宇波彰現代哲学研究所

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今村仁司とベンヤミン (2)

<「歴史の概念について」の解読>

この小論では、そのような難解で「重層決定されている」としかいえない「歴史の概念について」を対象とした、今村仁司の『ベンヤミン「歴史哲学テーゼ」精読』(岩波現代文庫、2000、以下引用に際してはBRと略記し、そのあとにページ数を記す)を中心にして考察したい。その「あとがき」で今村仁司は次のように書いている。「彼(ベンヤミン)の思想は難解であるが、たんに理解しにくいのではなく、そのなかには直感的に読むもののこころを魅了するものが多々あるのである。私もまたベンヤミンの思想に魅了されたひとりであり、なぜ彼の思想に魅了されるのかを、なんとか自分の言葉で表現したいと願ってきた」(BR.189)。ベンヤミンのテクストに、何か読む者を引きつける力のあることはいうまでもない。
今村仁司がベンヤミンから受け取った強力なメッセージのなかで、最も重要なもののひとつは「星座」の概念である。「星座」はベンヤミンの教授資格審査論文『ドイツ悲劇の根源』の原文では、Konstellation ,Konfigurationというふたつのドイツ語が、ほとんど同じ意味で使われている。ベンヤミンの「星座」の概念はいたるところに見出されるが、一般には『ドイツ悲劇の根源』の最初の部分で述べられている、次のような考えがしばしば引用される。「理念と事物(事象)の関係は、星座(Konstellation)と星の関係に等しい。・・・もろもろの理念はそれぞれに、永遠不変の星座なのであり、そして諸構成要素がそのような星座のなかに位置する点として捉えられることによって、諸現象は分割され、かつ同時に、救出されている。」(ベンヤミン、浅井健次郎訳『ドイツ悲劇の根源 上』ちくま学芸文庫、p.33、以下DHと略記する。また原文については、Walter Benjamin,Ursprung des deutschen Trauespiel,Suhrkamp,1978により、UDと略記する。)
この「星座」の概念の起源については多くの説があり、ヘーゲル『精神現象学』においても見出した記憶がある。この「星座」の概念は、今村仁司の『ベンヤミン「歴史哲学テーゼ」精読』においても、一貫して用いられている。それどころか、この著作全体が、星座という概念を使って書かれ、またその解読になっているといっても過言ではない。今村仁司はそのことについて次のように書いている。「世界は、いわば星座のなかの星たちであるから、星たちをつなぐ力の組織力が世界のなかにかくれて存在する。この星座を取り出すことが、歴史哲学の認識なのである。」(BR.31)問題はどのようにして「星座を取り出す」かということである。先に引用したベンヤミンの星座論にある「諸構成要素がそのような星座のなかに位置する点として捉えられる」ことがどのようにして可能になるかというかという問題である。
星が点として把握されるとき、「諸現象は分割され、かつ同時に、救出される」のでるが、そのばあいの「救出」は何を意味するのか。ここで使われている動詞はrettenであるが、それには宗教的な意味はないのだろうか。宗教的な「救済」という意味では、ベンヤミンはerlosenということばを使っている。(『ドイツ悲劇の起源』に「救済の光のなかで」im Lichte der Erlosungという表現がある。UD.145)また、「星」と「救済」というふたつのことばのあるフランツ・ローゼンツヴァイクの著書『救済の星』のことが想起される。ベンヤミンは、マルチン・ブーバーとかかわりのあったこのユダヤ人の思想家に深い関心を持っていた。サミュエル・ウェーバーは、ベンヤミンを論じた論文(Samuel Weber,Theatricality as medium,Fordham University Press,2004,p.160)において、『ドイツ悲劇の起源』に示されているギリシア悲劇とドイツ・バロック悲劇との違いについての記述は、ローゼンツヴァイクの影響を受けていると指摘している。サミュエル・ウェーバーのこの著作の第6章は、ベンヤミンの『ドイツ悲劇の根源』における「アレゴリーと演劇性」をテーマにしている。この章の冒頭でウェーバーは次のように書いている。「『ドイツ悲劇の根源』においてベンヤミンはドイツの哀悼劇とギリシア悲劇との埋めることのできない距離を強調している。ギリシア悲劇は、ことばを語ることができず、語ろうともしない神話的・神政治的な秩序に対する<自己>の反抗を明白に示すものであるが、このような考え方は、誰よりもローゼンツヴァイクとその友人フローレンス・クリスティアン・ラングによるものである。」「救済」は特にわれわれには理解困難な概念であるが、とにかく今村仁司は彼自身の回答を提示している。


(つづく)

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