宇波彰現代哲学研究所

多種多様な「知」の交流を通じ文化創造との実践的な橋渡しをめざし、新たな学問分野の開拓を行う研究機関のブログです。

『ハイチ震災日記』を読む

 最近、カナダに住むハイチの作家ダニー・ラファリエールの『ハイチ震災日記』)(立花英裕訳、藤原書店)を読んだ。私がハイチ人の作品を読むのは、これが初めてである。ハイチは2010年1月12日に、死者30万人という被害をもたらした大地震に襲われた。その時たまたまハイチにいた著者は、この経験をもとにエッセーを書いた。短い文章を集めたものであるが、いずれも鋭く、そして優しい目で災害に直面したハイチのひとたちの考えと行動を描いている。それぞれの文章が短いのは、彼が尊敬しているという芭蕉の影響かもしれない。
 ハイチは、最初はスペインが支配した土地であるが、それを17世紀にフランスが受け継いで植民地化した。フランスはアフリカから黒人を奴隷として連れてきて、そこにサトウキビの農場を作った。隣のジャマイカでも行なったことである。しかし、ハイチでは18世紀の初めに、黒人奴隷が反乱を起こして独立した。ハイチでの奴隷の反乱を知ったヘーゲルが、『精神現象学』(1807)のなかで、有名な「主人と奴隷の弁証法」を説いたのは、ハイチのできごとをヒントにしたものだといわれている。これはスーザン・バックモースが論文「ハイチとヘーゲル」で説いていることである。ハイチにはこのような歴史的背景がある。私にとってまだわからないのは、スペイン、フランスの植民地化に際して、そこに住んでいたはずのインディオたちはどうなったのかということである。
 本書には、訳者によるていねいで豊富な訳注がつけられてあって、それもまたとても面白い。私はこの訳注によって、いまままで「ヴゥードゥー」と表記されてきたアフリカ伝来の宗教は「ヴォドゥ」が本来の発音に近いこと、カナダのケベックに多くのハイチ人が住んでいること、グレアム・グリーン(著者は批判的だが)が1960年代にハイチに住んでいたことなどを教えられた。巻末に添えられた訳者による「ハイチ略年表」は、この国の歴史についての情報であるとと同時に、18世紀におけるフランスの植民地政策の一端を教えてくれる。(2011年10月16日) 

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