宇波彰現代哲学研究所

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現代建築と江戸城天守閣~権力の象徴をかたちにする設計者の意識~(1)

大きな建築物は、多くのばあい権力・財力を持っている者たちと何らかのつながりがある。そのことを豊富な例を挙げて実証してみせたのが、デイアン・スジックの『巨大建築という欲望』(紀伊国屋書店、2007)である。この現代建築批判論の書評を、私は紀伊国屋書店から刊行されている雑誌「SCRIPTA」の最近号に書いた。しかしこの本は主として欧米の建築についての批判である。わが国にも建築批評というものがないわけではない。しかしその多くは、建築物のかたちの美しさ、機能の優秀性を称賛するばかりで、それらの建築を背後から支えているイデオロギーの領域に踏み込むことがない。そのなかで私が注目し続けてきたのは、飯島洋一と中川理である。彼らの仕事は建築を成立させる「時代精神」の批判に及んでいるからである。
かつて私の同僚であり、それ以上に私の師であった中山公男は、「今日の美術批評がダメなのは、批評の対象とすべき美術作品がダメだからです」といっていた。これは建築についても妥当する。しかし、それと同時に、ダメな建築についてはきちんと批評する必要がある。以下に公開するのは、「建築ジャーナル」(1993年10月号)に掲載された東京江戸博物館批判の拙稿である。哲学がどのように「哲学の外へ」向かって出ていこうとしたのか示そうとしたものである。(2007年12月1日記)


―・―・―・―・― 以下本文 ―・―・―・―・―


ひとつの建築は、そこにどのようにして入っていくかということがきわめて重要な要素になる。安藤忠雄が、熊本装飾古墳館をつくるときに、駐車場から古墳館までかなりの距離を設定したのは、その建築物を、そのあたりの、古墳群のなかでのひとつの要素にしようとする考え方に基づいているといわれる。この江戸東京博物館の場合は、狭い東京のなかであるから、熊本装飾古墳館のようにはいかないが、それでも、この建築へのアプローチは国技館を意識しているように思われる。つまり、この博物館は、国技館という江戸的・伝統的なものを伝える場所に隣接した位置に置かれているからである。
 
つくられた「江戸的なるもの」

「江戸東京400年の歴史を一望に集めて」(「都政研究」1993年3月号)によると、この博物館の建設については、すでに昭和30年代から用地の熱心な誘致計画があったが、両国に決定したのは、次のような理由からであるという。「(1)旧江東市場跡地(都有地)を中心にして、隣接した旧国鉄用地を買収し、約3ヘクタールの面積を確保できること。(2)交通が便利であるとともに、この地域は回向院、吉良邸宅跡、北斎生誕地などがあり、江戸東京の歴史にゆかりが深いこと、つまり、「江戸・東京的」な地域であることが、用地決定の大きな要素になっていたのである。
「日経アーキテクチュア」(1993年4月26日号)で紹介された三島叡による空中写真をよく見ると、たしかに隅田川・国技館・江戸東京博物館と並ぶと、そこに江戸的なものが浮き上がって見えてくるようにも思われてくる。しかし、それはあくまでも「空中写真」による印象である。われわれは両国というとただちに国技館、隅田川、花火等と連想する。そしてそれらが「江戸文化のシンボル」だと考える。
しかし、同時にわれわれは、両国もまた時とともに変化しつつあることに注意しなくてはならない。国技館では、相撲だけをやっているわけではない。時にはそれはプロレスの舞台にもなる。試合の終わったあとの両国駅のあたりは、興奮のさめやらない若いファンたちの熱気と声で満たされる。また両国駅を挟んで、国技館と反対側にある回向院の近くには、新しくつくられたシアターカイがある。そこで私はヴィトケーヴィッチや、ヤン・ファーブルの演劇を観たことがある。プロレスやシアターカイがつくる雰囲気はもはや「江戸的・伝統的」なものではない。国技館に隣接して江戸東京博物館をつくっても、その領域そのものは、博物館の存在とは関係なしに変化していくであろう。それは、都市のなかの建築がつねに意識しなくてはならない問題である。設計者は、東京のこのような変化を十分視野に入れてこの建築を設計したといっている。そうすると、問題はこの博物館の「かたち」ということになるが、菊竹清訓は、「江戸東京博物館の<かたち>」(「波」1993年7月号)において、この博物館のかたちが、外国や日本の伝統的な建築から借りてきたものではないことを強調している。この文章には不明瞭なものがあってわかりにくいが、広いピロティをつくる必要があったこと、自然採光をしようとしたために斜面の屋根をつくったこと、江戸城の天守閣と同じ高さにしたこと、この三つの要因が「かたち」を決めたのだと書いている。このなかで、三番目に挙げている要因がもっとも重要であり、決定的な意味を持っていると考えられる。というのは、この博物館を見て最初に感じたのは、なぜこのような大きな建物が必要なのかということであったからである。そしてこの問いのなかに、江戸東京博物館のもっとも重要な問題点がふくまれているのだ。すでに言及した三島叡による空中写真は、江戸東京博物館・国技館・隅田川、さらに筑波山も一望に収めたもので、それぞれの位置関係がよくわかる。そしてこの博物館の大きさをはっきりと示している。

権力の象徴としての62メートル

この博物館の総工費は590億円であるといわれている。そして、建築物の高さは、江戸城の天守閣の高さと同じ62メートルであるという。「江戸城を築いた当時は、関東一円を眺められるように高さを定めたのだろうと考えた菊竹氏は現代の東京のシンボルとして、その天守閣と同じ高さにすることに決めたのである」(真部保良「日経アーキテクチュア」1993年9月26日号)。また菊竹清訓自身も、「江戸東京博物館の<かたち>」(「波」1993年7月号)で、次のように書いている。「展示室の天井が異常に高いのは、江戸城の天守閣を復元・展示するためである。16世紀から17世紀にかけてのわずか50年の間に木造の超高層建築が日本全国の城下町に次々とつくられていったり、偉大な都市づくりの時代を江戸の天守閣は象徴するものである」。
この博物館には、日本橋のコピーがあって、それを渡って行かないと内部に入れない構造になっている。菊竹清訓は、『日本橋を渡ってその向こうに江戸城天守閣があるという構図」を考えていたという。枝川公一は「東京はいつまで東京でありつづけるか』(講談社刊・
1993年)のなかで、「入館者はこれを渡って、江戸の時間に誘い込まれる仕掛けである」と書いている。問題は、入館者が誘い込まれるという「江戸の時間」が、どのような性質の時間かということである。
この博物館の高さを江戸城天守閣と同じにしたということと、日本橋のまがいものを渡って江戸城に入ることというこの二つの象徴的な行為によって、われわれはこの博物館と江戸城天守閣とが、一種の鏡像的関係にあることを知らされる。これは、江戸東京博物館と江戸城天守閣とを同一化し、博物館によって江戸城を再生産しようとするものである。ここに博物館の基本的な姿勢がある。

博物館というイデオロギー装置

清澄通りのバス停を降りてこの博物館に行こうとするときは、階段を上がらなくてはならない。上がったところはすでに三階であり、そこに入場券売り場がある。この三階の部分は、広大な広場になっているが、そこにある赤いエスカレーターにのって六階の入口に向かうことになる。この三階の部分が空虚になっていて、これは不要な空間であると感じられる。圧縮すれば、もっと小さくて低い構造にすることも可能であったと思われるのであり、62メートルという高さを設定するために、無理に空間をつくったのではないかと勘ぐりたくなる。巨大な建築ではあるが、密度に欠けているのである。
江戸東京博物館がこのように巨大なものであるのは、すでに述べたように、それが江戸城天守閣の再生産を求めたからである。「再生産」という耳慣れない用語を使ったが、それは「複製」と同じことであり、「コピー」といってもいいであろう。たまたま私は、ルイ・アルチュセールの仕事を再検討する機会があったが、アルチュセールのいうイデオロギーという概念に重要な意味が含まれているのを知った。アルチュセールが1969年に発表した「イデオロギーと国家のイデオロギー装置」という論文があるが(三交社刊『アルチュセールのイデオロギー論』に収められている)、それによると、国家は抑圧装置であり、またイデオロギー装置である。抑圧装置としての国家は、暴力や強制によって機能しているが、イデオロギー装置としての国家は、学校・政党・組合・家族など私的なものを媒介にして機能している。博物館もまた、このようなイデオロギー装置のなかに入れることができるであろう。それはいわゆる「社会教育」の場所であり、そこで国家の持っているイデオロギーが再生産されることになる。アルチュセールのばあいは、国家というものにアクセントを置き過ぎる傾向があり、私はそこに企業のイデオロギーもつけ加える必要があると思うが、いずれにしても、博物館もまた「イデオロギー」の再生産の場所として、つねに機能する可能性を持っているのである。
また、アルチュセールのイデオロギー論で注目しておきたいのは、イデオロギーの領域ではいつも同じものが反復され、複製(再生産)されているということである。アルチュセールは、イデオロギーの領域を超えて、認識論的切断をすることを求めているのであるは、このイデオロギー論は、江戸東京博物館の問題を考えるときにも、きわめて有効であるように思われる。

(次回へ続く)

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