宇波彰現代哲学研究所

多種多様な「知」の交流を通じ文化創造との実践的な橋渡しをめざし、新たな学問分野の開拓を行う研究機関のブログです。

反デモクラシー的建築/宇波彰

丹下健三論について

 先日、新宿の東口のあたりを歩いていると、カナダ人だという中年のカップルに東京都庁舎への道を尋ねられた。彼らは「丹下健三の作品を見に来た」といっていた。確かに、海外で最も知られている日本の建築家は丹下健三である。しかし私は彼の建築を支える「思想」に疑問を持ち、批判の論文を書いたことがある。ここに示す文章は、2005年の「建築ジャーナル」に発表したものに、多少の加筆訂正を行なったものである。私がこの論文を発表してまもなく、丹下健三は亡くなった。 (2007.11.11)


―・―・―・―・― 以下本文 ―・―・―・―・―


 丹下健三の建築とデモクラシーの関係というテーマは、きわめて重要である。それは基本的には、政治と建築の関係の問題になるからである。2007年に刊行された、ディアン・スジックの『巨大建築という欲望』(紀伊国屋書店)は、権力・財力を持つ者がどれほど建築を重視してきたか、また建築家がいかに権力・財力を持つものにすり寄ってきたかを描いた注目すべき著作である。パソコンの画面で丹下健三の仕事についての情報を検索していてすぐに気付くのは、1942年にプランが作られた「大東亜建設造営計画」や「バンコク文化会館」については何も記されていないということである。それらの建築を支える思想は、全体主義的・国家主義的なものであった。それらの建築は設計の段階で終わったものではあるが、そこには明らかな反デモクラシー的、権力志向的なものがある。しかし、少なくともインターネット上での情報では、それらの建築に関する情報は隠されている。
戦後に実際に作られた広島平和記念館が、実は戦時中の丹下健三のそうした帝国主義的思想と連続し、かつ断絶していることについては、「建築ジャーナル」(1995年12月号)で論じたことがあるが、結局、丹下健三の建築は、時代の風潮に迎合していくことによって成立するように見える。そうすると、丹下健三が二度にわたって手がけた戦後の東京都庁舎は、デモクラシー的な建築になる可能性もあったあはずである。
 しかし、私が新宿西口にそそり立つ新しい東京都庁舎に最初に入ったときの印象は、「冷たい」の一語に尽きる。この巨大な建築はどこが入口なのかよくわからないし、入っても職員の誰かが、「いらっしゃいませ」といって迎えてくれるわけではなく、帰り際に「またどうぞお越しくださいませ」とコンビニの店員のようなお世辞をいうわけでもない。それは建物のせいではないかもしれないが、そういうお世辞をいってくれる人が配置できる構造ではない。もちろんひとりひとりの都の職員は親切に応対し、仕事を熱心にしている。しかし、彼女たち、彼らが働く職場の建物はどう見ても威圧的である。
 この庁舎に、石原慎太郎の東京政権の中心がある。そこでは例えば君が代を歌わず、日の丸の掲揚に反対する都の教員の「処分」が決定される。アルチュセールのいう抑圧的国家装置の典型である。山口二郎は、『戦後政治の崩壊』(岩波新書、2004年)の中で、石原慎太郎について次のように書いている。「彼は<三国人>発言など、外国人、女性、障害者などに対する差別、偏見を公然とすることで悪名高い。これは民主主義国ではありえないことである。」山口二郎は、このような人物を知事に選ぶ東京都民の行動を「暗澹たる」思いで、見ていると書いているが、とにかく丹下健三の都庁舎は、都民によって選ばれた石原慎太郎が都民に向かって権力を行使する装置になっている。それはデモクラシーに反する建築ではないか。この建築が石原知事を生み出したのだともいえる。
 この超高層のスカイスクレーパーの周辺には多くの高層建築物がある。したがってそれは、周囲を睥睨してそそり立つという存在ではない。かつて江戸城の天守閣は、62メートルの高さの建築物であることによって、江戸という都市全体を監視する機能を、少なくとも象徴的には持っていた。(菊竹清訓の東京江戸博物館が高さ62メートルになっているのは、「一望監視設備」としての江戸城天守閣のアナロジー的再生産の試みである。)しかし、現代の都庁舎はもはや周囲に群生している高層建築物の存在によって「高さ」を主張できなくなっている。都庁の「大きいこと」は、すでに相対化された。権力を持つ者や権威あるものが、例えば城や大聖堂のような物理的に巨大な建築物を象徴的に使う時代はすでに終わった。民衆を管理し、監視するためには、すでに庁舎など不要である。そのことはカフカの『城』で立証済みである。
東京都庁で恐ろしいのは、この建物の大きさではない。そこに内蔵されているコンピュータ・システムである。そこには東京都民のあらゆるデータが内蔵されている。現代は「監視社会」である。現代の監視は高い天守閣からの直接的・パノプチコン的監視ではない。監視する側はまったく姿を見せない。個人のあらゆるデータが、都庁のどこかに隠されている。そうだとすると、都庁舎はそんなに大きくなくてもいいはずである。いまの都庁はこけおどしであり、その建築物は保守系政治家と深いつながりのある赤坂プリンスホテルとともにきわめて反デモクラシー的である。(2007年11月7日改稿)

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マッシュアップサーチラボ 2007年11月21日(Wed) 18:31