宇波彰現代哲学研究所

多種多様な「知」の交流を通じ文化創造との実践的な橋渡しをめざし、新たな学問分野の開拓を行う研究機関のブログです。

「源氏物語」の政治性

「すべての小説は政治的である」とかつてスタンダールが言ったという。それは逆の立場から見れば、すべての小説は「政治的に」読むことができるということである。そうであるとすれば、現代の若い作家たちの作品に政治性がないといって批判するのは、そこに政治性を見出す眼が不足しているからではないだろうか。
「源氏物語」はきわめて政治的な小説である。しかし私がここで「源氏物語の政治性」というのは、「源氏物語」に描かれている平安時代の政治状況についてのことではない。いわゆる「源氏物語千年紀記念行事」の政治性の問題である。
雑誌「ユリイカ」の2008年12月号は「母と娘の物語」を特集しているが、その特集とは別に、連載もののひとつとして、竹西寛子の「古典の目」というエッセーが載っている。竹西寛子は日本の古典文学に通じている方であり、私も何冊か彼女の著作を持っている。彼女の文章には一種の「落ち着き」のようなものがある。このエッセーを読むと、彼女の文章が国語の教科書や予備校などの受験勉強用のテクストに採られているというが、それは充分にありうることであろうと思える。ただし、彼女の文章がどうして教科書に採用されているのかは、別の問題として考えなくてはならないだろう。
しかし.「ユリイカ」に掲載されたこのエッセーで語られていること、竹西寛子がいかなる批判の意識も抵抗の意志もなしに認めてしまっていることの中には、私にとっていわゆる「違和感」のあるものがある。このエッセーによると、2008年10月から11月にかけて、東京と京都で「源氏物語千年紀記念式典」が行なわれたという。その「呼びかけ人」は、千玄室、秋山虔、梅原猛、瀬戸内寂聴、ドナルド・キーン、芳賀徹、村井康彦、冷泉貴美子の諸氏である。いずれも何らかの意味で「源氏物語」にかかわっているひとたちであると思われる。また「千年紀委員会」がつくられ、会長は村井純一(京都文化交流コンベンションビューロー理事長)、副会長は山田啓二(京都府知事)、門川大作(京都市長)、久保田勇(宇治市長)、立石義雄(京都商工会議所会頭)である。この方々は、行政に関係するひとたちであり、直接に「源氏物語」とつながるがあるのではない。こうしたメンバーの顔ぶれを見て、立派な催しだと思う人たちと、これはおかしいと考える人たちとに分断されるはずである。もちろん私は後者である。「源氏物語」が京都の府知事や市長たちによって、さらには「国家」によって「政治的に」利用される構図が明白に読み取れるからである。
竹西寛子は、こうした催しが「個人的な愛好家の催し」ではなく、「大きな計画的組織」であることを高く評価する。私は「大きな計画的組織」であることに疑念を抱く。ここがすでに竹西寛子と私との違いになる。11月に京都で行なわれた記念式典で、竹西寛子は基調講演をするが、彼女のほかに平川祐弘、ロイヤル・タイラーの二氏も講演したという。不勉強でロイヤル・タイラーがどういう方が存じ上げないが、平川祐弘は前回のこのブログで紹介したように東大名誉教授、「国家基本問題研究所」の理事であり、渡部昇一、鹿島茂と「諸君!」2008年7月号で中学校の教師の必読図書100冊を選定していた方である。
京都での「式典」は11月初旬の4日間にわたって行なわれたが、そのうちの一日には文部科学大臣の挨拶があり、さらに天皇皇后両陛下もご出席された。「源氏物語千年紀記念」の行事が「国家的」なレベルで行われたことがわかる。竹西寛子には皇后陛下と話す時間が与えられたが、そのことについて「皇后陛下のご聡明とお心遣いのほどに、皇室をいただく国家の誇りを新たにした」と感想を述べている。この感想は、竹西寛子の意識が文学としての「源氏物語」の領域からすでにはるか遠い場所にあることを示している。「源氏物語」を読む者が、いつのまにか「皇室をいただく国家の誇り」に言及する今日のわが国の文化状況をよく認識しておくべきである。
 「源氏物語」に非常に詳しいある或る若い友人に、この竹西寛子の文章のコピーを、私のコメントを付けずに送ったところ、彼は私以上に憤慨し、「源氏物語千年紀は完全に天皇制賛美のイベントとなった」と手紙に書いてきた。私信であるから部分的にしか引用しないが、おそらく繰り返して「源氏物語」を読んできたと思われるその友人は、「源氏物語」を読むならば「天皇の血を引かない者を人間扱いしない馬鹿々々しさ、京都以外の地を人外魔境のようにみなす偏狭さ」が見えてくるはずだとも書いている。「源氏物語千年紀」の問題は、日本以外の国を軽視する田母神俊雄論文の問題と不可分である。


(2008年12月26日)

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月例読書会のお知らせ

いつも当研究所のブログをご覧頂きありがとうございます。

きたる12月17日(水)の14時45分より明治学院大学白金キャンパス1555教室において、
明治学院大学言語文化研究所様が主催されます、
首席フェロー宇波彰による月例読書会「記号哲学講義」が行われます。

参考URL:
http://www.meijigakuin.ac.jp/~gengo/bookclub/index.html

今回のテーマは「ラカンの対象論」を予定しております。

参加費は無料です。
関心のある方はぜひご参加ください。

参加を希望される方は当日教室まで直接お越しください。
お問い合わせは上記URL、明治学院大学言語文化研究所様か、
ブログ管理担当の稲見uicp@marinenet.jpまでご連絡いただきますようお願いいたします。


ブログ管理担当@稲見

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