宇波彰現代哲学研究所

多種多様な「知」の交流を通じ文化創造との実践的な橋渡しをめざし、新たな学問分野の開拓を行う研究機関のブログです。

書評:岡田斗司夫『ぼくたちの洗脳社会』、そしてアルチュセールとの比較(3)

 ここまで来て、ようやく本題に入ることができる。ここから語ることが、この書評の核心であり、問題提起したかったことだ。
 確かに、インターネットの発達などによって我々も「装置」を手に入れたのかも知れない。このブログだって、そういうもののおかげで発信できている。我々は、受信する一方だったのが、送信することも可能になったのだ。
 しかし、我々はオリジナルのメッセージを発信することができているのだろうか? 結局のところ、我々は国家や企業、別の誰かの端末になっているのではないだろうか? 端末という言葉が難しければ、子機だ。
 たとえば、こんなものを買っちゃった、とブログで書くのは、ある企業の子機になっている。その企業の素晴らしさを代弁しているのだから。岡田もそこは当然、予測している。しかし、それはとても楽観的な未来像だ。様々な価値観があり、人はそのメッセージを信じたり信じなかったりする自由がある。そして、色々な価値観をちょっとずつ、つまみ食いするように組み合わせていく。ここで、アルチュセールの視点と比べてみよう。

国家のあらゆるイデオロギー装置は、いかなるものであれ、すべて同じ結果、生産諸関係の再生産、すなわち資本主義的な搾取の諸関係の再生産をめざす。*(6)

 国家のイデオロギー装置が個人のものになっても、果たして変化は訪れるのだろうか? これが、この書評を読むみなさんに考えていただきたいポイントだ。さっきのブランドの例で見た通り、「何かが欲しい」という欲望は、「すでに持っている何者か」と自分の格差をせっせと維持することにしかならない場合がある。というか、全ての「何かが欲しい」という欲望、「自分はこんな人間になりたい」という思いは、すでにそれを持っている誰かが得するために、私たちに埋め込まれたものでしかないのではないか、ということだ。そもそも誰かから埋め込まれたものでない、「自由な欲望」なんてものがあるのだろうか? 無いなら無いで、誰か他者から与えられた欲望しか持てない、という私たちの人生を、私たちは受け入れなければならない。
 だから、自分が子機に成り下がっているのではないかという問いは重要だし、「当たり前」=「イデオロギー」を疑うことが重要だ。そういう意味では、日常生活で全く役に立たない哲学というものも、これからウェイトを増してくるのかもしれない。

「俺にもよこせ」という思いはどんなに強くても、世界を変える力にはならない。駄々をこねるような「暴動」の原因にはなるかもしれない。しかし、世界中の人たちの考え方も欲望も、その日を境にいっせいに変わってしまった、という「革命」の原因にはならないだろう。
「俺にもよこせ」「自分も勝ち組になりたい」という欲望は、すでに持っている者、すでに勝っている者に、「君を一番ひいきしてあげよう」と言われたら、あっという間に満足して消えてしまう欲望なのだから。
 完全オリジナルの欲望なんて、我々は産み出せるのだろうか? そんなものが無いとすれば、我々はどんな風に生きていけばいいのだろうか。

追記:この書評は、別のブログに寄稿する予定だったものでしたが、そちらは柔らかい文体のサブカルチャー評論などが中心のブログだったため、雰囲気とそぐわず、この書評は宙に浮いていました。今回、宇波彰先生のご好意によって、こちらの「宇波彰現代哲学研究所」に掲載させていただける運びとなりました。文体などは改めましたが、内容・スタイルともに脇の甘いところがあるやも知れません。ご容赦いただけると幸いです。
 お暇な方はよろしければ、当初に寄稿する予定だった別のブログ「おはよう倦怠感。」(http://looseboys.blog40.fc2.com/)の方もぜひ覗いていただけると幸いです。

(文責  土佐 巌人)

引用一覧
(1)岡田斗司夫『ぼくたちの洗脳社会』、1998年初版、朝日文庫、p.81
(2)同書p.89
(3)同書p.112
(4)Terry Eagleton, Ideology : An Introduction, Verso, 1991,p .58~59
『イデオロギーとは何か』テリー・イーグルトン著 大橋洋一訳 平凡社ライブラリー 1999年初版、p.136
(5)Louis Althusser, Sur la Reproduction, PUF, 1995,p. 282
『再生産について イデオロギーと国家のイデオロギー諸装置』ルイ・アルチュセール著 西川長夫・伊吹浩一・大中一彌・今野晃・山家歩 平凡社 2005年初版,p. 336
(6)同書p.276 邦訳p.345

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著者です

 「ぼくたちの洗脳社会」の著者、岡田斗司夫です。
 引用や評論、ありがとうございます。
 同書は18年前の著作なので、本年初めに改訂版として「評価経済社会」と改題・加筆修正してダイヤモンド社より出版しました。
 また、メディアやモノと、それが人の心に与える影響は「スマートノート」(文藝春秋)に、そもそも人の心はどのような構造になっているのかというメカニズムは「人生の法則」(朝日新聞社)に書きました。
 ご一読&意見がうかがえればありがたいです。

岡田斗司夫 | URL | 2011年10月05日(Wed)09:57 [EDIT]