宇波彰現代哲学研究所

多種多様な「知」の交流を通じ文化創造との実践的な橋渡しをめざし、新たな学問分野の開拓を行う研究機関のブログです。

中国の写真家たち

去る2月中旬に、中国雲南省に出かけた。中国へ行くのはこれが8回目であるが、雲南省は初めてである。雲南省の面積は39万平方キロというから、日本よりも広い。省都は昆明(クンミン)で、急激に膨張しつつある人口500万の大都市である。この都市の中心のあたりは、まさに雑踏の街である。高級なホテルのそばには、一人前8元(120円)の食事を提供する大衆食堂があり、料理人募集のビラが貼ってある。その近くの道ばたでは、耳掃除をするひとたちが小さな椅子に座っているが、客はいなかった。その近くには、雲南省の名産だという翡翠の加工品を売っている高級な店がある。そういう雑多なものが混在していて、非常に活気がある。  昆明から南へ400キロほど行ったあたりに元陽という都市がある(陽は現代中国では阝に日と書く)。イ族、ハニ族などの少数民族の自治区であり、ほかにも多くの少数民族が共存している。そのあたりはいたるところに山の斜面を利用した棚田(中国語では「梯田」と書く)での稲作が行われている。ヴェトナム、ラオス、ミャンマーなどの農耕民族が、何かの理由で、雲南省に移ってきて、そこで水田耕作を続けようとしたとき、平地がないので、棚田を作るようになったのかもしれない。棚田の耕作に使われているのは水牛であり、車の走る近代的な道路にも、水牛・豚・アヒルが闊歩している。犬はたくさんいて、市場には狗肉も売っていたが、猫はほとんど見なかった。働いているのは女性であり、土産物などを売りに来るのも女の子ばかりだった。しかし、畑にいたひとりの農婦はケータイを使っていた。  この棚田は、稲作をしない冬のあいだも水が張ってある。その水が、朝夕は太陽の光に反射してさまざまな色彩の変化を見せるので、多数の中国人が写真を撮りに来ていた。棚田の写真を撮るのが、一種の流行現象になっているように見えた。2月が棚田の撮影に最もいい条件であるらしく、それも日の出、日の入りの前後の棚田の写真がいいらしい。多くの中国人「写真家」が、朝早くから、また日没のあとまで、いずれも高級な日本製カメラを三脚の上に取り付けてシャッターチャンスをねらっている。台湾製のカメラも一度だけ見かけた。
私はカメラを持っていなかったので、そうした中国人たちの行動を見ているだけだったが、気づいたのは彼らのうち誰ひとりとしてビデオカメラを使ってはいないということだった。そうすると、この数千人の「写真家」たちは、ひたすら自分の楽しみのために棚田の写真を撮っていることになる。中国の家族・社会の変化の一端が見えてきたような気がした。私は14年前に膝の皿を割って、手術して治したが、そん古傷が昨年になって痛み始め、一時はほとんど歩けなくなった。整形外科の医師はヒアルロン酸の注射を繰り返したが、以前にこのブログで書いたように、この注射は7回で保険がきかなくなる。その理由はまだ調べてないが、一本3000円するので、医師は7回でやめにしたのである。それでも昨年はそれで何とか歩けるようになったのだが、今年になって中国に出かける少し前にまた痛くなり、空港の中での移動のときなどに少し困ったこともあった。私が中国人写真家たちの行動を観察していると、立っている私の足がやや不自由なことに気づいたひとりの見知らぬ中国人女性が、どこかから小さな椅子を持ってきて座るようにといってくれた。  また雲南省には、広大な菜の花畑もある。その菜の花畑は東京都と同じほどの面積に広がっているというが、文字通りの「一面の菜の花」である。「いちめんのなのはな」ということばを繰り返して書かれた山村暮鳥の「風景」という有名な詩があるが、雲南省の菜の花畑にはとても及ばない。それは「風景」というようなものではない。世界全体が菜の花である。 北京はすっかり変わってしまったと多くの人が言っている。オリンピックの影響もあって、北京空港はすっかりモダンになり、空港内にはしゃれたコーヒーショップもある。カフェオレが25元、ビールが18元だった。係の若い女性は英語も話せるようだった。空港はあまりにも広く、空港内の移動には10元で乗れるカートもあった。とにかく超モダンな空港である。  しかし、雲南省の農村では昔ながらの農耕法が用いられていて、これは陶淵明のいう「田園」(田と畑のこと)が続いているのかと思ったりしたが、おそらく農村にもしだいに近代化・グローバリゼーションの波が押し寄せてくるであろう。その変化のプロセスを、またこの眼で見たいと思った。昆明から北京への飛行機の中で、隣席の中国人は北京の大学院で国際政治学を勉強しているといっていたが、日本にも深い関心を持っていることが感じられた。しかしその青年はおそらく富裕階級の出身であり、雲南省の山地で石をかついで黙々と働く女性労働者と彼との「格差」は明白である。 (2009年3月1日)


(付記。この研究所のブログは宇波彰だけが書いているのではなく、「研究所員」が自由に意見を発表する場所です。「カテゴリー」のところにご注意下さい。そこに筆者の名前が記してあります。)

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