宇波彰現代哲学研究所

多種多様な「知」の交流を通じ文化創造との実践的な橋渡しをめざし、新たな学問分野の開拓を行う研究機関のブログです。

ラカンの反復論(2)

 前回にこのブログにドイツの旧約学者エルンスト・ゼリンについて書いたところ、何人かの方から反応があった。それは、フロイトの『モーセと一神教』を読んだことはあるが、ゼリンのことは見逃していたというものである。確かにゼリンはすでに忘れられているように見える。しかし、ゼリンとフロイトの関係、それを改めて考察しようとしたラカンのことを考えるとき、ゼリンの問題を無視してフロイト、ラカンについて語ることはできないはずである。ピーター・ゲイのフロイト伝の第二巻にも少しではあるがゼリンのことが書かれてあるのに、以前に読んだときには少しも気づかなかった。
 フロイトが言及しているゼリンの著作『モーセとユダヤ宗教史におけるその意義』(1922)は入手困難なテクストである。もちろん邦訳はない。若い友人にwebcatというものについて教えられたので(webcatとは、全国の大学図書館の蔵書を検索するシステムのことである)、ゼリンのこの本がどこにあるかと検索してみると、東京神学大学に一冊あるだけであった。しかし私はほかにもあるかもしれないと思い、いろいろ探して、青山学院大学の図書館にあることを知り、伝手を頼って見せてもらった。いわゆる「稀覯本」である。しかしそれは普通の書物ではなく、写真によるコピーを製本したものであった。片面のコピーでるから、かなり分厚い。しかも不鮮明なところなどは、もとの所蔵者がペンで書き足している貴重なテクストである。おそらく、ドイツもしくはオーストリアで撮影したときに、はっきり見えなかったところを補ったに違いない。この著作は、ある方の寄贈本であるらしいが、不鮮明なところを補っておこうとしたもとの所有者の強い意志のようなものを感じた。このゼリンについては、前回のこのブログにアップしてある「ラカンの反復論1」をお読みいただきたい。

 さて、「反復」の問題を考えるための具体例として、私は岡田三郎助の「民族協和」(1936)という作品について考えた。山室信一の『キメラ 満州国の肖像』(中公新書、1993)の11ページにこの作品の小さな写真が載っている。そして「民族協和の建国理念を示す絵画(国務院総務庁玄関に掲げられていた)」という説明が添えられている。(後に言及する千葉慶によると、この作品が掲げられていたのは「玄関」ではなく、ホールであるが。)この作品には五人の女性が中心に描かれているが、彼女たちは漢民族・満州族・モンゴル人民族・朝鮮民族・日本人を示すものであり、岡田三郎助が当時の日本政府の方針に従って、この「五族協和」という「満州国建国の理念」を映像化して作品に描いたものである。この作品について私の話を聴いた参加者のひとり(映画作家)から、その後になって、五人の女性の姿は「はないちもんめ」を遊ぶこどもたちの姿勢に似ているという指摘があった。確かに彼女たちの「身体技法」(フランスの社会学者マルセル・モースの概念)は、日本の子どもたちの「仲よし」を示すものの反映である。しかもそのあと、そこには「人身売買」のコノテーションが含まれていると何人の方から指摘があった。
 ところが、私の話を聞いていた参加者のうちの別の方が、7月の講義のあと、「満州帝国建国十年記念切手」を持ってきてくれたのであるが、それがなんと、岡田三郎助の「民族協和」で描かれている5人の女性の姿をそのままデザイン化したものであった。そこには、まさに「反復」の問題がある。これは9月の講義でもう少し考えたいテーマである。
 私は以前に安田靱彦「山本五十六元帥像」が、日露戦争のときの三笠艦上にいる姿を描いた「東郷平八郎元帥像」の反映・反復ではないかと述べたことがあったが、岡田三郎助の「民族協和」は、満州国(中国では「偽満州国」という)の「建国理念」の反映・反復であり、しかも「はないちもんめ」というきわめて日本的な身体技法の反復でもあることがわかってきた。さらにそれが「満州帝国」の切手のデザインとして反復されているのである。
 岡田三郎助は佐賀県出身で近代日本の代表的な洋画家のひとりである。彼もまた、国家権力の側に吸い込まれて「満州国」に積極的に協力していたのである。芸術家と国家権力との関係という問題は、日本の美術史家・美術評論家が正面から考えるべきテーマであるが、どういうわけか十分な検討がなされていない。わずかに司修『戦争と美術』(岩波新書、1992)、田中日佐夫『日本の戦争画』(ペリカン社、1985)が目に付くのみである。
 その田中日佐夫氏も2009年3月に亡くなった。田中氏とは数十年前に或る研究会でしばしば同席し、何回も彼のユニークな発表を聞いたことがあり、また私の発表にも的確な批判・コメントをいただいたことがある。彼がサントリー学芸賞を受賞したときは、その授賞式にも参加した。『日本の戦争画』は大変な労作である。
 田中日佐夫の仕事を誰か継ぐ人はいないかと思っていたところ、かつての教え子のひとりから、千葉慶『不安と幻想 官展における〈満州〉の表象』(千葉大学人文社会科学研究プロジェクト報告書、第175集、2008)という論文があることを教えられた。メールに添付されて送信されてきたので、それをプリントアウトするのは大変だったが(というのは私のプリンターは8年前のもので時々動かなくなるため、叩かないとダメなのである)、何とか印刷して読んでみると、大変な力作である。この方はまだ若いらしいが、ぜひがんばってほしいと思う。
 7月に、恵比寿にある東京都写真美術館で「プレスカメラマンストーリー」という展示が行われた。そこに影山光洋という朝日新聞の専属カメラマンが、戦場で撮影した多くの写真が展示されていた。その中で私の興味を引いたのは、シンガポールでイギリス軍の指令官に降伏を迫っている山下将軍の写真である。これは宮本三郎の有名な作品「山下奉文・パーシファル両司令官会見図」(1942)の「第一のテクスト」にほかならない。影山の写真が、宮本三郎によって見事に反復されているのである。影山光洋の写真と、宮本三郎の絵画は人物の配置が微妙に異なっている。それを分析し、検討する作業が必要である。
 実をいうと、この岡田三郎助の作品のことは、ラカンの反復論について考える途中で材料として使ったものである。6月24日の講義では「夢はすでにひとつの解釈である」というラカンの見解をこまかく検討し、それについて向井雅明さんがきわめて興味ある論点を補って下さったので、「民族協和」という作品の解読はさらに深まる可能性を得た。ラカン(およびフロイト)による夢の解釈の問題については、別のところで詳しく論じたい。

 (付記。以上は去る6月24日に明治学院大学で行なった講義の内容の一部に、あとから補ったものである。本稿は7月に書かれたが、ブログの「管理人」のパソコンの故障などで、アップが遅れたことをお詫びしたい。次回の講義は9月30日の予定である。また11月14日には、明治学院大学において、コロック「ジャック・ラカンの思想と実践」を開催する計画が進行中である。2009年8月27日)

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