宇波彰現代哲学研究所

多種多様な「知」の交流を通じ文化創造との実践的な橋渡しをめざし、新たな学問分野の開拓を行う研究機関のブログです。

みすず書房への公開質問状

 ホミ・K・バーバは、ムンバイのゾロアスター教徒の家庭に生まれたインド人である。ムンバイの大学で英文学を学び、さらにオックスフォード大学で研究のあと、今はハーヴァード大学の教授である。その経歴にはE.サイードと似たものがあり、私は以前からこの人の仕事に注目していた。スチュアート・ホールが編集した『カルチュラル・アイデンティティの諸問題』にもバーバは「文化の中間者」という論文を寄せているが、この論集は私の「監訳」により、2001年に大村書店から刊行された。(バーバの論文の翻訳は林完枝さんにお願いした。残念なことに大村書店が倒産したためこの本は入手困難である。)
 それはともかくとして、バーバに関心のあった私は彼の『ナラティヴの権利』(磯前順一訳、みすず書房、2009)が刊行され、ある新聞からその書評を依頼されたとき、私は喜んで引き受けた。読んでいく途中でいくつかの誤植などを発見したので、私は手紙でそのことを担当の浜田さんという編集者に知らせた。それと同時に訳文にある「ラカン的な主体の消出」は、「消失」の変換ミスではないかと質問した。「主体の消失」は、ラカンの重要な概念のひとつであり、最近も私はそのことについても少し論じた「ラカンの哲学的思考」という論文(実際には論文ではなく、コロックでの報告の原稿をに手を入れたものであるが)を明治学院大学「言語文化」(27号)に発表したばかりである。「消出」ということばは辞書にはなく、意味が不明である。
 浜田さんにその質問をしたのは、すでに昨年の秋のことであるが、「なしのつぶて」であった。それで、今年の2月10日にみすず書房の守田省吾さんに改めて質問の手紙を送ったのであるが、これも無視された。いったいみすず書房は読者の質問をどう考えていられるのであろうか。あえてブログにアップして質問を反復するとともに「公開」する。(2010年5月1日)

PageTop

コメント


管理者にだけ表示を許可する