宇波彰現代哲学研究所

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今村仁司とベンヤミン (3)

<「救出」の方法>

今村仁司は、ベンヤミンの方法として、「二分法」をあげる。二分法とは、ある時代の「積極的な、生き生きとした部分と、消極的な部分」とを対比させ、前者が後者の存在によってのみ価値を持つと考えるものである。カラヴァッジョに代表され、レンブラントに受け継がれた、絵画における「光と闇の弁証法」であるキアロスクロの方法が、思想に適用されたといえるかもしれない。そして、ネガティヴな、消極的な部分として「いったん排除された否定的な部分」に、再び二分法を適用して次々に「救出」していくという操作を無限に続ける。それによって「過去の全体をもらさず救いとる」という救済の理念が実現される。それが「諸現象の救出」の意味だと考えられる。つまり、この二分法によって「すべてが」救出される。二分法は「救出」のための方法である。ここには今村仁司のベンヤミン論の核心がある。それは今村仁司がベンヤミンの「屑拾い」といっているのと同じことである。この二分法は、モンタージュであり、そのときにモンタージュのための材料となるのは「屑」である。今村仁司はベンヤミンにおける「屑拾い」の重要性を論じているが、フランス美術史家で、邦訳された『フラ・アンジェリコ』の著者としても知られているディディ=ユベルマンは、ベンヤミンが重視する「屑」がゲーテを起源とするものであると主張している。「トルソ、断片化した物体(身体)、物体的(身体的)断片、といった<真実の崇高な暴力>の火の下にある象徴の<屑>、この本質的に<批判的な>形象のなかには、痕跡・残滓のあらゆる哲学がある。」(George Didi=Huberman, Ce que nous voyons ce que nous regarde,Les Editions de Minuit,1992,p.130)ディディ=ユベルマンは、この「屑」が星座の構成要素であると考える。
ここで論じられているのは、ベンヤミンの歴史論である。それはきわめて難解な対象である。ベンヤミンが死の直前に書いたとされるテーゼ「歴史の概念について」は特にわかりにくい。今村仁司は、このテクストとまさに格闘している感じがする。今村仁司の星座論で重要なのは、星座の概念においては「輝く」ということが重要であるという指摘である(BR.25)。星は輝くことによって存在するが、星座を構成する「座」は、「目に見えない不在なもの」(BR.26)である。この「座」がどのようにして構成されるかということが問題である。「座」を構成するということは、歴史を作るということである。それは今村仁司のベンヤミン的星座の解読そのものにかかわる論点である。彼は星座について次のように説考えている。「ベンヤミンの種々の歴史哲学的テクストを総覧して、結論だけを取り出していえば、星座はとりわけて過去にあるといわれる。」(BR.)この「結論」がどういうプロセスを経て出されたものかが問題である。星座における過去と現在の関係がここで問われている。「歴史の概念について」の「テーゼXIV」において、ベンヤミンは次のように述べる。「歴史という構造物の場を形成するのは、均質で空虚な時間ではなくて、<いま>によってみたされた時間である。」(BR.74)このテクストもまた「重層決定」されているが、特に「いま」という概念が難解であり、今村仁司の格闘がよくわかる。ところで、この翻訳で「歴史という構造物」と訳さされている原文は、Die Geschichte ist Gegenstand einer Konstruktionであり、逐語的に訳すと、「歴史はひとつの構築の対象である」ということになる。(Walter Benjamin, Zur Kritik der Gewalt und andere Aufsatze,Suhrkamp,1965,S.90)つまり、歴史とは「構築するもの」であり、「構築されたもの」ではない。しかし、その構築は、過去の資料を集めて再構成するといった意味での構築ではない。
ベンヤミンと「星座」を構成するひとりがエイゼンシュテインである。それは「モンタージュ」という媒介によって構成される。ベンヤミンの『パッサージュ論』は、エイゼンシュテインが映画の領域で実行したモンタージュを、歴史の領域で行なおうとしたものだと理解されている。「戦艦ポチョムキン」が作られた1925年に、ベンヤミンはエイゼンシュテインの生地であるラトビアのリガを訪れている。そして1927年の1月に、モスクワで「戦艦ポチョムキン」を見ているのであり、それはベンヤミンの『モスクワの冬』によって知ることができる。『パッサージュ論』の膨大な引用はまさにモンタージュの技法によって意味を生産する。そのことについて今村仁司は、『パッサージュ論Ⅳ』の解説で、次のように書いている。「歴史的過去の解読の方法を、パッサージュ論のベンヤミンはモンタージュ論として定義している(N1.10)。モンタージュ論の狙いは、単に眼前の現象を組み立てることではない。それは、過去が現在に衝突して、その衝撃の火花によって、過去の文脈から分離された事物(破片)を破局の地平で再構成する。」(『パッサージュ論Ⅳ』岩波書店、1993,p.357 この引用で(N1,10)とあるのは『パッサージュ論』の断片の番号である。)

(つづく)

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