宇波彰現代哲学研究所

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田母神論文を支えるもの (2)

保守派論壇の支持

まず、この論文を生み出したイデオロギー的構造であるが、それはきわめて大きなものであり、歴史的な広がりのあるものである。この構造の根底にあるものは、明治以降のいわゆる近代日本のイデオロギーが内蔵する、狭い見方に基づく国家主義と、外国に対する差別意識である。さらにこの差別意識の歴史的背景として、本居宣長に代表される排他的・自民族中心主義がある。江戸時代にはこの差別意識は存在はしていたが、中国・朝鮮を極度に蔑視するものではなかった。それが明治になって、差別意識がどのようにアジア諸国、特に中国・朝鮮に向けられて行ったのかを検証する作業が求められよう。
もうひとつのイデオロギー的構造は、この論文に対するマスコミなどの反応によって形成されつつある。それは反応であるとともに、この論文を支えるものである。つまり、「反応」がそのまま構造を強化することになる。産経新聞「正論」には、田母神論文についていくつかの賛成意見が現れた。そのなかで私が注目したもののひとつは、2008年11月6日に掲載された小堀桂一郎の「空幕長更迭事件と政府の姿勢」である。小堀桂一郎は東京大学名誉教授であるが、教授であったころに、留学生を歓迎するある集会で「天皇陛下万歳」を参加者に強要して顰蹙を買ったと伝えられる人物である。 その小堀桂一郎は「旧かな」で書かれたこの「正論」において田母神論文を次のように評価している。「<日本は侵略戦争をした>との所謂東京裁判史観に対する反論・反証の諸家の研究成果をよく取り入れ、是亦短いながら日本侵略国家説に真向からの反撃を呈する見事な一篇となってゐる」。つまり、田母神論文は小堀桂一郎によって「激賞」されているのである。旧かなで書かれている上に、難解な漢語が使われているので、若い人たちには、読みにくいと思われるが、雑誌「WILL」(2008年12月号)で、渡部昇一を始めとするひとたちが、小堀桂一郎の田母神論文評価を肯定している。「諸君!」2009年1月号でも、櫻井よしこを始めとする「論客」たちがこの田母神論文を賞賛している。このような連鎖構造に注意しなければならない。(いわゆる保守派の論客のなかでは、防衛大学校第7期限卒だという森本敏がこの論文に批判的である。)

批判と反批判

2008年11月1日付の東京新聞の記事によると、田母神論文について笠原十九司(都留文科大学教授)は「小学校・中学校から勉強し直した方がいいのでは」とコメントしている。おそらくこの笠原十九司に対する反論のひとつと思われるが、11月7日の産経新聞「正論」で櫻田淳(東洋学園大学准教授)は次のように書いている。「田母神論稿を批判する<進歩・左翼>知識層の所見には<小学校から歴史を勉強し直せ>というものがあったけれど、この所見それ自体は、自説と認識を異にする意見への偏狭さの趣を漂わせるものであった」。つまり東京新聞で示された笠原十九司のような見解は「進歩・左翼知識層」の偏狭の表われだとされている。しかし、「進歩・左翼知識層」なるものは、はたして存在しているのだろうか?それにひきかえ、産経新聞を中心とする「右翼・保守知識層」はまことに「層」が厚いようにみえる。私が2007年に『記号的理性批判』(御茶の水書房)においても批判した中西輝政(京都大学教授)もあいかわらず健在で、「週刊新潮」(2008年11月13日号)、「WILL」2008年12月号でも田母神論文を持ち上げる長文のエッセーを書いている。
中西輝政はその長文の田母神論文養護論において、日本の戦後史学がいわゆる「自虐史観」に支配されてきたとし、「田母神さんのような方が正しい歴史認識を示されたのは、むしろ大変喜ぶべきこと」だと評価している。田母神論文が「正しい歴史認識」だという判断はどこから出てくるのか。東大名誉教授や京大教授が、この論文を肯定し、高い評価を与えていることに注意しなくてはならない。そして11月8日付産経新聞の「週刊誌ウォッチング」で、雑誌「WILL」の編集長である花田紀凱は、この中西輝政の意見について「まさにその通りだ」と賛成している。「右翼・保守知識層」の見解はこのように反復され、増幅されて流通する。


(つづく)

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