宇波彰現代哲学研究所

多種多様な「知」の交流を通じ文化創造との実践的な橋渡しをめざし、新たな学問分野の開拓を行う研究機関のブログです。

藤島武二と戦争画

 日本の近代絵画史を考える上で、西洋画の黎明期に大きな足跡を残した画家の一人として、藤島武二の名前を挙げることに多くの美術専門家は賛成するであろう。彼が日本におけるロマン主義的絵画の確立に多大な貢献をしたことは否まれない事実であるからだ。たとえば、高階秀爾は8月9日の毎日新聞夕刊に掲載された練馬区立美術館で7月23日から9月18日まで開催されている「藤島武二の生誕150周年記念展」に関する記事の中で、「藤島武二 (1867~1943年) は、日本近代洋画の歴史における重要な存在としてよく知られている。そのことは、彼が残した名品の数々や、多くの洋画家たちを育て上げた指導者としての役割を思い出してみれば、十分に納得ゆくものであろう」と、さらには藤島の作品について、「(…)藤島芸術の特質を「洋画」のみならず、深く伝統的なものともつながる近代日本の美的感性、ないしは「美意識」の歴史のなかに位置付ける視点が必要」であると語り、藤島の絵画のオリジナリティーを高く評価している。だが、私は「ロジェストヴェンスキーを見舞う東郷元帥」、「蒙古の日の出」、「蘇州河激戦の跡」、「窓より黄浦江を望む図」という彼の四枚の油絵を見るためだけにこの美術展に足を運んだ。何故この四枚だけなのか。その理由は簡単である。今挙げた高階の言葉からも判るように、多くの美術評論家が藤島の作品を非常に高く評価しているが、私は彼の絵をまったくよいとは思っていないからだ。ロマン主義的な豊饒な感覚を持ったと形容される藤島の前期の人物画を見ても、古ぼけた過去の黴臭い臭いが感じられるだけである。また後期の風景画の中にしばしば描かれる日本を象徴するオブジェに対しては、顔を顰めたくなる国家主義的イデオロギーが充満しているとしか感じられない。一言で言うならば、私は藤島の絵が嫌いなのである。そうであるにも係わらず今挙げた四枚の絵には、日本の戦争画の持つプロパガンダ性、ナショナリズム、ロマン主義的病魔といった私が真剣に向き合わなければならないと考えている問題に対して大きな示唆を与えてくれるに違いないキータームが隠されている。そう思った私は展覧会に向かったのである。
 前述したように、このテクストにおける私の関心は藤島武二という画家自身にも、甘美と称されている彼の人物画にも、力強さが全面に表れていると評価されている風景画にも向けられてはいない。私の問題意識は日本の戦争画にある。しかし、戦争画をどう定義づけるかという問に答えることは簡単であるように思われがちだが、実は極めて難解な事柄である。それゆえ以下の考察においては、最初に「戦争画とは何か」という問題に対する検討を行う。次に、藤島武二の作品における彼の描いた戦争画の位置について考えていく。さらに、藤島の戦争画の象徴性と画家の戦争協力に係わる問題に対する考察を行っていき、最後にこれらの考察を総合していく。このようにここでは藤島武二の作品と絵画制作姿勢というものを分析装置としながら、戦争と絵画、国家プロパガンダと画家の立場という問題に関する探究を行っていこうと思う。 

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