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宇波彰現代哲学研究所

多種多様な「知」の交流を通じ文化創造との実践的な橋渡しをめざし、新たな学問分野の開拓を行う研究機関のブログです。

歴史展開における変化と連続:『私の1968年』について

 『私の1968年』のエピグラフに書かれたラテン語の格言「verba volant, scripta manent (語られた言葉は消え去るが、記された言葉は残る)」を読んだとき、私は不思議な印象を抱いた。急激に移り変わる時間の流れの中で、自らが語った言葉は忘れ去られ、消えていく。ある人がある時、何かを思い、誰かに向かって誰かのために語った言葉をいつまでも語り継ぐことの困難さ。だから人は自らの言葉をはっきりと残すために白い紙の上に文字を綴っていくのだろう。しかし、そこには悲しい風景が印されている。そんな印象を持ったのだ。
 鈴木道彦が書いたこの本を読んだとき、私はもう一つ別の印象も抱いた。1968年。私は小学生になったばかりだった。この年とその前年の出来事の中で、鈴木の本に書かれている第三回アジア・アフリカ作家会議、羽田闘争、イントレピッド4人の会、パリ五月革命に対する明瞭な記憶はない。ただ白黒テレビの画面に映し出された金嬉老の顔だけは、何故かは判らないが、鮮明に記憶に残っている。多分、テレビの過去の事件特集で何度かその顔を見たためであろう。1967年と1968年に起きた出来事で、小学生の私にとって衝撃的だったものは、ケネディ暗殺とメキシコオリンピックと三億円事件。そして、「仮面の忍者赤影」のテレビ放映だった。少年期のセピア色の思い出が静かに流れて行った。
1968年とそれに前後する抵抗の季節。その時そこに確かにいたと感じる多くの人々がまだ沢山生きている。生の、直の体験を持つ彼らこそがこの本について語ることができ、その季節とは無縁だった私には1968年について論じる資格はまったくない。そんな批判の声が何処からか聞こえてくる。確かにそうだろうと思う。しかし語るという行為は、過去の実際に経験したことを語るという行為と一致する訳ではない。体験しなかったゆえに敢えて述べ得ることもある。そう思い直した私は、この書評を書くことに決めた。
 だが、異なるいくつもの事件が、1968年というキーワードによって一つにまとめられているテクストを、どのように考察していけばよいだろうか。何かの導き糸が必要である。私は導き糸として「暴力」、「非ヨーロッパ性」、「マルチチュード」という三つの問題を選んだ。何故なら、この三つのものは『私の1968年』の中で大きな役割を担っている出来事と深く関係するからである。「暴力」という言葉はこの本において多用されているが、「非ヨーロッパ性」という語も、「マルチチュード」という語も登場していないではないかという反論があるかもしれない。しかし、この本の中で何度も語られている「植民地主義」という語は植民地化された国やその国の人々の「非ヨーロッパ性」という問題が前提とされている (例えば、エドワード・サイードが語った「オリエンタリズム」という語を思い浮かべてみればよいだろう)。また、度々この本に書かれている「第三世界」という語は、その世界で展開された、展開されている社会運動の流れによって「マルチチュード」と連続している。すなわち、鈴木の1960代的な用語をここではより現代的な用語に変えて、分析装置として導入しようと思うのである。もちろん鈴木はこの三つの側面以外にも今も変わらずに蔓延しているジャーナリズム界における自己批判の欠如と自己保身の問題や、羽田事件を始めとする日本における学生運動を巡る問題などに関しても興味深い論述を行っている。だがこれらの問題を的確に分析する能力を私は持ち合わせていない。それゆえ、ここでは前記した側面からの考察を行おうと思うのである。前置きはこのくらいにして、三つの分析装置に基づく検討を開始しよう。 

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