宇波彰現代哲学研究所

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日本会議について

 近代国家が成立して以降、どんな時代にも、どんな国の中にも、愛国心の重要性を叫ぶ思想は存在していた。また、愛国心をイデオロギー的中核とし、自国中心主義を主張する思想も存在していた。それゆえ、日本における反共産主義を基盤とした右翼思想に言及する発言には目新しさはない。だが、今までマスコミにほとんど取り上げられることがなかった日本会議という謎の右派組織について語るとなると事情は大きく異なる。

 今年の4月以降、日本会議に関する本が続々と刊行されている。主なものを挙げると、4月30日に菅野完の『日本会議の研究』(扶桑社) が、5月18日に上杉聰の『日本会議とは何か:「憲法改正」に突き進むカルト集団』(合同出版) が、6月17日に俵義文の『日本会議の全貌 知られざる巨大組織の実態』(花伝社) が、7月8日に青木理の『日本会議の正体』(平凡社) が、7月15日に山崎雅弘の『日本会議 戦前回帰への情念』(集英社) が発刊された。なぜこのように突如として、日本会議を考察する本が次々と出版されるようになったのか、それがこの小論を書こうと思った第一の動機であった。また、日本会議とはどのような組織で、何を目指しているのかを知りたいと思ったことが第二の動機であった。第三の動機はこの組織の運営方針や活動の問題点が何かを探る必要があるというものであった。もちろん、この小論の中で、こうした事柄すべてを網羅的に、厳密に論述することは不可能である。ここでは日本会議が掲げる「皇室の尊重」(1)、「新憲法制定」(2)、「靖国参拝」(3)、「愛国教育」(4)、「国防の充実」(5)、「世界各国との共存共栄」(6) と要約できる6つスローガンにおいて、(1) と (3)、(2) と (5)、(4) と (6) の枠組みの中で、これらのスローガンに内包されている問題の危険性を分析し、そこから見えてくる日本会議のブレーンたちが持つ戦前の軍国主義体制への強烈な回帰願望について検討していきたいと思っている。

日本型ナショナリズムの大組織
 『サンデー毎日』の7月17日号に、「日本会議の正体を暴く!」のタイトルで、前述したジャーナリストの青木理と歴史研究家の山崎雅弘が日本会議に関して対談している記事が掲載されていた。短い記事であったが、日本会議を巡る問題が端的に指摘されていた。山崎は「日本会議に代表される今の政治的潮流の方向性は、戦前の価値観に近い」と語り、青木は日本会議の政治的特徴を「宗教とナショナリズムが結びついた全体主義」と語っている。両者に共通する認識は、この右派組織が宗教的な繋がりをベースとして結合した復古主義的で、国家主義的なイデオロギー色が極めて強い団体と見なす点にある。また、日本の戦後民主主義全体を否定する野望を抱いているだけではなく、安倍晋三を首相とする現政権を下支えし、政権に絶大な影響力を及ぼしている団体という点でも一致している。
 ところで、この組織はどのように誕生したのか。公的には1997年5月に反共色の強い宗教人が中心となって作った日本を守る会と保守系文化人が中心となって作った日本を守る国民会議が統合されてできたものである。だが、日本会議の根幹を形成する事務総長の椛島有三、政策委員の伊藤哲夫 (政治評論家)、高橋史郎 (教育学者)、百地章 (法学者) といったメンバーが生長の家学生会全国総連合 (生学連) の運動員であったことは、日本会議について研究しているすべての本に書かれている事実である。生長の家は、谷口雅春によって1930年に創設された新興宗教で山梨県北杜市に本部がある。あらゆる宗教はその根本において一致すると考える「万教帰一」を説いているが、戦中は日本が国家的使命として遂行した戦争を全面的に支持した。また、日本の中心は万世一系の皇室であり、天皇であるとする「日本国実相顕現」を主張し、戦後も妊娠中絶反対、憲法改正、靖国神社の国家護持などを強く訴えた。こうした谷口雅春の見解は、現在の生長の家においては継承されていないが、前述した日本会議の中核にいる旧生学連メンバーたちは、未だに、谷口の思想を完全に継承する発言を行っている。
 もちろん日本会議は生長の家と深く繋がっていた関係者によってのみ構成されてはいない。神社本庁、伊勢神宮、明治神宮、靖国神社などの神道系の団体、霊友会、佛所護念会教団、国柱会などの仏教系の団体、諸教系では解脱会や崇教真光などが日本会議に参加し、活動しているとされている。日本会議の活動資金の多くはこうした宗教団体が出資している。また、宗教界以外でも、現会長は杏林大学名誉教授の田久保忠衛で、副会長に声楽家の安西愛子などが、顧問に石井公一郎ブリヂストンサイクル元社長などが、代表委員に石原慎太郎元東京都知事、城内康光元警察庁長官、横倉義武日本医師会会長などが名を連ねている。さらには現在の閣僚のうち安倍晋三、麻生太郎など12名が日本会議を支援する超党派の国会議員連盟の一員であり、その連盟には2015年9月時点で281名の議員が参加している。その他にも、地方議会の多数の議員も日本会議を支援している。この団体はいわば日本の右派メンバー大集合組織なのだ。
 右翼の大組織であるだけではなく、日本会議はその行動方針においても特徴がある。それが草の根右翼運動である。日本会議の設立以前から、この団体の事務総長の椛島が中心となり組織したキャラバン隊が保守系の全国の地方議員団を訪問し、元号の法制化、建国記念日の祝日化、国旗国歌法の制定、教育基本法の改正といった日本会議が重視する政治問題を地方議会で国政の場での緊急討議必要議題として決議するように働きかけた。そして、その地方議会の請願決議文が国会議員に強い圧力をかけたのである。ボトムアップ方式に見せかけた下からの圧力を最大限に生かした保守系組織の市民運動が草の根右翼運動であり、その方法は日本会議が最も得意とする政治方法である。こうした特色を持つ日本会議の問題点について、前述した三つの視点から以下のセクションでは考察していく。

機械仕掛けの天皇と靖国参拝問題
 日本会議は日本の中心が天皇であると主張しているが、その中心となる天皇とはこの組織のメンバーにとってどのようなものなのだろうか。天皇は実際に存在する人間として位置づけられる以上に、抽象化され、個人性を排除された機械人形のようなモデルとしての存在性が強調されているものではないだろうか。
 1992年10月の訪中の際に開かれた楊尚昆主席主催晩餐会で、天皇は、「我が国が中国国民に対し多大の苦難を与えた不幸な一時期がありました。これは私の深く悲しみとするところであります。戦争が終わった時、我が国民は、このような戦争を再び繰り返してはならないとの深い反省にたって、平和国家としての道を歩むことを堅く決心して、国の再建に取り組みました」と述べた。しかし、訪中前、日本会議現政策委員長の大原康男 (宗教学者)、同組織現顧問の宇野精一 (国語学者)、日本会議国会議員懇談会現会長の平沼赳夫などが当時の官房長官だった加藤紘一に対して、天皇訪中中止を求める強い圧力をかけていた。天皇の個人的意見よりも、自分たちの要求を通すことが如何に重視されているかを端的に示す出来事である。
 また、2013年12月の80歳誕生日記者会見の中で天皇は、「戦後、連合国軍の占領下にあった日本は、平和と民主主義を、守るべき大切なものとして、日本国憲法を作り、様々な改革を行って、今日の日本を築きました。戦争で荒廃した国土を立て直し、かつ、改善していくために当時の我が国の人々の払った努力に対し、深い感謝の気持ちを抱いています」と述べている。だが、日本会議のメンバーたちの考えは異なる。青木は『日本会議の正体』の中に、1993年に日本協議会・日本青年協議会の『祖国と青年』に椛島が書いた「天皇が国民に政治を委任されてきたというのが日本の政治システムであり、西洋の政治史とは全く歴史を異にする。天皇が国民に政治を委任されてきたシステムに、主権がどちらにあるのかと二者択一論を無造作に導入すれば、日本の政治システムは解体する。現憲法の国民主権はこの一点において否定されなければならない」という言葉を載せている。そして、それが今も日本会議の中心的イデオロギーの一つであることを示しているが、こうした意見は近代国家の条件である国民主権を完全否定すると共に、日本会議のメンバーが最大の敬意を払うべき対象としている天皇の平和主義思想をも否定するものである。日本会議のメンバーは自分たちの思うようになるデウス・エクス・マキナとしての天皇のみを必要とし、主体的に考え、正しいと思うことを個人として発言する天皇を必要としていないのではないだろうか。
 靖国神社問題に関しても、追悼機関が靖国神社でなければならない絶対的な理由はあるのだろうか。2001年12月に小泉内閣は国立の宗教性のない追悼施設の必要性を議論し始めたが、日本会議は猛反発した。椛島は2002年7月号の『祖国と青年』に掲載した論文の中で、「今回の「国立追悼施設」建設の策動は、中国・韓国の外圧に屈し、靖国神社が体現してきた「君民一体」の国体を破壊しようとするところに、最大の問題がある」と書いているが、軍国主義時代の国家神道政策が未だに続いているようなこの言葉はアナクロニズム以外の何ものでもなく、日本会議の政治運動が戦後民主主義を無視した運動であることがはっきりと示されている。また、菅野は『日本会議の研究』の中で、「(…) 日本会議にとっては、A級戦犯合祀の是非という「歴史認識」より、いかにして宗教性を保ったまま靖国神社で慰霊行事を行うかという「政治と宗教」の問題こそ重要ポイントだと言えまいか」と語っている。このように考えるならば、日本会議の、一宗教法人に過ぎない靖国神社を公的追悼施設として認めさせようとする要求、終戦記念日の首相による靖国神社参拝の要求などは、靖国神社を宗教的に特別視し、現憲法に明示されている政教分離の原則を破壊しようとするものと思わざるを得ない。

改憲と国防
 日本会議と安倍政権の最大の目標が改憲である。日本会議と深い関係にある改憲組織であり、政治ジャーナリストの桜井よしこが代表を務める「21世紀の日本と憲法」有識者懇談会 (民間憲法臨調) の第15回大会 (2013年5月3日開催) の「民間憲法臨調緊急提言」の中には、「日本国憲法が制定されて以来、すでに六十六年が経過した。占領下において制定されたという異常な立法経緯を有しているにもかかわらず、日本国憲法はこの間一度も改正されず、その結果、国家社会の現実と憲法とのギャップは拡大の一途をたどってきた。そして外交や防衛・安全保障といった国家主権、国民の生命・財産にかかわる重要問題においてすら与野党間に共通の土俵が形成されないまま、わが国の国益は損なわれ続けてきた」と書かれているが、現憲法は本当にGHQによって押しつけられただけのものなのか。さらには、基本的人権の尊重、国民主権、戦争放棄の三大原理を中心とした現在の憲法は本当に国益を損なってきたものなのか。こうした問いに対して日本会議は明確な説明を行ってはいない。さらに、青木は『日本会議の正体』の中で、「天皇中心主義の賛美と国民主権の否定。祭政一致への限りない憧憬と政教分離の否定。日本は世界にも稀な伝統を持つ国家であり、国民主権や政教分離などという思想は国柄に合わない――そんな主張を、たとえば日本会議の実務を取り仕切る椛島は、平気の平佐で口にしてきた」と語っているが、それは現在の憲法を無視し、日本会議の野望である明治憲法の復活を端的に表しているものであろう。この危険性は限りなく大きい。青木はさらに続けて、「それは同時に、日本会議の運動と同質性、連関性を有する安倍政権の危うさをも浮き彫りにする」とも書いており、日本会議が現内閣に与えている絶大な影響力に関する強い懸念も示している。
 集団的自衛権の行使が現在の憲法においても解釈上可能であると述べている憲法学者は、菅義偉官房長官によれば、長尾一紘中央大学名誉教授、西修駒澤大学名誉教授、百地章日大教授の三名にしか過ぎない。僅か三人。それも問題ではあるが、三人はいずれも日本会議と深い関係にある美しい日本の憲法を作る国民の会と民間憲法臨調の役員であることを菅野は『日本会議の研究』の中で指摘しているが、これは大問題である。政府が特定の政治組織に属する憲法学者の意見のみを聞き、他の多くの憲法学者の意見を聞かないのは甚だしく不合理である。憲法第九条の規定に基づけば、外国への武力行使は原則として違憲であり、例外的に外国に対して武力を行使しようとする場合、その根拠を明確に示す必要が出てくる。九条があらゆる交戦権を認めないとするならば、個別的自衛権も日本は持っていないことになるが、国民の生命、財産などが脅かされている場合に自衛措置が認められていると考えれば、現憲法においても個別的自衛権を有しているという解釈が可能となる。しかしながら、現憲法の何処を読んでも、日本の国益を守るために、さらには、同盟国を援助するために交戦可能性の高い外国に自衛隊を派遣することができると解釈することは論理的に不可能である。論理性も、客観性もない憲法解釈を行う三名の憲法学者の意見のみを尊重している集団自衛権に対する政府の解釈は異常であり、日本会議の意向のみに耳を貸していると言わざるを得ない。

愛国心という名の全体主義
 日本会議の論理展開は二項対立概念を提示して、そのどちらか一方が正しいとするものである。そこには対立する二つの事項を止揚しようとする意図はまったく感じられない。Aが正しいか、Bが正しいかの二つに一つの選択があるだけである。こうした二項対立図式に基づく極めて単純な論理展開には潜在的ファシズム性が内在している。ここでは、まずこの事柄について検討し、さらに愛国心や他国との関係といった問題について分析していきたい。
 日本会議が強く訴えているものを、よいとされるもの [A] と悪いとされるもの [B] に分割してみると以下のようになる。[A]:男系男子継承による天皇制 (1)、戦前の政治体制 (2)、伝統主義・国粋主義 (3)、直系家族主義 (4)、靖国神社公式参拝 (5)、集団的自衛権 (6)。[B]:女系天皇 (7)、戦後の政治体制 (8)、共産主義 (9)、夫婦別姓 (10)、国立の宗教性のない追悼施設建設 (11)、個別的自衛権 (12)。(1) と (7)、(2) と (8)、(3) と (9)、(4) と (10)、(5) と (11)、 (6) と (12) は、ほぼ二項対立関係にあると言ってよいだろう。これらの対項目の中で、一番目のものと三番目のもの以外はすでに検討した事柄を多く含むため、ここではこの二つに連関する問題を中心的に考えていく。
 (1) と (7) の二項対立事象は日本会議の主張する男性中心主義的直系家族的な社会重視の立場をよく表している。女系天皇について、日本会議と日本会議国会議員懇親会が2006年3月に主催し、日本武道館で行われた皇室の伝統を守る一万人大会の決議文において、「我が皇室は、百二十五代、二千年以上にわたって断絶することなく男系によって皇位を継承し、その淵源が神話にさかのぼる世界に比類なき存在である。しかるに今般、政府は、「皇室典範に関する有識者会議」の報告に基づき、女系天皇の導入及び長子優先主義の採用という、皇位継承の伝統に重大な変更をもたらす皇室典範改正を行おうとしている」と述べているが、こうした考えはまさに男女平等や、国民の平等性を根底から否定し、皇室の特殊性だけが強調されている民主主義とはまったく無縁のイデオロギーを示している。
 (3) と (9) の対立図式も日本会議にとって重要なものである。日本会議は夫婦別姓に強く反対しているが、これも男女平等の意識からはほど遠い考えであり、この問題と反共産主義が融合したものとして、青木は『日本会議の正体』の中で椛島が『祖国と青年』1996年3月号で書いた、「旧ソ連が何故家族制度の廃止に取り組んだのか (略)、それはソ連政府が家族を革命遂行の最大の敵の一つと見なしたからである (略)」という言葉を引用している。日本会議がこれまでに語ってきた言説を考えれば、この言葉は家族を守る伝統主義対共産主義の二項対立図式を提示し、共産主義は家族制度を破壊する敵であり、家族を守れるものは日本の伝統的な制度しかないと断言していると解釈できるものである。
 こうした二項対立図式に基づく愛国心とは具体的にはどのようなものだろうか。国旗国歌法に基づく国歌斉唱の義務、美しい日本を尊ぶ愛国教育の実践、自虐的歴史観によって作られた戦後教育や制度の否定、戦後を象徴する現憲法の改正などが重視されるものではないだろうか。それはまさに日本会議が強く求めているのである。2006年12月に教育基本法が改正されたが、同年4月14日の『琉球新報』には、「沖縄は多数の住民が犠牲になった戦争体験をした。「愛国心」を植え付ける動きには「戦前の歩みを連想させる」と警戒したり、批判したりする人が多い」と書かれている。愛国心という言葉には、復古主義的ニュアンスがこびりついているだけではなく、実際に日本会議が希求し、実現しようとしている戦前のレジームへの復帰を思い起こさせる事象が数多く内在している。今示した『琉球新報』の文章の後には、「法律で「愛国」を求めるべきではない」と述べられているが、国家としての愛国心の強制はまさしく戦前の教育を彷彿させる。それだけではなく、愛国心はしばしば自国中心主義を激しく要求するものである。そこには (2) を尊び、(8) を否定する姿勢がはっきりと現れている。さらにそこには他国との共存共栄よりも、自国のシステムに他国を服従させようとする力が働いている。戦前の八紘一宇の思想は元々他国との協調による世界平和を目指すはずのものであったが、侵略の戦争の口実となっていった。日本会議の持つ敗戦前の体制への憧憬はこうした危険性を常に宿している。

 日本会議の主張している政治イデオロギーの様々な疑問点に関して論述してきたが、この小論のまとめとして、日本会議が否定する近代西洋社会が確立したシステムが、本当に今の日本社会にとって必要のないものなのかという重要な問題について考察してみたい。
 大澤真幸は『近代日本のナショナリズム』(講談社、2011) の中で、「ナショナリズムとは、普遍主義と特殊主義との共存と交叉によってこそ特徴づけられる (…)」と語っているが、それは以下のような理由による。世界的な近代化の波の中で、普遍的である国民国家設立の志向性が強く打ち出される。特殊性を示す民族性は国民国家と異なる性質のものであるが、一旦、国民国家への志向性がしっかりと根付き、国民国家が完成へ向かって動き出すと、国民国家を具体化する大きな要素として民族性がクローズアップし、ナショナリズムが生まれるのである。だが、普遍主義と特殊主義とが融合されたものはナショナリズムだけではない。大澤は宗教的原理主義者やオタクと呼ばれる人々の考えの中にも同質的な融合を見ている。そして、こうした異なるレベルの特質が融合された思想を有する集団が誕生した理由として、「かつて普遍的であると信じられていた、啓蒙思想に由来する近代的理念も、特殊に西洋的な――つまりはローカルな――ものに過ぎないと見なされている。要するに、普遍性は、今日では、不可能なのだ。人権や平等といった、近代的な「普遍概念」が、攻撃的な印象を与えるのはこのためである」と書いている。さらに、「普遍性が不可能であるとするならば、そこにできあがった空白は、普遍性をあからさまに否定し、蹂躙するような価値によってこそ埋められるであろう。「普遍性が不可能であること」、これだけが、残された唯一の普遍性だからである。(…) ナショナリズムや呪術的な信仰は、まさに、そうした「普遍性の代理」として機能する特殊性に他なるまい」という指摘は、青木がカルト的特質を持つ組織として、菅野が生長の家原理主義の団体と見なした日本会議の考えに対しても同様に述べ得る事柄である。
 しかし、デカルトが方法的懐疑によって真理の探究を開始し、コギトを中心として確立した西洋近代の思想にはもはや普遍性がないとはっきりと断言できるものなのだろうか。大澤は普遍性のレベルについては論述してはいない。普遍性は一つのレベルによって成り立つものではなく、正と誤、善と悪、信と疑といった異なるレベルのものが結合することによって成立するものである。西洋近代主義が作り出した概念が否定されるのは、真理のレベルとしてではなく (善悪のレベルもあまり考慮されてはいないだろうが、ここでは真理のレベルに注目したい)、信じられないというレベルからではないだろうか。何故なら真理は客観的、合理的、論理的といった条件がなければ真理として認められないが、信仰は主観的、非合理的、非論理的であっても構わないからである。それゆえ、大澤が語っている普遍性から特殊性への移行にはレベルチェンジがある。真理は信仰とは異なり、今示したような条件を含むゆえに個人の主観性を超えることができる。個人は主観性を持ち、変化し続けていくために、真偽を判断するには絶えず反省しなければならない。思想的真理の探究は、数学のように真が一度決定したならばそれで終わりとなるものではなく、問いを繰り返したり、考え直したりする必要性がある。信じることは主観性に身を任せるだけでも成立し、思考停止をして、何があっても疑わずに信じ続けることも可能なものである。だが、それは永遠に問い続けなければならない真理を安易に放棄してしまう危険な行為ともなり得る。普遍的なものがなくなったのではない。真偽値の領域のものとして究明すべきものにさえ、主観的な信か疑かによる判断がなされるようになったのである。
 日本会議の主張する事柄にも今述べた問題性が明確に存在している。真を信に変えて普遍を追求するとき、そこには狂信という特殊性が現われる。真偽値を確定しようとする探究を放棄した狂信者にとっては、それこそが普遍となるのである。われわれは狂信者やナショナリストに従うのではなく、もう一度デカルト的な方法的懐疑の試みを断固として再開しなければならない。もしもそうしなければ、ファナッティックなものだけが普遍的であると思える恐ろしい世界が到来してしまうから。近代性の回復と修正。それこそが今のわれわれにとって重要なことなのではないだろうか。

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