宇波彰現代哲学研究所

多種多様な「知」の交流を通じ文化創造との実践的な橋渡しをめざし、新たな学問分野の開拓を行う研究機関のブログです。

鉛とちょうちょう:八木重吉と自由民権運動

 
「小さな詩人について語ろう。とてもちっぽけだが、清らかな詩人について。」そう呟き、違うと思った。最初、私は八木重吉と町田市民文学館で開かれているこの詩人に関係するオブジェの展覧会について書くつもりだった。しかし、八木重吉は私にとってあまりにも繊細で、弱過ぎる。出展されていた手紙や日記の文字も、彼の詩と同様に丸く、細かく、脆い。高等師範時代の課題として描かれた写実画も微細ではあるが、脆弱だ。可愛らしいリボンで留められた手作り詩集。重吉ファンにとってはとても魅力的なものであろう。だが、私の目には妙に女々しく陰鬱なものに写った。私は半ば失望して展覧会場を出た。
町田国際版画美術館が近くにある。イギリスの美術家デイヴィッド・ホックニーの版画展がやっているはずだ。そこに行こうかと思ったとき、文学館の棚に置かれた町田市立自由民権資料館のフライヤーが目に入る。「自由民権資料館開館30周年記念特別展:武相民権家列伝」という文字が読めた。この資料館については以前から知っていたが、町田駅から30分ほどバスに乗らなければ到着できない場所にある。こういう機会でなければ行くことはないだろう。私はホックニー展ではなく、特別展に向かった。
まったくの偶然が二つの事象を結びつけた。常識的に考えれば結びつくことがない八木重吉と自由民権運動。この二つの事象の連続性。それを見出した私は、このテクストを書き始めた。

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