宇波彰現代哲学研究所

多種多様な「知」の交流を通じ文化創造との実践的な橋渡しをめざし、新たな学問分野の開拓を行う研究機関のブログです。

田母神論文の裏側 後編

中西輝政は日本の戦後史学がいわゆる「自虐史観」に支配されてきたとし、「田母神さんのような方が正しい歴史認識を示されたのは、むしろ大変喜ぶべきこと」だと評価している。田母神論文が「正しい歴史認識」だという判断はどこから出てくるのか。東大名誉教授や京大教授が、この論文を肯定し、高い評価を与えていることに注意しなくてはならない。そして11月8日付産経新聞の「週刊誌ウォッチング」で、雑誌「WILL」の編集長である花田紀凱は、この中西輝政の意見について「まさにその通りだ」と賛成している。「右翼・保守知識層」の見解はこのように反復され、増幅されて流通する。 田母神論文は、アパグループという企業が企画した懸賞論文の「最優秀作」である。(アパグループは全国にホテルを経営している企業で、幕張の西部プリンスホテルも買収したことでも知られている。私も札幌のアパホテルに何回も泊まったことがある。安く泊まれるホテルである。)ということは、そういう評価をした審査委員会が存在することになる。自民党の中山という国会議員、花岡信昭(雑誌「正論」で名前を見かけるひとである)ともうひとり(未詳)が審査委員で、委員長は渡部昇一である。「週刊新潮」記事によると中山代議士は多忙なので秘書にまかせたという。この記事を読む限りでは、結局のところ渡部昇一がひとりで決めたような印象がある。渡部昇一が「右翼・保守知識層」の「重鎮」であることは誰もが認めるところであろう。彼は産経新聞主催の「正論講演会」にもしばしば講師として登場している。この論文の審査は、筆者の名前を明らかにしないで、論文そのものを読むというプロセスで選ばれたというが、いわゆる「出来レース」の感じを否めない。賞金300万円というのは、18枚の論文に与えられる金額としては多すぎる。 私がここまで書いてきたことは、単なる前提にすぎない。日本の「右翼・保守知識層」は自衛隊の幹部の思想をも動かしているのだが、そんなことは「左翼・進歩知識層」にとっても周知のことであろう。問題はそういう構造的な言説システムに利用される「知識人」がいることである。 私はさしあたってそのなかのひとりである鹿島茂(明治大学教授)のことを言いたいのである。鹿島茂はバルザックを中心とする19世紀フランス文学の研究者として著名な方であり、またユーモアに富んだ文章で多くの読者を持つひとである。数年前に、刊行した著作が100冊に達したので、それを記念するパーティを開き、私の知人も何人かその会に出席したと聞いている。私自身も少なくとも10冊は彼の本を買って読んでいる。 ところが、2002年に文藝春秋から刊行された鹿島茂の『成功する読書日記』を読んで私は、彼がそのなかで渡部昇一を「読書論の先達」として高く評価しているのを知り、これはダメだと思った。渡部昇一のベストセラー『知的生活の方法』を読めば、彼がいかに「知的」から遠いひとであるかはわかるはずである。  ところが鹿島茂は「諸君!」2008年7月号で、その渡部昇一と平川祐弘(東大名誉教授、『神曲』の翻訳もある)との三人で、「中学教師に薦める必携・現代教養の100冊」という座談会を行なっている。渡辺昇一は、その百冊のなかに『愛国百人一首』(戦争中に選ばれた「国家主義的な」100首の短歌)や大木惇夫の『海原にありて歌へる』(軍国主義的な詩)を入れている。渡部昇一はこの詩集に収められている大木敦夫の作品「戦友別盃の歌」を「大東亜戦争の時代の証言」であると評価する。  また、かつて平川祐弘に教えを受けたあるひとからの私宛の私信によれば、彼は「極右国粋主義者」だそうである。問題は若いひとたちに人気のある鹿島茂が、渡部昇一、平川祐弘のような「右翼・保守知識層」の偉いひとたちと肩を並べ、彼らに「協力」する結果になっていることである。鹿島茂のような研究者が、いつのまにか「右翼・保守知識層」のなかに取り込まれる状況を無視すべきではない。それは、鹿島茂に限らず、彼の世代のひとたちが、言説の世界の危機的な状況をよく把握していないからである。渡部昇一や平川祐弘がどういう思想の持ち主であるかを知っていれば、彼らとの座談会に出席して、『愛国百人一首』を中学の先生に読ませようとする意見に反対もできないということにはならないはずである。

(2008年11月20日)

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田母神論文の裏側 前編

自衛隊航空幕僚長の職にあった田母神俊雄が、先の戦争について日本に責任があるとするのは「ぬれ衣」だという論文を公表し、そのために更迭されることになった。ところが、田母神俊雄の意見はもっともだというひとが少なくない。歴代の航空幕僚長の出身学校をインターネットで調べてみると、初代は「東京帝国大学」であるが、しばらくのあいだは「陸士・海兵」の出身者たちであり、源田実の名もある(「陸士」というのは「陸軍士官学校」、「海兵」は「海軍兵学校」の略称で、それぞれ旧日本軍の陸軍・海軍の幹部を養成する組織であった)。つまり、航空幕僚長は、ある時期までは旧日本軍の幹部の「生き残り」たちが占めていた役職であり、そのあとは防衛大学校出身のエリートたちのポストになっている。 つまりそこには旧日本軍の伝統が何らかのかたちで残っているとみるべきであり、さらに防衛大学校野幕僚学校ではどのような「思想教育」が行われているのかという問題ともつながっている。つまり田母神俊雄の論文は、けっして孤立した状況のなかで書かれたものではなく、その周辺には彼を支える「空気」が存在している。 次に、この論文に対するマスコミなどの反応にも注意しておく必要がある。産経新聞「正論」には、田母神論文についていくつかの賛成意見が現れた。そのなかで私が注目したもののひとつは、11月6日に掲載された小堀桂一郎の「空幕長更迭事件と政府の姿勢」である。小堀桂一郎は東京大学名誉教授で、森鴎外の孫にあたる。以前に鴎外についての彼の文章を読んだことがあるが、ほかの人が使えないような資料を使って論じたものであった。 小堀桂一郎は「旧かな」で書かれたこの「正論」において田母神論文を次のように評価している。「<日本は侵略戦争をした>との所謂東京裁判史観に対する反論・反証の諸家の研究成果をよく取り入れ、是亦短いながら日本侵略国家説に真向からの反撃を呈する見事な一篇となってゐる」。つまり、田母神論文は小堀桂一郎によって激賞されているのである。 11月1日付の東京新聞の記事によると、田母神論文について笠原十九司(都留文科大学教授)は「小学校・中学校から勉強し直した方がいいのでは」とコメントしている。おそらくこの笠原十九司に対する反論のひとつと思われるが、11月7日の産経新聞「正論」で櫻田淳(東洋学園大学准教授)は次のように書いている。「田母神論稿を批判する<進歩・左翼>知識層の所見には<小学校から歴史を勉強し直せ>というものがあったけれど、この所見それ自体は、自説と認識を異にする意見への偏狭さの趣を漂わせるものであった」。つまり東京新聞で示された笠原十九司の見解は「進歩・左翼知識層」の偏狭の表われだとされている。しかし、「進歩・左翼知識層」なるものは、はたして存在しているのだろうか?それにひきかえ、産経新聞を中心とする「右翼・保守知識層」はまことに「層」が厚いようにみえる。私が昨2007年に『記号的理性批判』(御茶の水書房)においても批判した中西輝政(京都大学教授)もあいかわらず健在で、「週刊新潮」(11月13日号)で田母神論文を持ち上げている。 中西輝政は日本の戦後史学がいわゆる「自虐史観」に支配されてきたとし、「田母神さんのような方が正しい歴史認識を示されたのは、むしろ大変喜ぶべきこと」だと評価している。田母神論文が「正しい歴史認識」だという判断はどこから出てくるのか。東大名誉教授や京大教授が、この論文を肯定し、高い評価を与えていることに注意しなくてはならない。そして11月8日付産経新聞の「週刊誌ウォッチング」で、雑誌「WILL」の編集長である花田紀凱は、この中西輝政の意見について「まさにその通りだ」と賛成している。「右翼・保守知識層」の見解はこのように反復され、増幅されて流通する。

(つづく)

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月例読書会のお知らせ

いつも当研究所のブログをご覧頂きありがとうございます。

きたる11月26日(水)、明治学院大学白金キャンパス1555教室において、
明治学院大学言語文化研究所様が主催されます、
首席フェロー宇波彰による月例読書会「記号哲学講義」が行われます。

参考URL:
http://www.meijigakuin.ac.jp/~gengo/bookclub/index.html

今回のテーマは「デリダによるラカン解読」を予定しております。

参加費は無料です。
関心のある方はぜひご参加ください。

参加を希望される方は当日教室まで直接お越しください。
お問い合わせは上記URL、明治学院大学言語文化研究所様か、
ブログ管理担当の稲見uicp@marinenet.jpまでご連絡いただきますようお願いいたします。


ブログ管理担当@稲見

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