宇波彰現代哲学研究所

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ピエール・ブルデュー、『結婚戦略』(丸山茂他訳、藤原書店、2007)を読む

都市と農村の関係は、社会学・人類学・哲学の重要なテーマのひとつである。この『結婚戦略』は、1950年代のフランス農村の変貌を、都市との関係を意識しつつ考察した、若き日のピエール・ブルデューの力作である。そして本書には、彼が死の前年である2001年に書いた、重要な意味を持つ序文が付け加えられている。アルジェリアの農民家族についてのフィールドワークを行なってきたブルデューは、クセジュ文庫で『アルジェリアの社会学』(1958年)を、さらに共著であるが、『アルジェリアの労働と労働者』(1964年)を刊行した。次に自分の故郷である南フランスの農村を対象とする調査を行い、「伝統的農業の危機」を研究のテーマのひとつにした。この『結婚戦略』もそうした農村研究のひとつである。しかしこれは、フランス農村の「崩壊」をルポルタージュ風に記述したものではなく、彼の社会学の理論的的方法が形成されつつ用いられている論文である。
たしかにブルデューは、農村の「婚姻交換システムが根本的に破綻に瀕している状況」、つまり「農村の男性が結婚できない」という状況を描いてはいる。しかし、そこに提示されているのは、単なる報告や描写ではない。本書の原タイトルは「独身者たちのダンスパーティ」である。ブルデューは、クリスマスのダンスパーティに参加した「独身の男たち」の発言と行動をつぶさに観察し、分析する。「ある行為システム」が崩壊し、別のシステムが作られるプロセスが、このパーティで見えてくる。フランスの農村では、この行為システムの変化によって、共同体組織、祭り、葬式、共同作業、隣人関係といった農村を支えてきた伝統的な「農民的諸価値」が消滅し「転覆」した。
この「転覆」は、農村と都市との棲み分けが崩壊した結果である。「このパーティを通じて、あらゆる都市の世界が、その文化的モデルと音楽、ダンス、身体技法とともに農民世界に侵入してくる」のである。つまり、「農民的諸価値の転覆」は都市の市民によってもたらされたものである。その考察にあたってブルデューは農民の「身体的ふるまい」に注目している。それは本書のクライマックスといえる「農民とその身体」の章で示されている。歩き方や身のこなしといった「身体技法」は、農村のなかでは誰も疑問視ししない。しかし、都市と接触するようになると、農民の「身体技法」は相対化されてしまう。都市的なものが農村的なものを相対化し、破壊するプロセスが、「身体技法」、つまり農民の体の動かし方という、視覚的・具体的なものを媒介にして論じられている。そこにブルデューの思考の最大の特徴がある。これは、本書のなかで最も注目すべき部分である。
ここで用いられている「身体技法」(les tecniques du corps)の概念は、マルセル・モースに由来する。モースには「身体技法」という表題の論文もある。この概念はレヴィ=ストロースに受け継がれ、さらにラカンも『セミネール16』で言及している(p.197)。J.P.ヴェルナンの『ギリシア思想の起源』(吉田敦彦訳、みすず書房、1970)には、スパルタの若者教育では「慎み」が重視されたが、それは「慎みある歩き方、視線、言葉使い」を求めるものであった(p.95)。それはまさに「身体技法」である。ヴェルナンは、それが「心理的形態の外面化」であると説いている(p.95)。ブルデューは、『実践的理性』において、「社会空間とシンボル空間というモデル」を提示している(Pierre Bourdieu,Raisons pratiques,Seuil,1994,p.15)。ここでブルデューが「シンボル空間」(espacesymbolique)と呼んでいるものは、彼が南フランスの農村で確認した自動車の車種、祭りの衰退、農民の身体技法などのことにほかならない。
 ブルデューは統計を無視するわけではない。しかし本書を読むと、彼がどれほど伝統的な「社会学的調査」から離れているかがわかる。ブルデューは、「通りすがりにいつも見ていた彫刻のある扉、村祭りの行事、(農民が使っている)自動車の使用年数とメーカー名」に眼をとめる。しかもブルデューが注目したそれらの対象は、けっして単なる「データ」ではなく、「科学的熱狂の対象」であった。彼の思考は、このような「熱狂」によって支えられている。
この方法によって、「独身者たちのダンスパーティ」が、「婚姻市場の新たな論理の可視的形態」として見えてくる。しかしそれはただ単に、ディテールに注目するということではない。ブルデューは序文の冒頭で、「理論的分析というものは深化すればするほど観察データに近接する」と書いている。理論と実践が表裏一体であるということである。「理論的な問題のなかに実践感覚が内在する」という見方は、ブルデューの『パスカル的省察』でも語られている。(P.Bourdieu, Meditations pascaliennes,Seuil,1997,p.11)『結婚戦略』の序文で語られている「体験を認識に変える」という方法は、理論と実践の相互浸透を前提としている。本書には、ブルデューの思考の方法が明確なかたちで示されて、それがフランス農民の結婚という具体的な問題をテーマに用いられている。

(付記。この拙稿は「週刊読書人」2008年2月22日号に掲載された書評をもとにしている。ここにアップしたのは、その書評に大幅な訂正・加筆をしたものである。ブルデューの思想を支えているのはパスカルである。自らを「パスカリアン」と規定するブルデューの『パスカル的省察』の邦訳が待たれる。2008年4月15日)

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