宇波彰現代哲学研究所

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スジック『巨大建築という欲望』の論点

巨大な構築物は、権力・財力を持つ者の何らかの「欲望」の表現である。それはピラミッドでも、大仏殿でも同じである。スジックは本書で、巨大な建築に示されている欲望の醜さと、その欲望を表現したいという権力者・富裕な者たちの注文に応じて巨大な建築を作る多くの「有名な」建築家に対する痛烈な批判を繰り広げる。スジックのいうように、「ムッソリーニ、スターリン、ヒトラーは、みな建築を政治的なプロパガンダに欠かせない道具として扱っていた」のであり、「20世紀に権力を握った独裁者で、建設キャンペーンに乗り出さなかった人物を探すのはほとんど不可能」である。それほど政治と建築は密接につながるのだとスジックは主張する。
このような政治と建築とのつながりに関して、いままでしばしば論じられてきたのは、腹心の建築家であったアルベルト・シュペーア(1905~1981)の協力を得てこの「欲望」の実現を夢想していたヒトラーのばあいであろう。ドイツの新首都ゲルマニアをヒトラーは、死の直前までシュペーアとともに構想していていたといわれる。私が特に注目したのは、スジックが「ヒトラーにとって、ナチ政権の設立は、彼の建築上の野心を実現するための手段であった」と指摘していることである。都市を設計し、建築を作るためにヒトラーが政治を行ったというスジックの見方は、かつてジークリート・クラカウアーが『カリガリからヒトラーまで』(平井正訳、せりか書房)のなかで、ヒトラーとゲッペルスは、リーフェンシュタールに「意志の勝利」を撮影させる目的で、ナチスの党大会を「上演した」と説いたことを想起させる。つまり、権力者が巨大建築を造るのは、単に「権力の誇示」だけを目的とするものではないという解釈である。普通の人の眼で見ると異常としか思えない建築への「欲望」が存在するのであり、そのことをスジックは強調する。権力者の野心の成就に荷担しようとした典型的な建築家がシュペーアであり、彼はスジックによって「全体主義を目に見えるかたちで、その実現に寄与した」建築家として規定されている。
シュペーアの建築と都市設計に関しては、1996年に東京都現代美術館、ひろしま美術館、岐阜県美術館を巡回して開催された「未来都市の考古学」のカタログが参考になるであろう。そこには、シュペーア設計のナチス・ドイツの新首都の設計図などが示されている。このカタログに、横手義洋によるシュペーアの仕事の解説があるが、それによるとシュペーアの建築・都市設計は、「そのすべてが非日常的であり、ナチス・ドイツを鼓舞し、世界に誇示するための舞台装置として計画されていた」のである(p.145)。未完成に終わったシュペーア設計のニュールンベルクの党大会議場は、八束はじめ、小山明『未完の帝国 ナチス・ドイツの建築と都市』(福武書店、1991)によると、最初ニュールンベルクの「謎の」建築家ルフ親子によって設計されたが、1934年以後はシュペーアが引き受けたという(p.197)。スジックはこのシュペーアの息子(父と同じアルベルトという名である)が、現代中国の国家プロジェクトにかかわる建築家として活躍していることに注目している。このシュペーア二世は、1934年生まれである。スジックは、彼がもっている時計に、あるいは「アドルフからアルベルトへ」というヒトラーのことばが刻まれているのではないかと想像する。
斎藤忍随の『プラトン』(岩波新書、1972)は、30年以上も前に書かれたものであるにもかかわらず、プラトンの入門書として出色のものである。そのなかにヘロドトスからのつぎのような引用がある。「御承知のように、神は常に最も高層な建物や、最も高き樹木に雷箭を投ぜられます。抜群の巨大なもの一切の矮小化、これこそ神の好み給う習いであります。」古代ギリシアの神話的世界においてさえも、神は人間の作る巨大建築を嫌っていたのである。それは人間の傲慢のしるしであったからであろう。
これまでの巨大建築批判は、ヒトラーと組んだこのようなシュペーアの仕事、スターリン様式と呼ばれる巨大で面白味のない旧ソ連圏の建築などが対象であった。特にシュペーアは東秀之の『ヒトラーの建築家』(NHK出版)のなかでは小説風に描かれていて、そこには竹橋にある東京国立近代美術館などの設計で有名な谷口吉郎も登場する。また1995年にはイギリスの著名なジャーナリストであるギッタ・セレニーの分厚いシュペーア伝が刊行された(Gitta Sereny,Albert Shpeer,his battle with truth,Knopf)。700ページを超すこのシュペーア伝において、彼女は取材を通して「シュペーアをよく知ることになり、しだに彼を好きになった」と書いている(p.4)。一般的に評伝・伝記は、対象とする人物に深い関心がなければ面白くないが、このシュペーア伝は著者の熱のようなものが伝わってくる著作である。これを読むと、ヒトラーとシュペーアとの深い精神的なつながり、あるいは、ほとんどホモセクシュアルなものに接近するふたりの関係、彼らの行動の舞台となった時代の状況がかなり見えてくる。
この『巨大建築という欲望』では、批判の対象がヨーロッパに限定されてはいない。いままでほとんど論じられなかったフセイン時代のイラクの建築、天安門広場を含む現代中国の公共建造物、そして時には六本木ヒルズのような日本の建築の不格好さも考察されている。2008年の北京オリンピック・スタジアム(「鳥の巣」と呼ばれている)がスイスの建築家たちによって建てられつつあることもスジックの視野のなかにある。スジックは、そうした全体主義的国家プロジェクトに参加する建築家のみならず、財力にものをいわせるひとたちに迎合する建築家をも批判する。たとえば、イタリアの自動車産業の覇者フィアットの長老は、そのコレクションを収める美術館の設計をレンゾ・ピアノに依頼したが、そのピアノをスジックは次のように批判している。「ピアノ自身の作品は、スラム地区の活動家や科学によってかたちづくられるものではなく、銀行家や保険業界の大物たちとの関係によって実現されているのだ。」スジックはコルビュジエさえも批判の対象としているのであり、彼にとって、批判の対象に聖域は存在しない。
スジックは、現代の建築家の作品そのものについても皮肉な眼を向ける。フランク・ゲーリーは、世界7位、フランス第一位の富豪アルノーの邸宅の設計を依頼されたと伝えられる建築家である。LVMHの経営者である。LVMHとは「モエ・ヘネシー・ルイ・ヴィトン」のことであり、2008年1月にフランス最大の経済紙「レゼコー」を買収したことでも知られている(フランス最大の発行部数といっても12万部であるが)。超富豪であるアルノーはピカソ、セザンヌ、クリムトなどの美術作品のコレクションもしているという(フランスの週刊誌「マリアンヌ」2007年6月30日~7月7日号による)。ゲーリーがスペインのビルバオに作ったグッゲンハイム美術館は、スジックによって「列車の衝突事故」のような建築だと揶揄されている。そうしたゲーリーやピアノの仕事が「世界の政治的な背景との契約に左右されている」とスジックは指摘する。シーザー・ペリがマハチールの依頼でクアラルンプールに作ったツインタワーは「二本の巨大なパイナップルが押し出された」かたちだと形容され、それがけっして「建築の実践」ではなく、「鋼鉄と大理石とガラスで政治的な意志を主張したもの」にすぎないと一蹴されている。
本書によって読者は、現代の建築家がどれほど権力・財力を持つ者と結びついているかを、はっきりと知ることができるだろう。しかも本書はけっして堅苦しい建築批評ではなく、いたるところに興味深いエピソードを織りこんで書かれているから、読者はいつのまにかスジックの記述に引き込まれてしまうはずである。東郷えりかによる翻訳はたいへん読みやすい。
(付記。『巨大建築という欲望』は、2007年に紀伊国屋書店から刊行された。本稿は、紀伊国屋書店発行の「SCRIPTA」2008年冬号に掲載された拙稿に大幅な加筆をして、サイト「ちきゅう座」に2007年1月9日にアップしたものに、さらに訂正・補筆を加えたものである。(2008年1月21日)

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巨大建築という欲望―権力者と建築家の20世紀

巨大建築という欲望―権力者と建築家の20世紀

ロドリゲスインテリーン 2009年12月09日(Wed) 23:33