宇波彰現代哲学研究所

多種多様な「知」の交流を通じ文化創造との実践的な橋渡しをめざし、新たな学問分野の開拓を行う研究機関のブログです。

田母神論文を支えるもの (3)

審査の主体

田母神論文は、アパグループという企業が企画した懸賞論文の「最優秀作」である。(アパグループは全国にホテルを経営している企業で、幕張の西武プリンスホテルを100億円以上で買収したことでも知られている。私も札幌に二つあるアパホテルに何回も泊まったことがある。サーヴィスも悪くはない。安く泊まれるホテルである。JRとも関係があるらしく、JR 関連の旅行会社ヴューズのホテル案内のリストにもアパホテルの名が見える。また、注意しておくべきことは、田原総一郎が司会するテレビ朝日系の日曜日の報道番組「サンデー・プロジェクト」のスポンサーのひとつであるということである。これは、この右翼的・保守的傾向の強い企業が、日本のメディアにも影響力を持っていることを示すものであるからである。)ということは、そういう評価をした審査委員会が存在することになる。自民党の若い国会議員である中山泰英(ときどきテレビにも登場する)、花岡信昭(雑誌「正論」にもときどき書いている「ジャーナリスト」で、産経新聞の客員論説委員でもある)ともうひとり(未詳)が審査委員で、委員長は渡部昇一(上智大学名誉教授)である。「週刊新潮」の記事によると中山泰英は多忙なので秘書にまかせたという。この記事を読む限りでは、結局のところ渡部昇一がひとりで決めたような印象がある。渡部昇一が「右翼・保守知識層」の「重鎮」であることは誰もが認めるところであろう。彼は産経新聞主催の「正論講演会」にもしばしば講師として登場している。この論文の審査は、筆者の名前を明らかにしないで、論文そのものを読むというプロセスで選ばれたというが、いわゆる「出来レース」の感じを否めない。しかも、賞金300万円というのは、いかに「見事な一篇」であるとしても、18枚の論文に与えられる金額としては桁外れに多すぎる。(その後の報道によると、田母神俊雄は、この賞金を辞退したという。)  先に言及した統合幕僚学校は、現役の一佐と二佐の再訓練を目標とする学校であるという。田母神俊雄はその校長をしていたときに「国家観・歴史観」という科目を作った。その講師には、櫻井よしこ、花岡信昭といった、いわゆる国家主義的なひとたちが講師として活動していたのであり、また「新しい歴史教科書を作る会」のメンバーが複数招かれていたことも明らかにされた。要するに、自衛隊の幹部教育が、かなり国家主義・自民族中心主義のイデオロギーをもとになされていたことがわかってきたのである。 私がここまで書いてきたことは、単なる前提にすぎない。日本の「右翼・保守知識層」は自衛隊の幹部の思想をも動かしているのだが、そんなことは「左翼・進歩知識層」にとっても周知のことであろう。問題はそういう構造的な言説システムに利用される「知識人」がいることである。

知識人の悲劇

私はさしあたってそのなかのひとりである鹿島茂(明治大学教授)のことを言いたいのである。鹿島茂はバルザックを中心とする19世紀フランス文学の研究者として著名な方であり、またユーモアに富んだ文章で多くの読者を持つひとである。数年前に、刊行した著作が100冊に達したので、それを記念するパーティを開き、私の親しい友人のひとりもその会に出席したと聞いている。私自身も少なくとも10冊は彼の本を買って読んでいる。
ところが私は、2002年に文藝春秋から刊行された鹿島茂の『成功する読書日記』を読み、彼がそのなかで渡部昇一を「読書論の先達」として高く評価しているのを知った。そして「これはダメだ」と思い、その当時かかわっていたミニコミ「千年紀文学」で批判したが、反応はなかった(その後、事情があって私はこの「千年紀文学の会」を脱会した)。渡部昇一のベストセラー『知的生活の方法』を読めば、彼がいかに「知的生活」から遠いひとであるかはわかるはずである。詳しくは、その当時に私が図書新聞一面に書いた批判を読んでいただきたい。
ところが鹿島茂は「諸君!」(2008年7月号)で、その渡部昇一と平川祐弘(東大名誉教授、『神曲』の翻訳もあり、最近は「源氏物語」の英訳者としても知られているアーサー・ウェリーについての著作を刊行した)との三人で、「中学教師に薦める必携・現代教養の100冊」という座談会を行なっている。渡部昇一は、その百冊のなかに『愛国百人一首』(戦争中に選ばれた「国家主義的」と認められた100首の短歌で、万葉集や源実朝の作品も含まれている。私の子どものころのことであるが、かすかに記憶にある。)や大木惇夫の『海原にありて歌へる』(軍国主義的な詩)を入れている。渡部昇一はこの詩集に収められている大木敦夫の作品「戦友別盃の歌」を「大東亜戦争の時代の証言」であると評価する。なぜそのような本が、「中学教師必読」なのか?しかも、だれもこういう発言に対して批判をしないのはどういうことか?


(つづく)

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