宇波彰現代哲学研究所

多種多様な「知」の交流を通じ文化創造との実践的な橋渡しをめざし、新たな学問分野の開拓を行う研究機関のブログです。

田母神論文の裏側 前編

自衛隊航空幕僚長の職にあった田母神俊雄が、先の戦争について日本に責任があるとするのは「ぬれ衣」だという論文を公表し、そのために更迭されることになった。ところが、田母神俊雄の意見はもっともだというひとが少なくない。歴代の航空幕僚長の出身学校をインターネットで調べてみると、初代は「東京帝国大学」であるが、しばらくのあいだは「陸士・海兵」の出身者たちであり、源田実の名もある(「陸士」というのは「陸軍士官学校」、「海兵」は「海軍兵学校」の略称で、それぞれ旧日本軍の陸軍・海軍の幹部を養成する組織であった)。つまり、航空幕僚長は、ある時期までは旧日本軍の幹部の「生き残り」たちが占めていた役職であり、そのあとは防衛大学校出身のエリートたちのポストになっている。 つまりそこには旧日本軍の伝統が何らかのかたちで残っているとみるべきであり、さらに防衛大学校野幕僚学校ではどのような「思想教育」が行われているのかという問題ともつながっている。つまり田母神俊雄の論文は、けっして孤立した状況のなかで書かれたものではなく、その周辺には彼を支える「空気」が存在している。 次に、この論文に対するマスコミなどの反応にも注意しておく必要がある。産経新聞「正論」には、田母神論文についていくつかの賛成意見が現れた。そのなかで私が注目したもののひとつは、11月6日に掲載された小堀桂一郎の「空幕長更迭事件と政府の姿勢」である。小堀桂一郎は東京大学名誉教授で、森鴎外の孫にあたる。以前に鴎外についての彼の文章を読んだことがあるが、ほかの人が使えないような資料を使って論じたものであった。 小堀桂一郎は「旧かな」で書かれたこの「正論」において田母神論文を次のように評価している。「<日本は侵略戦争をした>との所謂東京裁判史観に対する反論・反証の諸家の研究成果をよく取り入れ、是亦短いながら日本侵略国家説に真向からの反撃を呈する見事な一篇となってゐる」。つまり、田母神論文は小堀桂一郎によって激賞されているのである。 11月1日付の東京新聞の記事によると、田母神論文について笠原十九司(都留文科大学教授)は「小学校・中学校から勉強し直した方がいいのでは」とコメントしている。おそらくこの笠原十九司に対する反論のひとつと思われるが、11月7日の産経新聞「正論」で櫻田淳(東洋学園大学准教授)は次のように書いている。「田母神論稿を批判する<進歩・左翼>知識層の所見には<小学校から歴史を勉強し直せ>というものがあったけれど、この所見それ自体は、自説と認識を異にする意見への偏狭さの趣を漂わせるものであった」。つまり東京新聞で示された笠原十九司の見解は「進歩・左翼知識層」の偏狭の表われだとされている。しかし、「進歩・左翼知識層」なるものは、はたして存在しているのだろうか?それにひきかえ、産経新聞を中心とする「右翼・保守知識層」はまことに「層」が厚いようにみえる。私が昨2007年に『記号的理性批判』(御茶の水書房)においても批判した中西輝政(京都大学教授)もあいかわらず健在で、「週刊新潮」(11月13日号)で田母神論文を持ち上げている。 中西輝政は日本の戦後史学がいわゆる「自虐史観」に支配されてきたとし、「田母神さんのような方が正しい歴史認識を示されたのは、むしろ大変喜ぶべきこと」だと評価している。田母神論文が「正しい歴史認識」だという判断はどこから出てくるのか。東大名誉教授や京大教授が、この論文を肯定し、高い評価を与えていることに注意しなくてはならない。そして11月8日付産経新聞の「週刊誌ウォッチング」で、雑誌「WILL」の編集長である花田紀凱は、この中西輝政の意見について「まさにその通りだ」と賛成している。「右翼・保守知識層」の見解はこのように反復され、増幅されて流通する。

(つづく)

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コメント


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鴎外の孫

先生のご意見には賛成です。ただし、小堀桂一郎は鴎外の孫ではありません。小堀鞆音という日本画家の孫です。

sheepsong55 | URL | 2009年04月12日(Sun)00:50 [EDIT]


ご指摘洗いがとうございました。ご指摘の誤記は<情況>掲
載のものについてと存じます。ブログにアップするに当たって、ご
指摘の部分も含めて訂正してあります。ご了承ください。

宇波彰 | URL | 2009年04月14日(Tue)13:26 [EDIT]


2つの見方

確かに戦争賛美も血なまぐさくて辟易するものはありますが、かといって自虐史観も、過去の人の努力は何もかもが無意味で無駄だったと言っているようで、聞いていてうんざりします。日本の経済発展は、戦争時代の必死の努力と無関係ではありません。

兄弟国の東アジアの国からは戦時の問題行動についていろいろ言われるでしょうが、黒人<アジア人<白人みたいなパラダイムから、現代でも正直未だに抜けきれないのに、60年も前に他のアジア諸国には真似のできない、大胆な挑戦、アジア人としてヨーロッパ世界を相手に覇を唱えようとしていた時代があった、という事を確認するだけで良いのではないでしょうか?それを恥ずかしく思うか、誇りに思うかは人それぞれ。他の国がどう思うかもそれぞれ。両方の見方がある、というのが真実だと思います。

アメリカの空爆による国内の甚大な被害は、そのあたりの文脈とは少し離れた人種的な側面も含んだ根深いもので、政治的には戦後の世界的な影響力を考えた派手なパフォーマンスであり、感情的には白人以外は死者数をカウントすることにも特に意味がない(人間を殺しているという感覚がない)ことから来るものだったと思います。人種差別という「文化」は、ただの偏見とは異なり、居住エリアを分けるなどの徹底した態度は白人特有のものであり、その本能的な深い部分は日本人の想像を超えます。言いにくいのですが。

最後に、当然ですが、現代人の感覚としては、「戦争はいやなもの」でいいと思います。昔は単純にそうではなかったでしょ?武力を背景にすることが結局国の力関係を決めていた(今も多くの国はそのようですが)わけですから。

こんなページも最近みて、意外で興味深かったです。

http://nandakorea.sakura.ne.jp/html/daitoua.html

(念のためですが、私とは一切無関係のHPです)

SASA | URL | 2010年01月09日(Sat)06:18 [EDIT]