は諸制度を作り人々を服従させるだけでなく、神々の代替物として臣民の死を捧げられる崇拝の対象となる。
貨幣愛から発する「資本制交換」は、共同体の善を目的とする「正義のメディア」としての貨幣の側面ではなく、アリストテレスの言う蓄財を目的とする「商人術のメディア」としての貨幣の性格に由来する。清家氏は「社会的交換形式の最上階を成す資本制交換は、それに先行する「贈与(互酬)」と「等価交換」という基盤なしには機能しえない規制的なもの」であると位置づける。加えて、「贈与する自然と人間の再生産を担う家族関係を基礎にした互酬経済を土台にしなければ」他の交換形式は有効に機能しえない。
資本制交換は、近代市民社会の成立とともに一般化し、様々な蓄積体制を構築していった。そして蓄積体制が構造的危機に陥るたびに体制の構造転換を促してきた。
前期資本主義においては、人びとは経済カテゴリーの人格化である「ブルジョワ」と「プロレタリアート」へと分割され、両者の階級対立が社会統合を危機にさらす。これに対応する形で国家は経済過程へと介入するようになり、法治国家から行政国家へと変貌する。また資本主義の国家独占資本主義への成熟にともない国家行政や企業の官僚制化が進展し、諸個人は組織人となる。家父長の権威喪失は一方で権威主義的人格を育む。その一方で資本主義が提供する美的な商品を消費する、理性を喪失した感性的な美的主体として現れる。両者の主体性が第一次世界大戦と世界恐慌を契機にして合流し、ファシズム的主体へと形成される。これに対して戦後の資本主義(フォーディズム型資本主義)は、フォーディズム的な経済的官僚組織とケインズ主義的福祉国家の両輪によって人々を主体化した。
ところが1970年代以降の構造危機に直面し、資本蓄積体制は、グローバルかつフレキシブルなポストフォーディズム体制へと次第に構造転換していく。この体制下で人々はフレキシビリティを要求されるため「変容を強いられる自我」へと主体化される傾向にある。大量の落伍者とリスクの個人化は必然的に「セキュリティに対する不安」を増幅するが。グローバル化と手を携えたこうした事態において、ハバマスの憲法愛国主義という構図は崩壊してしまうが、一方で著者の見立てでは、「無数の抵抗するミメーシス的主体が、グローバルかつローカルな次元で立ち上がることになった」。
「無数の抵抗するミメーシス的主体」にかんするこうした認識は昨今の中東の春や社会保障等の削減に対するヨーロッパでの民衆デモ、ウォールストリート占拠といった運動の広がりと共鳴するところが大きいと言えよう。

 3.根源的に思考するために
 最初に述べたように、貨幣の社会哲学研究としてのこの著書は、目下進行中の世界経済危機、金融危機を含め、資本主義経済が危機を繰り返し生じさせることになる「倒錯した社会過程」を明らかにしようするとても興味深い著書である。
 ただし、幾つかの点で筆者とは見解を異にするところもあるのでその点は明確にしておきたい(でないと単なるよいしょの提灯記事的文章となってしまうので、それは清家氏に対してもかえって失礼になるだろう)。なおこの異論はあくまでも「理論的趣味」の相違によるものに他ならず、氏の研究が一読にも二読にも値する優れたものであることをいささかも否定するものではないことはあらかじめ述べておく。
清家氏は等価交換と資本制的交換を区別することによって、前者に市場の肯定的側面をまた後者に市場の否定的側面を振り分け、後者を批判しつつ前者を救済しようとする。ポランニーのように両者を一緒くたに批判する市場批判を展開するならば市場の肯定的側面も否定することになってしまうからである。「貨幣に媒介された等価交換は、資本の圧力によって拡大することで、資本の文明化作用を世界へと波及させ、排外的な祭祀・互酬共同体における信仰を、貨幣に対する信頼へと置き換えていった」。
 ただし、ポランニーの行き過ぎを批判しつつも、資本主義批判の視座は基本的にはポランニーと共有されているといえる。とはいえ、ミメーシスを通じた自然との和解、さらには「ユニバーサルかつバナキュラーな(地域固有の)連帯の形式を構築することで、人と人との間、さらには人間と自然の間に適切な距離を創り出す営みとなろう」。
 市場経済をいかに社会に埋め込みなおすのかというポランニー的な課題が今日喫緊のものであるということは、市場主義者(懲りない面々)でなければ、あるいは市場経済の廃棄をラディカルに主張するのではなければ(だが今日一体どうやって?)、基本的には共通認識となっていると言えるであろう(どうやるのかをめぐって相違はあるとしても)。市場経済が破壊的な暴走をするものであるとしても、それとどうにか折り合いをつけてやっていかざるを得ないのである。
ただし、清家氏はポランニーを批判しつつも、その「自然主義」を受け入れてしまっているように見える。また、このことは「建物の比喩」で清家氏が交換を捉えていることと結びついている。すなわち清家氏は、贈与(一階)、等価交換(二階)、資本制交換(三階)という三階建ての建築として交換を捉え、「それぞれが下位の層という支えがなければ成り立ちえない」としている。そしてそうした認識の根本には、「祭祀・互酬共同体は、貨幣経済の浸食によって解体再編されてしまったが、純粋贈与の担い手である自然と互酬によって営まれる家族は、他の交換形式の基盤として現在も確固として存在している」という認識がある。
 だが、その機能の多くを外化してきた家族にしても解体再編されているのではないか。家族が重要な再生産の場所であり続けているのは言うまでもないとしても、今日純粋贈与の重要な場としての家族も資本制交換なしには維持できないことは明らかだろう。資本制交換は、純粋贈与の場としての家族を下支えしているといえる。またベッカーのような経済学者は家族もホモエコノミクス=企業家の営みとして捉えるが、その議論はあまりに一面的であるとしても、資本制下の家族のありようの一面を照らし出してはいるのである。こうしたことから建設物の比喩(より自然的なものが人工的なものを下支えするという構成を成す)はとてもミスリーディングだ。
 「自然」にかんする清家氏の議論は、悪く言うとマジックワードとして機能してしまうもののように思われる。「自然」とは、人間にとって、和辻の風土などを持ち出すまでもなく人間の営みと切り離すことができないものであろう。清家氏の交換理論の視座からは、言わば「自然に反した」ものとして資本制交換が告発されることになるが、あえて(誤解を呼ぶ表現を用いて)言ってしまえば貨幣のような媒介形式を有すること(また今村仁司が言うようにそれと結びついた死の観念を有すること)を不可避の条件とする「人間的自然」なるものとは「自然に反した自然」とでも言わざるを得ないものなのではないか。
 加えて、これは僕自身もやもやしており、もっときちんと考えていかないといけないことであるのだけれど、清家交換理論においては信頼のメディアとしての貨幣の側面が強調されるが、貨幣にかんして問題なのはそうした信頼が「過剰信頼」とでも呼ぶべきものを呼び寄せ、バブル等を起こすという点なのではないか。清家氏は行き過ぎた貨幣不信を批判するあまり貨幣への信頼のなかにある危うさを見落とすことになってはいないだろうか。あるいはアダム・スミス的な「公平な観察者の化身ともいうべき正義のメディア」という貨幣像を、グローバルなマッドマネーと区別し、前者の美徳を強調するあまり、初期市場経済を牧歌的に捉えすぎているのではないか(これはある種のフランクフルト学派の論者に見られる特徴であるが)。
 とはいえこうした見解の相違も含め、清家氏の著作は多くの示唆を与えてくれるものであり、このような機会を与えてくれた宇波首席フェローと著者の清家さんに感謝しつつ、筆を置くというか、キーボードを打ち終えたい。

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「無知の終わり」と「未知との遭遇」(1)

 1.「無知の終わり」
 2011年3月11日に起こった福島第一原発事故はなお終息しておらず、首都圏では緊迫した事態こそやや遠のいた感が漂っている(!?)ものの、先の見えない懸命の作業が続けられている。
福島第一原発事故が、ヒロシマ、ナガサキ、スリーマイル、チェルノブイリとともに、日本のみならず世界にとって忘れられぬ核による災厄とともにして記憶されることは、もはや改めて言うまでもない、動かしようのない事実となっている――事故が大したものではないことをアピールしていた数多の御用専門家や事情通の奮闘もむなしく――が、最終的にこの事故がどういった事態をもたらすのかは未知である。
この事故は、今後長きにわたって現在進行中の「未知の事態」であり続ける。程度の差こそあれ、「被災した」諸地域では、この破局的な原発事故が日常的な「現実」を形作ることになる。確かなのは、原子力安全神話にまどろみ続けていた3.11以前の日本社会の現実へと回帰することはもはやありえないということだけだ。そして何が事実であるのかがきわめて疑わしいものとなり、いくつもの可能性がつねに存在し、考慮されざるを得ない保証なき「現実」へと招き入れられることとなる。
実のところ放射線の健康への影響がどれだけのものなのか、またどれほどの地域から人々を退避させるべきなのか、避難民の生活はどうなっていくのか、福島原発の事態の収束にどれだけの期間とコストがかかるのか、すでに致命的なほど悪化している日本の国家財政はいつ破綻するのか、もはや経済的合理性の観点からも破綻があまりにも明白な原子力推進政策がどのようになるのか(安楽死するのか、延命継続がなお強行されるのか)、多くのことが複合的な形で未決状態に置かれたなかで、人びとの生活が営まれなければならない。
安全神話の崩壊ばかりが喧伝されているが、もちろん崩壊したのは安全神話だけではない。原子力発電は安上がりだという安全神話の双子の兄弟もまた無残に崩壊した。「安全なより最新の原発技術」による原発推進の継続という夢想を諦めきれず、未だに安全神話や低コスト神話を護持しようと企てている向きもあるが、たとえそうした人びとや各種のメディアのプロパガンダによって原発が守られたとしても鰻上りの安全対策費や賠償によって継続がべら棒に高くなることを覆い隠し続けることはできないだろう。
「国策民営」としての原発推進を可能ならしめてきた「無知のベール」は修復不可能な形で破られてしまった。

2.安全神話とリスク論
「世界最高水準」の技術力を誇る日本の原発は絶対安全という安全神話が崩壊した結果、いわゆる「原子力ムラ」の専門家たちに対しては厳しい批判が向けられている。例えば原子力安全委員の斑目委員長には「出鱈目委員長」という不名誉な綽名が定着した。また、原発の安全性への懸念を指摘する研究者や市民に対して小馬鹿にしたような冷笑的態度を取り、プルトニウムの安全性を強調しておきながら、事件後は「雲隠れ」を続けている専門家もいる。
JOC臨界事故以降日本においても「リスクがゼロではない」ことはより専門的な言説のなかでは語られるようになっており、マスメディアにおいてもそうした専門家による発言もみられるようになってきてはいたが、より多く目にしたのは原子力安全神話という大衆向けプロパガンダの言説であった。
事故後に生じた反動は、評判となった斉藤和義の曲の題名が端的に示すように「ずっとウソだった」という国民の反応であったが、何よりも醜悪だったのは、この当然と言えば当然な反応を、傲然と「ヒステリー」呼ばわりし、また「正しく恐怖するよう」お説教を垂れる専門家や評論家の登場であった。こうして「どうせあたしを騙すなら死ぬまで騙して欲しい」と考える人々のニーズと合致した大本営発表がマスメディアに垂れ流されることになった。
マスメディアに登場した専門家や評論家たちは奇妙な薄ら笑いを浮かべながら無暗と恐怖する愚昧さを啓蒙あるいは恫喝して見せていた(現在もいる)が、彼らが明らかとすることができたのは、インターネット時代に情報を当局にとって都合の良いようコントロールすることが、少なくとも自由民主主義がたてまえとなっている国においてはほとんど不可能だということだった(「古き良きメディア」であるTVしかみない「健全な臣民」を別とすれば)。
国内のメディアやそれが登用する御用学者を信用しない人々はインターネットを通して海外の情報や、原発反対派の情報にアクセスし、また御用学者やメディアの大罪を告発した。彼らの御用学者や御用評論家ぶりの悪辣さ、良心の欠如は、安っぽいTVドラマや映画に出てくるチンケな悪役のようであり、それを性懲りもなく起用し続ける大手マスメディアもまた広告料を餌にされ積極的に安全神話に加担してきた「戦犯」に他ならないことが、次第に多くの公衆に印象付られていった。
すっかり悪名が高くなった「原子力ムラ」の専門家への批判に比べると、リスク学への批判はまだそれほどなされてはいないように思われる。確かに、リスク学は安全神話からは一定の距離を置いており、「大衆向け」の原発安全神話を科学的立場から批判してきた。
リスク学の基本的立場からすれば原発にかんしてリスクゼロはありえないし、リスクゼロを目指す安全対策はコストの面で受け入れられないからだ。この点で、リスク論はむしろ、リスクゼロを表向きは掲げ、それに拘束されてきた、この国の原子力の統治(原子力発電所の管理だけでなく、それにかかわる周辺住民や国民の管理を含む)へのある種の統治批判としてみずからを位置づけてきた、ということができる。
ただし、こう言ったからといって「安全神話」の形成にリスク学が加担してこなかったということはない。多くのリスク学者は、リスクはあるがそれは一般市民が「無知のベール」によって気づかずにいるリスクと大差ないか、それよりも小さいのだということによって原発リスクは受け入れるべきだとしてきたのである。例えば環境リスク学の第一人者である中西準子は、『環境リスク学』(日本評論社)のなかでこう述べている。

「つらつらと考えてみるに、我々の周囲にはリスク不安が大きくて、その利用が極度に制限されている技術がある。もう一方で、リスク不安が囁かれながら、そのリスクに配慮することもなく、ただ新しい技術を売り込めばよいという姿勢で売り出され、受け入れられている技術がある。
 前者の代表的なものは、原子力と遺伝子組み換え作物、もしかして、ナノテクノロジーもその仲間に入るかもしれない。後者の典型が、携帯電話やユビキタスコンピューティングといってもいい。
 原子力が夢の技術とは思わないが、わが国のエネルギー状況と、今のような管理技術を考えれば、もう少し利用されてもいいと思う。残念ながらリスク不安が大きく、原子力発電所の建設が市民に拒否される状況が続いている。
(中略)そしてリスクが問題となるとはじめて、リスク評価の問題に取りかかるのだが、その時は大抵手遅れで、時間がかかるほど皆のリスク不安が大きくなってしまう。そして、リスクよりもリスク不安という問題と格闘しなければならなくなるのである。
それでも、リスク問題を単なる不幸、巡りあわせが悪かったとしてしか考えず、なぜ原子力だけが攻撃されるのか(不幸な技術)、車のリスクの方がより大きいのにとか(幸運な技術)、なぜ塩ビだけ悪く言われるのとか(不幸な技術)、言って嘆いている。でもそれは違うということにそろそろ気づくべきである。」[241-242頁]

いかにも御用なリスク論研究者ならばともかく、下水道問題にかんして御用学者とは対極の立場から研究を行ってきた中西にしてこう述べてしまうのだ、ということにかんしてなんとも複雑な思いに駆られるが、それはともかく、破局的な原発事故への不安は、われわれが日常的に攻囲されている諸リスクに比べ不合理に過大評価されがちだというわけだ。
ここでは、安全神話の盲信か恐怖かという無知蒙昧かつ不毛な対立を超えて、冷静にリスクを受け止め原発を受け入れることだけが合理的な態度、市民として成熟した態度だとされている。
破局的な事態は取り返しがつかないので原発はやめるべきだという考えは、賢明なるリスク論の観点からは、「科学的に非合理」「ずるい」とされるのである。このように「絶対安全安心から正しく怖がる」への「確率論的転換」によってリスク学は、安全神話をいわば補完する形で守護してきたのである。
もちろんこのようなリスク論は、ウルリッヒ・ベック(『危険社会』法政大学出版局)をはじめとする人々によって批判されてきた。そして、私たちが目の当たりにし、これから目の当たりにしていくであろう事態は、リスク論的な議論の破綻を証拠づけいるし、これからもそうしていくだろう。
一般人の無知蒙昧な反応以上に、上述のようなリスク論的思考の枠組みが冷静に吟味され、「正しく」断罪されなければならないだろう。「未知との遭遇」を軽視したツケはあまりにも大きいと言わざるを得ないし、徹底的に糾弾されるべきであろう。

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樫村愛子氏『臨床社会学ならこうかんがえる』(青土社、2009年)を読む(7)

3.終わりに

その死や不在を語る以前に、「大文字の他者」とはそもそも何であるのか?そしてポストを語る前に近代とはそもそも何であるのか?たんに読めていないだけなのかもしれないが『臨床社会学ならこう考える』を読めば読むほど分からなくなってきたのはこの問題である。たんに他の場所で論じたので樫村氏は議論の前提としているだけなのかもしれないが、評者のような無知なる者にはどうもよく呑み込めなかった。
 とても示唆深い論点がいくつも提示されており、その点では頗る刺激的なのであるが、樫村氏が拠り所とする「大文字の他者の不在」なるものがどうにも躓きの石となってしまうのであった。

樫村氏が言うところの「大文字の他者」とは歴史的にどういった水準に位置づけられるのか?それは歴史貫通的な人間存在の本質の水準に位置づけられるべきものなのか?あるいはキリスト教的伝統(「神」=大文字の他者)やそれと結びつく「西欧近代的主体」と対をなすものであるのか?
 前者であるとすれば「大文字の他者」の「不在」や「死」を言うことがそもそもナンセンスとなろう。後者であるとすればあいも変わらず問われなければならないのは、近代的主体とは何か?近代とは如何なる事態であるのか?とりわけ非欧米諸国においてそれらは何である(あるいはあった)のか?ということであろう。そして臨床社会学的には、精神分析学が成立しえた歴史的条件を検討する必要があるのではないだろうか。
第2章で樫村氏は、脱文明化と「大文字の他者の死」を関連付けて論じているアラン・ミレールの議論を参照している。となると後者が樫村氏の立場のようにも思われるがどうなのかは良く分からない。 「大文字の他者の不在」のもたらす諸問題を論じるという構えの中にある樫村氏のラカン派臨床社会学的言説は「不在の過去=楽園」への郷愁のモ(喪)ノ語り以上のものを示しえるのだろうか?門外漢の勝手な印象論に過ぎないが、そうでなくても疎外論的な楽園追放の語りとなりかねないラカン派の議論が、樫村氏にあっては、さらなる喪失の物語としてモ(喪)ノ語られているように見えてしまうのだ。
いずれにしても「政治的なもの」や「社会的なもの」の分析において、重要なのは漠然とした「大文字の他者の欠如」、「大文字の他者の死」なるものを持ち出してきて、現在性を分析することではないだろう。それはむしろ結果=効果に他ならないのだから。
アルチュセール的な観点から言えば、「大文字の他者」とは国家イデオロギー諸装置の結果=効果としてその都度たち現れるものである。社会を分析するに当たっては、「歴史」や「社会」をラカン派臨床社会学的なモ(喪)ノ語りに還元してしまうことではなく、やはり諸装置の分析を愚直に進めることこそ重要なのではないかというのが理解力乏しき評者の差し当たっての読後感であった。

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樫村愛子氏『臨床社会学ならこうかんがえる』(青土社、2009年)を読む(6)

2-3.

 樫村氏の議論をさらに辿ろう。   

樫村氏は、「メランコリーが現在の症候としてもつ意味について」次の点を指摘している。すなわち、①メランコリーは自我理想の欠如であり、その条件は現代社会における主要な特性であること②メランコリーが女性と関連付けて論じられるように、主体としての弱さを持つ点で、「多くの「例外」的主体を生み出すグローバル資本主義社会において、やはり主要な特性であること。
 後者の点について、「ここでは精神分析における女性の場所をポストコロニアルやグローバル資本主義における「例外」的主体の場所に近いものとして思考する可能性がある」と指摘した上で、しかしバトラーをはじめとするポストモダンの論客たちが安直にロマン化してしまっているのではないかと述べる(一方で「精神分析は女性をも含めた社会的周辺者の主体化については疎い」と指摘してもいるが)。ポストモダンの論者たちは「同一化と社会化を拒否するメランコリーはいまや資本主義に対する抵抗の拠点」だとしている[160]。

「もちろん同一化と社会化についてはすでに堅固な審級があるわけではないため、彼らは主体化そのものの拒否としてより自覚的に退行する。この気分は先のエーレンベルグの指摘のように、自己コントロールを強制される時代(「主体になれ。しかしマクドナルド化として最小限に」)への反抗と呼応したものである。」[160-161]

そこから樫村氏は、バトラーをやっつける前に、その前振りとしてエーレンベルグの誤りを批判する。曰く、
「それは、エーレンベルグがアディクションに見られる強迫性を投影的読解によって欝とは逆向きのものとして考えている(病気としてのアディクションではなく、マクドナルド化的主体のモチベーションへの呼応と同じレベルで、欝に対する躁的防衛として読み込む)ことの誤りと類似のものであると考えられる。」[165]

「アディクションはこのようにアディクション者を支えるが、それはエーレンベルグが考えるようにモチベーションを要求するグローバル資本主義における強迫的代理行為(現実的な目標を失ったただの運動が代理対象を求めて自家撞着的に空回りしている)ではなく、資本主義社会がフレキシビリティを求めるがゆえに安定した自我理想およびその基礎となる母の支えを欠いた主体がそのつど自らを支える、むしろ強迫に対抗する補完的行為(安定した他者をそのつど行為の中で即自に人工的に作り出し、対象そのものは排除)なのである。」[166]  

しかし、こうした指摘は、エーレンベルグの著作が欝にかんする言説の社会史であることからすれ違うことになっている。要するに、樫村氏はここでも、「ラカン派精神分析学的観点から見ると君の解釈は違うのだよ」と述べているわけであるが、エーレンベルグのほうはむしろ精神分析学的言説が後退していったことと、欝が時代病となっていったことのつながりの方に関心を寄せているからである。エーレンベルグは言う。

「1800年において病理的個人の問題は狂気―譫妄の極を伴って姿を現す。1900年においてこの問題は、罪悪感のジレンマ、それから自らを解放しようという試みによって神経症となった人間を引き裂いたジレンマによって変質する。2000年において個人の病理は、父達の掟、外的な規則への服従や順応のシステム、から解放された個人の責任の病理である。欝とアディクションは至高の個人(主権的個人sujet souvrain)の表裏をなしている(後略)」[292]  

樫村氏自身も述べているように、欝の流行は、坑欝剤の進化や普及と密接に結びついている。エーレンベルグは、こうした欝の流行が、精神医学における、病の診断の後退ないし危機をもたらしていると指摘している。すなわち、まず鬱病と診断し、そして坑欝剤を処方するというよりも、坑欝剤が効くから欝と見做すという転倒が生じているという。

似たような指摘は、たとえば、『坑うつ薬の時代:うつ病治療の光と影』(星和書店)のなかでデーヴィッド・ヒーリーが行っている。

「「坑うつ薬」が最初に「発見」あるいは「発明」された当時、うつ病は比較的稀なものと考えられていた。(中略)実のところある意味では、薬物により治療できるうつ病という概念が、坑うつ薬という概念とともに発見されなければならなかった。」[5]  

臨床社会学者として樫村氏が行わなければならなかったのは、たんにラカン派の知見の変わることのない正しさを主張することではなく、こうした「坑うつ薬」の制覇と、アメリカを中心とする、精神分析の後退との連関を、あいまいな「マクドナルド化」、「再帰化」、「ポストモダン」、「大文字の父の死」、といった符丁でもっともらしくモノ語って済ますことでもなく、エーレンベルグのようにきちんと分析することであったのではないか。
 そうしたことを行わずに次のように言うことは、当の樫村氏がバトラーについて批判して述べたメランコリー概念のロマン化をはたしてどれだけ免れているのだろうか?

「ラカンはメランコリー者は象徴界にいるとした。メランコリーにおいては自我の錯覚的性質が暴かれ、同一性の偽の保証がひっくり返され、また分析の過程の中でメランコリー的状態が起こることが指摘されている。この意味で、メランコリーは女性がそうであるように、主体の位置としては、再帰的主体への可能性を最も強くもっている。」[170]

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樫村愛子氏『臨床社会学ならこうかんがえる』(青土社、2009年)を読む(5)

2-2.

 エーレンベルグによれば、うつやアディクションの流行は、性別や階級のような「分類」(classe)に応じてあてがわれた禁止への服従を促すことによって行動を管理する「規律的モデル」から自己責任に基づく管理のモデルへのシフト、と結びついている。これは「分類」間の葛藤を管理するような民主主義社会のありかたから自己責任的主体を前提とする民主主義社会の管理へのシフトと軌を一にしているとされる。

エーレンベルグはこうしたシフトの転機となったのが1960年代であり、このとき言葉の正確な意味での「解放」がなされたのだという。この解放をめぐっては次のような語りがなされることが多い。

「人間を、大文字の君主(Prince)の従順な臣民(sujet)ではなく、自分自身の所有者とする近代の政治的理想が、生活のあらゆる面に拡張した。自分自身にしか似ていない、至高の個人(主権的個人sujet suvraine)は、ニーチェがその到来を告げたように、これ以後、生の共通の形式となった。」[14]

 しかし、エーレンベルグは、まさしくこうしたステレオタイプの考え(生存の個人化と公的生活の衰退)こそ誤解の源であるという。それは個人主義的な幻想に過ぎない。彼が強調するところでは、共和制の共通の準拠枠が、「禁止と許されたものの分割」から「可能なものと不可能なもの」へと変わったのである。

「人(personne)は外部の秩序にしたがって行動する(すなわち法への順応)の代わりに、自分の内的なばねを支えとし、自身の精神的な能力を頼りにしなければならない。今日では、企画、モチベーション、コミュニケーションが規範である。(中略)理想的個人の尺度は、従順さよりもイニチアシブである。」[15-16]

 ここで注意すべきなのは、エーレンベルグは、「大文字の他者の死」という樫村の主張とはややニュアンスの異なることを述べている点である。エーレンベルグは、「大文字の他者」がなくなって、諸個人が「マクドナルド化」したから欝がホモ・サケルとして広まったと述べているわけではない。
すなわち「大文字の主体の不在」というモ(喪)ノ語りがなされているわけではない。個人のイニチアシブや、可能なものと不可能なものの分割が、「共通の規範」となったことの代償として欝の広がりが見られるのだとしているのである(過去の分割の元ではまた別の代償があった)。先に見た、葛藤の後退はこうした「共通の規範」の転換に関わっているのである。

1970年代以降の時代の病として欝の隣人である、アディクションがある。これについてエーレンベルグは言う。

「精神科医はこう教える。アディクションは欝と闘う手段であると。すなわちアディクションは強迫的な行動によってこの紛争(conflits葛藤)を研ぎ澄ませるのであると。(中略)  アディクションは自己が自己を完全に捕獲することの不可能性を体現している。ドラッグ使用者は、自分自身の奴隷である。というのも彼はある製品、ある行動、ある人物に依存しているからである。主体を作る能力、これはまた社会を作る能力ともなる、が問題とされているのである。彼は法との「不可能な」関係の中に身を置く。(中略)欝が見出しえない主体の物語であるとすれば、アディクションは失われた主体へのノスタルジーである。」[19]

 ところで、こうした薬物へのアディクションの位置づけは、ドラッグの個人的使用に対する「寛容化」が進んでいることを前提としている点で、すこぶる西欧的であると言える。 ここで誰もが理解できることとして、のりP事件や押尾事件の大馬鹿騒ぎを見れば分かるように、日本では、アディクションについて、到底そんなことを言えはしないということがある。 日本ではドラッグ使用は、世論によっても取り締まり当局によっても、なお凶悪犯罪のごときものと見なされているのである(その一方で、ギャンブルや買い物、インターネット等々への「(薬物なき)依存」が語られるようになっている)。フランス社会を対象としているエーレンベルグの言葉をそのまま流用して、日本においてドラッグ問題について、禁止―許容が不可能―可能に置き換わったと言うことはできないのである。
合法的なものへのアディクションと非合法なものへのアディクションの違いは執拗に厳格に線引きされているし、それを前提として管理政策が行われている。とはいえこのことは単純に日本社会には「大文字の他者」による禁止が残存しているということを意味しているわけでもない。
たとえば児童ポルノ規制はずっとゆるい。ヨッパライにもまだまだ寛容だ。また人種差別についても「寛容」だ。国際的非難を受けているので児童ポルノなどは今後どうなるかは分からないが。

いずれにしても興味深いのは、アディクション問題を扱っていながら、樫村氏が日本におけるドラッグ問題とフランスにおけるそれを単純に一緒くたにして論じることはできないということにとんと無頓着な点である。そうしたことはラカン派的精神分析学的臨床社会学的にはどうでもよいことなのであろうか?はたまた「大文字の他者の死」ゆえに日本ではドラッグ取締りがあいも変わらず厳格でますます強化されているのだろうか?
 ここではドラッグ問題にこれ以上踏み込むことはしないが、ドラッグ問題の歴史や日本の現状に関わる次元は樫村の議論においては捨象されている。いわばそれを捨象することによって「大文字の他者の不在」後の世界が語られているのである。  

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