宇波彰現代哲学研究所

多種多様な「知」の交流を通じ文化創造との実践的な橋渡しをめざし、新たな学問分野の開拓を行う研究機関のブログです。

不可視の偶像   『象徴図像研究 動物と象徴』書評

本書は、和光大学の研究グループ「象徴図像研究会」の会報に載った論文のアンソロジーである。人間は遠い昔から動物と深い関わりをもって暮らしてきた。そのため、動物をテーマにした図像がいたるところに存在している。ラスコーの壁画はその一例にすぎない。この論文集は、図像化された動物が文化史のなかで演じてきた役割を多様な視点から論じたものである。ここでは本書のなかで評者にとって特に印象的であったいくつかの論文を紹介しておきたい。
土井淑子の「古代中国の動物図像」は、古代の中国人がどのように動物図像を描いてきたかを、アロイス・リーグルなどの理論を的確に用いつつ論じたきわめて注目すべき論文である。中国古代のひとびとにとって、動物は「単に地上に生息する生物ではありえず、人間の不可視的世界を仮託するものであった」とする土井淑子は、空想的動物図像の成立過程と文明社会の発展とのつながりに注目する。「不可視的世界」とは、単純に考えれば「神」の領域であり、ラカンの用語を使えばル・レエルである。この世界は不可視であるが故に、人間は時にあらゆる方法を使ってそれを可視化しようとする。そればあいによって「偶像」となる。イコン破壊運動がその反動として現れる。不可視のものの可視化は、ときには「動物」というかたちになる。土井淑子によると、中国においては、春秋戦国時代が動物図像の「一大転換期」であり、彼女は、その時代に図像に描かれた動物が急に動き出したことに眼を向ける。これまで側面だけを見せて静止していた動物たちが、「疾走したり、身体をくねらせたり、闘争したり」し始める。ブルデューのことばを借りるならば、そこには動物の「身体技法」が見える。読者はそこに添えられた図版によって、この興味ある指摘に納得するであろう。(残念なことに、この論文を書いた土井淑子は1994年に亡くなった。)
このような動物のイメージが変化していくプロセスは、甲子雅代の「スィームルグについて」でも論じられている。古代のスィームルグは、「鋭い牙と爪のある猛々しい動物」としてイメージ化されていたが、イスラム期になると「霊鳥」に変貌し、西アジアのレリーフや織物の図柄として使われるようになる。甲子雅代は、この霊鳥のイメージを13世紀にモンゴル軍によって殺されたというイランの詩人アッタールの作品『鳥の言葉』と関連させて論じている。
中村忠男の「王の見えざるところ 南インドのある小王権の巡航儀礼について」は、南インドのケラーラ州に残っている小さな王国の「王の巡礼」の意味を探ったものである。アジアの国家のなかには今日でもその内部に部族社会を残しているところがある。国家や、州のような行政組織とは別の権力組織が存在している。数年前に私はイエメンを訪れる機会があったが、そこでは「国家」よりも「部族」が優位にあることを実感した。中村忠男のこの論文は、「王の巡礼」のフィールドワークの報告であるが、それと同時に、インドという国家、ケラーラ州、地方の王権、祭祀組織などの複雑な相互関係を理解させるために貴重な示唆を与える。何よりも「生きた報告」であるところが魅力である。
北進一の「神異なる仮面の高僧」は、5,6世紀の中国に実在した宝誌和尚の像の分析である。宝誌和尚の像は、京都国立博物館や敦煌にもあるが、北進一は中国四川省の石窟にある像を調査した。宝誌和尚は鷹の巣から拾われてきたという伝説のある人物で、同時に複数の場所に存在できる分身の術も持っていたという。その像の足の爪は鋭い鳥の爪になっている。北進一は、この異様な人物の像が「観音菩薩の化身から地蔵菩薩の化身」へと変化していくプロセスも追いかけている。
前田たつひこの「ガンダーラのヴァジラパーニをめぐる一考察」も興味をそそるテーマを扱っている。われわれの周辺にある「石仏」のなかにも、執金剛があるが、前田たつひこが論じているのはその原型にほかならない。ヴァジラとは金剛杵のことであり、ヴァジラパーニとは「金剛杵を持つ者」のことで、仏伝図(仏陀の生涯を描くレリーフなど)ではいつも仏陀に付き従っている。前田たつひこは、このヴァジラパーニがどういう服装をしているか、どんな顔つきであるか、仏伝図のどういう場面に登場するかを考察している。また、ヘラクレスやゼウスの像との類似・差異を論じているところも注目される。
本書にはこのほかにも興味をひく多くの論文が収められている。本書を通読するならば、人間の想像力がどれほど動物とかかわってきたかがよく理解されるであろう。そこにはかつてジルベール・デュランが論じた「想像力の人類学的構造」が見えてくる。


(付記。この書評は「週刊読書人」2006年6月30日号に掲載されたものであるが、改稿してここにアップした。)

PageTop

コメント


管理者にだけ表示を許可する