宇波彰現代哲学研究所

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マークス・イムホーフ「みつばちの大地」を見る

 去る4月13日に、シネマート六本木での試写会で、マークス・イムホーフ監督の「みつばちの大地」を見た。
 この映画を見ながら連想していたのは、30年ほど前に千葉県のマザー牧場へ行ったとき、広い菜の花畑にみつばちが一匹もいなかったことである。また2009年2月に見た、中国雲南省の羅平にある有名な菜の花畑の情景も想起した。それは東京都23区と同じくらいの広さのある菜の花畑で、ヘリコプターで種を蒔くという話だった。(私はそこでただちに山村暮鳥の「いちめんのなのはな」という詩を思い出した。「いちめんのなのはな」ということばを数多く反復することによって、菜の花の像を想起させる作品である。)しかし、羅平の菜の花畑にもみつばちの姿はなく、畑の近くで蜂蜜を売っている人に訊くと、ほかから持って来たのだという。マザー牧場でも、羅平でも、花とみつばちの共存関係はなくなったのである。
 この「みつばちの大地」では、スイス、アメリカ、中国、オーストラリアのみつばちの状況が報告されている。たとえば、アメリカ、カリフォルニア州では、アーモンドが大量に生産されているが、それを支えるみつばちが危機にある。映画のなかで、「みつばちがいなくなったら、人類は4年で滅亡するだろう」というアインシュタインの意見が紹介されているが、人間の食料の3割はみつばちに依存しているという。
 この映画は、みつばちの「危機」が、農薬、抗生物質、蜂のストレスなど、さまざまな要因が複合的に影響しているからだと言っているように見える。みつばちの危機は、人間が作ったものなのである。(2014年4月17日)

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