宇波彰現代哲学研究所

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ジャン=ミシェル・パルミエのベンヤミン論について

 2011年の秋から2012年初頭にかけて、パリのユダヤ美術・歴史博物館で開かれたベンヤミン展については、すでにこのブログで報告した。そのカタログともいえる『ヴァルター・ベンヤミン・アーカイブス』(Walter Benjamin.Archives,Klincksieck,2011、これはドイツで2006年にSuhrkampから刊行されたもののフランス語訳が基本になっている)の「はしがき」の注に、「ベンヤミンの伝記と、彼の思想の構築については、ジャン=ミシェル・パルミエの『ヴァルター・ベンヤミン』(Jean=Michel Palmier,Walter Benjamin,Les Belles Lettres,2010)を参照してほしい」と記されてある。
 J=M.パルミエ(1944~1998)は、現代ドイツ思想の研究者として知られた著名なひとである。このベンヤミンの評伝には、フロラン・ペリエ(Florent Perrier)による注と参考文献リストが付されている。(ペリエは、すでに言及した『ベンヤミン・アーカイヴス』のフランス語版の編者である。)以下に、本書についての簡単なコメントをしておきたい。
 パルミエは、ベンヤミンの思想そのものについて深い考察をしているのではないが、ショーレム、アドルノ、カール・シュミット、エルンスト・ブロッホといった彼とかかわりのあった思想家たちについて、ていねいに情報を提供している。フロラン・ペリエによる注も非常に詳しいもので、ペリエがいかにベンヤミン研究に打ち込んでいるかが推測されるでけでなく、これを読めば、フランスにおけるベンヤミン研究の状況の一端がわかるであろう。
 ペリエによる注も含めて、本書には私の知らなかったことが多く含まれている。例えば、ベンヤミンに影響を与えたとされているハーマンについて、クロソウスキーに研究書が二冊あることを私は見逃してていた。画家バルチュスの兄であるクロソウスキーは、ベンヤミンの論文のいくつかをフランス語に訳したことでも知られている。
 ベンヤミンは、1924年にカプリ島に行き、そこでアーシャ・ラティスと知り合うが、そのころ彼はフランス右翼の組織アクシオン・フランセーズの機関紙を講読し始める。ベンヤミンはそれによって当時の政治情勢を知ろうとして読み始めたのだと私は理解していたが、パルミエによると、ベンヤミンの関心の対象であったプルーストとかかわりのあったレオン・ドーデ(アルフォンス・ドーデの息子で、右派のひと)の文章を読みたかったからでもあるという。
 なお、著者のパルミエには、1970年に書いた『ラカン』があり、これは1977年にせりか書房から岸田秀訳で刊行されている。(2012年4月6日)

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