宇波彰現代哲学研究所

多種多様な「知」の交流を通じ文化創造との実践的な橋渡しをめざし、新たな学問分野の開拓を行う研究機関のブログです。

川口義晴さんを悼む

 川口義晴さんが、さる2017年2月12日に亡くなった。謹んでお悔やみ申し上げる。川口さんは、長らく音楽関係の仕事に携わり、多くのLP.CDを製作し、演奏会を組織し、またオーケストラ団員の処遇改善にも尽力された。会社(コロンビア)を辞めたあと、私が働いていた明治学院大学で非常勤講師として学生の教育にも熱を込めて下さった。私のゼミの合宿にもしばしば参加され、またゼミ生の卒論の指導もして頂いたことがある。また私が組織したいくつかの研究会にも積極的に参加され、その温泉合宿にもしばしば来て下さった。
 私は2007年から2015年まで、明治学院大学で「記号哲学講義」というタイトルで、およそ80回の特別講義を行なったが、川口さんはほとんど無欠席でそれに参加し、ときには私の話を修正したり、補足してくださった。また、川口さんは「季刊オーケストラ」にエッセーを連載していたが、最近はユダヤ教にも関心を向け、2016年冬号では、プラハでのカフカについての経験などをまじえた興味ある文章を載せた。その続編が読めないのは、まことに残念である。
 あるとき川口さんは新しい名刺を私に渡したが、その肩書きは「宇波彰現代哲学研究所研究員」であった。また彼が雑誌などに書くときも、ブログでも、その肩書きが使われるようになった。そこで私は若い友人に頼んで、そういう名前の研究所のブログを作ってもらい、また「研究員」も決めた。現在そのブログは多くのひとが書き、また多数の読者がいる。私もしばしば書いているが、その始まりは川口さんの名刺である。
 昨年(2016年)、私は今日の反動的傾向を裏で動かしているように思える「日本会議」に注目し、若い友人たちを誘って「日本会議研究会」を作った。目下、月に一度のペースで会合を開き、報告•討議を行なっているが、川口さんは、私の誘いに応じてそこにも参加された。これから彼にも報告をして欲しいと期待していたが、それもならず無念である。彼はいつも現実の問題に眼を向けていた。
 彼はよく本を読むひとであった。彼が特に好きな作家は石川淳であった。またウンベルト•エーコにも強い関心を持っていて、やはりエーコを読んでいた私とこの記号学者•作家についてしばしば話をした。昨年もエーコの大作『プラハの墓地』についてふたりで語り合った。
 先日、私はヤナーチェクの「弦楽四重奏曲」の中古のCDを買ってきたが、川口さんがその製作にかかわっていたことがジャケットでわかった。彼の悲報はそのすぐあとに伝えられた。長年の友人を、しかも私よりはるかに若い人を失って本当につらい思いである。
(2017年3月8日) 

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