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宇波彰現代哲学研究所

多種多様な「知」の交流を通じ文化創造との実践的な橋渡しをめざし、新たな学問分野の開拓を行う研究機関のブログです。

遮蔽想起としてのレ・シャルメット―ルソー『告白』を読む(後編)

 3、隠された反実仮想命題

 ところで、この遮蔽想起としてのレ・シャルメットについて、さらに検討していきたいことがある。私が考えるに、この遮蔽想起は、もうひとつの反実仮想命題が隠れている。
先に、フロイトが遮蔽想起に、「人生において最も強力な二つの原動力」である「空腹と愛」に関する抑圧された欲望を読み込んでいることをみたが、上にあげた反実仮想命題は、愛に関するものであった。背後には、正式な結婚をしないまま長年連れ添い、五人の子供をもうけるもいずれも孤児院に送ることになった、テレーズとの関係に対する複雑な思いもあったろう。しかし、国外逃亡の途上で立ち寄ったサン=ピエール島で、豊かな自然に取り囲まれながら、テレーズと実に幸福な日々を送ったことを『告白』や『孤独な散歩者の夢想』に記しており、さらに、『告白』第一部を脱稿した直後には正式に結婚していることを考えると、孤独な国外逃亡と、レ・シャルメットの回想を記したことによって、ルソーの愛情問題は何らかの決着がつき、テレーズとの関係回復に至ったと考えてもよいのかもしれない。
ともあれ、問題としたいのは、ルソーの遮蔽想起には、愛の問題があること、そして、もう一つ空腹、パン(仕事)に関わる問題が潜んでいるということである。
それは『告白』第二部で明らかになることであるが、まず、第一部、レ・シャルメットの回想からそれと関連する描写をあげておこう。先に、ヴァランス夫人との日々が読書にはげむ日々でもあったことを見た。実際、哲学、自然科学、古典、地理、歴史、音楽史など様々な本を読んだことが語られている。しかしそれだけではない。ここには学識や英知に関する彼の考えが多々述べられている。
「わたしは何度もくりかえし読み、それを自分の手引きにすることにきめた。要するにわたしは病身にもかかわらず、というより病身ゆえに、抗しがたい力でしだいに研究に引きつけられてゆくのを感じた。そして、毎日をこれが最後の一日と考えながらも、いつまでも生きつづけられるかのように、熱心に研究にいそしんだ。」
「世をのがれ、たえず病気にかかっていたこの時期こそ、わたしの生涯でもっとも暇のすくなく、またもっとも退屈しなかった時期だということができる。こうして二、三ヵ月が過ぎてゆく間に、わたしは自分の精神の傾向を手さぐりし、一年中でいちばん美しい季節に、その季節につつまれた場所で、生のありがたさをしみじみと感じ、その魅力を味わった。」
「死が間近いという考えも、悲しみというより、むしろ静かなけだるい印象をあたえ、甘美な気持ちさえまじっていた。最近、古い書類のなかから自分自身に与えた訓戒のようなものを発見したが、それによると、死を直視しうる勇気の見出される年齢で、しかも心身ともに大きな苦痛をまだ味わわぬうちに死ぬことを、喜びとしていたようだ。なんとその予想の正しかったことか!苦しむために生きるのではないか、という予感がわたしはしていたのだ。晩年に自分を待ちうけている運命が、すでに予見できるように思えたのである。わたしはこの幸福な時代におけるほど、英知に近づいたことはなかったのだ。過去にたいする大きな後悔もなく、未来への心配からも解放され、たえず現在をたのしむことばかり考えていたのだから。」
 ルソーにとって英知とは、たくさんの本を読んで知識を得ることを必ずしも意味しないことがわかる。それは、「熱心に研究にいそし」み、「自分の精神の傾向を手探りし」美しい季節につつまれ、「生のありがたさをしみじみと感じる」ことや、死を直視しつつも苦しみなく死ぬこと、そして過去への後悔からも未来への心配からも解放され、「たえず現在を楽しむ」ことなどを意味していた。ヴァランス夫人との愛の日々は、このような意味で、自身の英知にとって幸福な日々として回想されるものでもあったのである。
しかし、すでに遮蔽想起の概念によってレ・シャルメットの回想を読解している以上、素朴にこれを事実として受け取ることはできないだろう。実際、上にあげた三つ目の引用文の中には、苦しみの中で死ぬことになるだろう現在の自分の影が顔を覗かせている。ここにユートピアを築かせたもの、それは、第一部を執筆する段階では抑圧していた外傷的事件であり、第二部でその内容は明らかになるものである。
 それは、国外逃亡を余儀なくされたという事件であろうか。もちろんそれは大きいが、それは大前提といえるものである。むしろ、第二部でそれと同じくらい重要なのは、国外逃亡を帰結する原因となったと、ルソーが遡及的にみなす事件である。つまり、懸賞論文に応募、当選して、一躍、哲学者仲間や社交界の寵児になった事件である。
 とりわけ、懸賞論文に応募した37歳の時の衝撃的な変化をルソーは繰り返し書いている。
「ある日、『メルキュール・ド・フランス』をもって、歩きながら読んでいると、ふと、ディジョンのアカデミから出された翌年度の懸賞論文の題が目にとまった。「学問・芸術の進歩は、風俗を堕落させたか、それとも純化させたか」。
これを読んだ瞬間、わたしは別の世界を見、別の人間になったのである。」
「彼(註:ディドロ)はわたしのそうした考えを発展させ、懸賞に応募するようにすすめた。わたしはそれに従った。そしてこの瞬間から、わたしは破滅してしまったのである。これ以後のわたしの生涯とさまざまな不幸は、すべてこの瞬間の錯乱の瞬間の必然的な結果なのだ。」
 過去の事実を書き、その後その事実に対する現在の評価を加えるという、ルソー独自の意識の二重化作用によるスタイルで書かれていることに注意しよう。懸賞論文の題目を見たことで「別の人間」になり、当時はまだ親しかったディドロのすすめでそれに応募した時から「破滅」してしまったのだと書いている。一般的な見地からすれば、大成功への道を歩んだことになるはずであるが、ルソーはそうは書かない。「不幸」の始まりだと書く。
そして38歳、懸賞論文に当選し、一躍有名になった時のこともこう書いている。
「まだ世間に名を知られていなかったころは、すべての知人に愛され、一人の敵もいなかった。それが有名になったとたん、もう友だちはいなくなった。だがそれ以上に不幸なことは、友と称しながら、友情にともなう権利を利用して、もっぱらわたしを破滅させることばかり考えている連中にとりかこまれていたことである。」
「このデビュから新しい道がひらけ、わたしは知的な別世界へみちびかれた。その単純で誇らかな仕組みを見て、わたしは感激をおさええなかった。だが、熱心にそれに頭をつっこんだ結果、間もなく、同時代の賢者の理論に誤謬と愚劣、この社会体制に抑圧と悲惨をのみ見いだすようになった。わたしはおろかな自負心にまどわされ、これらの幻影のすべてを吹き払うのが自分の天職であると思った。」
「わたしは社交界とはどのようなものかを知らず、またそれと調子を合わせることも、それに従うこともできないままに、心ならずも社交界に押し出されたのであった。」
「それまでは、わたしはただ善良であった。これ以後、わたしは有徳となる。少なくとも徳に酔うた。」
書くことで知的世界に参入し、「その単純で誇らかな仕組みを見て、わたしは感激をおさええなかった」と書く一方で、哲学者や社交界の仲間入りをすることで、「おろかな自負心」や「徳に酔う」ことに惑わされ、持ち前の「善良」さ、素朴さが失われ、友情も失ったことが語られている。ルソーは、書いたこと、有名になったことによって、得たことよりも失ったものについて繰り返し書いているのである。書かなければよかった、有名にならなければよかった、社交界の寵児にならなければよかった、哲学者たちとの交遊をもたなければよかった、と言わんばかりに。
「もし書かなければ、有名にならなければ、今のように逮捕命令が出て国外逃亡をすることにはならなかっただろう」という思いだけではなく、「もし書かなければ、有名にならなければ、私は優れた英知をもったまま、生きていただろう」という反実仮想命題が垣間見える。この後者の反実仮想命題において、「書かなければ、有名にならなければ」という条件節は現実と矛盾し不快を引き起こすので抑圧され、帰結節は、それと近い体験をしたことのあるレ・シャルメットに移動し、理想化された形で輝きを放つ―すでに遮蔽想起のメカニズムを検討した今、そのように解釈しても問題はないだろう。
ちなみに、書くことによって、有名になることによって、英知は失われるという認識は、懸賞論文以来、文明や社会、あるいは知識や技芸によって人はモラルを向上させるのではなく、むしろ、退歩させるという、ルソーにとって本質的な世界観であったことをここで思い起こしておいてもよかろう。レ・シャルメットに上書きされた青年の英知のありようは、ルソー個人の人生にとって輝かしいだけでなく、ルソーの学問にとっても理想のありようを示すものだったのである。
4、フィクション=現実としての遮蔽想起
 もっとも、ここで注意したいのは、私は、レ・シャルメットの回想が、遮蔽想起だとみなすことで、これをルソーのついた「作り話」だと言いたいわけではないということである。ルソーは書いている。
「ただ一つたのみになる忠実な道案内がある。それは一連の感情のつながりであり、これがわたしの存在の連続をしるしづけ、また、その感情の原因あるいは結果になった事件の連続をも明らかにするのである。中略事実の書きもらし、日付のとりちがえやまちがいは、やるかもしれぬ。だが自分の感じたこと、また感情の命じた行為についてまちがうことはない。そして、それこそ肝心のところなのだ。わたしの告白の本来の目的は、生涯のあらゆる境遇をつうじて、わたしの内部を正確に知ってもらうことである。わたしが約束したのは魂の歴史であり、それを忠実に書くには、ほかの覚書はなにも必要ではない。これまでわたしがやったように、ただ自我の内部にもどってゆけばそれでいいのだ。」
 ルソーにとって大事なのは、客観的事実ではなく、「一連の感情のつながり」が示す内的真実、すなわち「魂の歴史」である。「自分の感じたこと、また感情の命じた行為についてまちがうことはない」とまで書いている。だとすれば、ルソーはあながち「作り話」をしたわけではないのではないだろうか。
もちろん、本稿で見てきたように、レ・シャルメットの回想は遮蔽想起というフィクションである可能性が強い。しかしそのフィクションは、人生にとって最も大きな原動力である愛とパンという二つの問題についての抑圧された欲望と思考とに関わる「反実仮想命題」が潜んでおり、強い情動がそこに貫かれていると考えられることを見た。だとすると、「感情のつながり」あるいは「感情の命じた行為」によって示されるというルソーのいう内的真実は、まさにそこにこそ表明されているといえるのではないだろうか。
この問題を考えるにあたって、ここで想起しておきたいことがある。
それは、ルソーが、書いたこと、有名になったことを後悔する一方で、あくまでも自分の著作物や書くことに執着していたことである。
 「わたしの死後、わたしのもっとも価値ある、もっともすぐれた本において、わたしの名誉がけがされる、という考え」はおそろしく、「このときほどわたしは死を恐れたことはなかった」、そして「わたしの名は後世に残るべきものである。その名とともに、その名の持主である不幸な人間の思い出をも、つとめて後世につたえる義務がある。不正な敵どもがたえずでっちあげているようにではなく、実際にあったままに」と書いていることに注目しよう。
 書いたことで失ったものは大きい。書かなければよかったという悔恨の情をもつ一方で、書いたもので名誉を汚されることはなによりも恐ろしい。
思い出そう、『告白』は何よりも自らの名誉挽回、無罪証明のために書かれた書物なのである。1973年版『告白』の序文を書いたポンタリスは、この書物の本質が、「記憶」ではなく告白という「行為」であり、「失われた時を求めて」、ではなく「他者(読者)への訴え」、「弁明」にあることを強調している。書くことで失ったものは、書くことによって取り戻すしかないのだ。
実際、『告白』第二部は、「頭の上の天井には眼があり、まわりの壁には耳がある。いじわるで油断もスキもないスパイや見張りにとりかこまれて、不安で気分も統一できない」という精神状態の中でも、「実際にあったままに」、「敵の陰謀」を告発し、読者になんとか理解を求めるという悲壮な企てとなっている。
「不幸、裏切り、不信、そして悲しく痛ましい追憶」第二部におけるルソーの筆は、第一部、とりわけレ・シャルメットを記述していたときには抑圧することができた数々の不快な事実、外傷的事件を抉りだしていく。懸賞論文への投稿、当選と出版、社交界の寵児となるも消せない違和感、ディドロなど友人たちとの不和、パリからの遁走、友人たちの共謀、そして『エミール』の禁書処分、逮捕命令。書いて有名になったことで得たものや喜びについての記述は少なく、むしろ好んで不快な事実を書き記していく。
 そして最終章。
「ここに、かの闇の仕業がはじまる。以来八年のあいだ、わたしは、この闇のうちにとじこめられ、どんなにもがこうとも、そのおそるべき暗黒を見とおすことができないのだった。わたしを呑みこんだわざわいの深淵のなかにあって、わたしは、加えられる打撃をわが身に感じ、その直接の武器はみてとれたけれども、それをあやつっている人間も見えなければ、どんな手段を用いているかもわからないのだ。……わたしの破滅をもたらした人々は、公衆を彼らの陰謀の共犯者にしてしまって、しかも公衆はそうなっているとはつゆ知らず、その結果を見もしない。これは、あの連中が発見した途方もない術策であった。……あなたがたの手にとどく情報をあつめ、陰謀から陰謀へ、その手先から手先へとさかのぼっていって、全陰謀の首謀者たちまでたどっていただきたい。こうした探索の到達する終点がなにか、わたしは確実に知っているが、そこへゆきつくまでの暗い曲りくねった地下道で、わたしは迷ってしまうのだ。」
 176250歳、逮捕命令が出たあとのこととして、1770年頃記述していると考えられる。八年の開きはあるが、逮捕命令が出た時と、書いている現在時がもはや一続きであることがわかる。“Ici commence…”で始まるこの文章は、ルソーが、友人や公衆の共謀を確信するも相手が見えないこと、陰謀から陰謀へとたどって陰謀の首謀者を見つけようにも道筋が辿れず、そうした作業を読者に委ねたいということが語られており、「闇の仕業」が実は「迫害妄想」であり、ルソーは、それを前に手も足も出ないでいるのではないかとも読めるもので、悲痛をきわめている。それは、パラノイア精神病の罹患も推測させるものでもある。実際、そのような見地からの研究は少なくないし、父の名の排除を精神病の定義とするラカンの精神分析の見地からしても、ルソーの場合、ヴァランス夫人がファリックマザーとして機能しており、そのため父の機能が弱いとみることもでき、そうした解釈に誘う要因があることは事実である。
しかし、ここではそのような推測は控えておく。そうではなくて、“Ici commence…”というこの構文自体が、本稿でレ・シャルメットの回想について書いた時に引用した以下の文と同型であることに注意したい。
「ここでわたしの生涯の、短い幸福の時がはじまる。真に生きたといいうる資格をさずけてくれた、平和なだがつかの間の時が、ここにやってくる。後略。」
 “Ici commence…”、『告白』最終章でこう書いた時、ルソーの目には、やはり同じ構文で書かれたレ・シャルメットの光景が、ありありと想起されていたはずである。明らかに、ルソーはこの二つの時間を照応させているのであり、レ・シャルメットを記述していた時には抑圧、遮蔽していた現在時の姿をここで明かしているのである。
これまで、本稿では、レ・シャルメットの回想を、後の(現在の)印象と思考が代理されている遮蔽想起ととらえてきたが、この構文の反復は、レ・シャルメットの幸福な日々と逃亡生活を送る不快な現在時という、この二つの時間が密接に関わっていることを如実に語っているものなのではないだろうか。そしてこれこそ、ルソーの言う、過去と現在の「両時点において描く」こと、つまり、「受け取った印象の記憶と現在の感情とに同時に身をゆだねて」「魂の状態を二重に」して描くことの意味なのではないだろうか。
ここから二つのことが帰結として導かれる。
一つは、最初の“Ici commence…”で展開されたレ・シャルメットの回想は、現在の書く私を喜ばせ、一見、第二部と断絶があるように見えるが、そうではなく、それに隠された反実仮想命題がもつ強い情動、つまり悔恨の情によって第二部と強く結びついており、同時代の公衆への、未来の読者への弁明である第二部の執筆の駆動力となっているということ。
 もう一つは、二度目の“Ici commence…”で展開された出来事は、これまでほのめかし、予告してきた不幸がついにここに露呈したことを確認する同時に、幸福だったレ・シャルメットの回想との落差によって悲劇的感情を喚起し、無意識裡に生み出された反実仮想命題を「否、もはや(そもそも)それはない」という形で断念しつつそれを反芻するにいたったこと。
つまり、ルソーは“Ici commence…”の反復によって、幸福の感受とともに、悔恨と断念とその反芻という強い情動に突き動かされていると考えられるのである
 そうした意味で、レ・シャルメットの回想は、若き日の単なる一回想、他のエピソードと同列に置かれた一回想にとどまるものではない。ルソーの『告白』執筆という営為のすべてを貫く「情動の思考」とでもいうべきものの、汲み尽くしえぬ源泉としてとらえられるものであり、この上なく現実的なものなのである。
5、終わりに
 以上、ルソー『告白』の第一部、レ・シャルメットの回想をフロイトのいう「遮蔽想起」ととらえて分析してきた。結果、一見穏やかなレ・シャルメットの回想は、「もし私にあの人の心を満たすだけの度量があったなら、彼女とともに静謐で甘美な日々を生きることができただろう」、そして「もし書かなければ、有名にならなければ、(友人たちの共謀の餌食なることもなく、逮捕命令も出ず)私は優れた英知をもったまま生きていただろう」という無意識の生み出す反実仮想命題において、強い情動、悔恨の情がそこに貫かれていること、そして不幸な現在の露呈によってそうした命題を断念しつつ反芻するものでもあることを確認し、それが、若き日の一回想にとどまるものではなく、『告白』執筆のすべての、とりわけ第二部執筆の営為を駆動するリアルな想起であることを見た。
 ところで、本稿ではこれを書くにあたって、フロイト=ラカンのいう「遮蔽想起」という概念を使用した。しかしすでに書いたように、これは幼年期の想起であり、そのまま適用するには問題があるとする人もいるかもしれない。私もそう考え、フロイトの「症状」、ラカンの「幻想」の概念を使用することも考えたが、フロイトの「遮蔽想起」のテキストには「もしだったら、~だったかもしれない」という反実仮想命題についての言及があり、遮蔽想起に仮定されるこうした命題に、強い情動が潜んでいることを示唆していることに可能性をみて、あえてこの概念を使用した。これによって、告発、弁明の書である『告白』を貫く「情動の思考」の汲みつくしえぬ源泉を浮き彫りにできたと私は考えている。
 そういえば、ラカンは、遮蔽想起について語った1957年のセミネールでこう言っている。「なぜヴェールは人間にとって現実よりも大切なのでしょう」と。
 もちろん、ルソーは、このヴェールを愛しながらも、第二部においては、それを引き裂くように外傷的出来事を抉り出していく。その心的メカニズムは、フロイト=ラカンのいう快原理の彼岸にある「死の欲動」、あるいは書くことの「快楽」ではなく「享楽」(ラカン)を想起させるものである。
 しかし、最終章、逃亡中においても、「レ・シャルメットの甘美な生活を思い出させる」自然に包まれたサン=ピエール島で、テレーズと至福のひとときを過ごし、ルソーはそこで「この島で生を終えたいという熱烈な望み」を抱くにいたっている。むろん、恐れていたようにそこからまたも追放の憂き目にあうのだが、ヴェールとしてのレ・シャルメットは、その背後にある空無を示唆しつつも、ルソーの執筆を、生を、後々まで支え続けたことが伺われる。おそらく、それは、1960年以降のラカンなら、アガルマ、ひいては「対象a」と呼ぶことになるものであろう。
 ともあれ、本稿では、ロマン主義的想像力の源泉ともいえる、レ・シャルメットの幸福で美しい回想を遮蔽想起ととらえ、そのヴェールの背後に不快な心的外傷と、それによって作動される強い情動の痕跡をみた。『告白』は、18世紀フランスの啓蒙期に公共的世界との対立の中で析出された<私>の特異なエクリチュールであるが、こうしたヴェールと心的外傷、そして情動の作用こそ、ルソーにあって、<私>という形象を生み出す強力な原動力となっていたのだと思われる。そしてそれらはまた、回想というものの本質的な一面を照射するものでもあると私は考えている。その意味で、中川のいう、ルソーからシャトーブリアン、ネルヴァル、プルーストへと連なる意識の二重化作用も、あるいはこれと無縁のものではないのかもしれない。
202079日)

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