宇波彰現代哲学研究所

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シンボル論 研究所版

ここに公開するのは、可視化情報学会の機関誌「可視化情報学会誌」(第17巻、66号、1997)に発表した論文である。シンボルの問題はきわめて範囲が広く、また非常に深いものである。私の現在での関心とのかかわりで言うならば、シンボルはイメージの問題のひとつの分野であり、このイメージ(像)の問題はさらに大きいものである。いまの問題意識から私は「像と言語」という論文を「モルフォギア」(第29号)に発表したばかりであり、10年前のこの「シンボル論」とのつながりと断絶とを自分自身で確認しているところである。つまりこの「シンボル論」は、いまならば大幅に書き直されるであろう。しかしとりあえず初出のままここに公開する。なおこの論文は、いままで私が刊行した単行本には収められていない。(2007年11月29日)


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シンボル論 研究所版         

宇波彰



1 シンボルとは何か

今日、 シンボルということばは、さまざまな領域で使われている。いたるところで「シンボル・マーク」が用いられ、「シンボル・タワー」が建てられる。『シンボル大事典』(大修館)という、世界のさまざまなシンボルを集めた事典さえ刊行されている。県木や県花というのも、その地域を象徴する一種のシンボルとして機能しているように見える。しかし、どのばあいもシンボルという用語の使い方はきわめてあいまいである。手元にあるいくつかの小型の国語辞典を引いてみると、いずれも「象徴・表象、記号・符号」といい直してあるだけでよくわからない。会社や学校、あるいはひとつの都市のシンボル・マ-クということが最近しばしば話題にされはするが、それをたとえば「象徴標識」と訳すことはできないだろう。また、「表象」も、しばしば使われることばではあるが,歴史的にその意味を変化させてきたことばであり、もともとは心理学の用語として、心のなかに浮かぶ、対象の心的なイメージを意味した。普通の辞書にはその意味しか記されていない。しかし現代哲学や現代芸術の世界では、対象や概念を何らかのかたちで具体的に表現したものが表象であるとされる。表象にあたる英語は、REPRESENTATIONであるが、それは(台本の)上演をも意味している。もとにあったものを写し変えたものが表象である。伝統的な芸術はこの表象という概念をもとに成立していた。ところが、のちにも述べるように、20世紀になって、実在や既成の概念をただ表象するだけでは芸術は成立しないのだという主張がなされるようになり、「表象の崩壊」ということさえいわれている。そのため最近では表象を象徴の同義とすることはほとんど不可能になっている。
常識的に考えて、象徴は「鳩は平和の象徴である」という辞書の例文が示しているように、抽象的なものを表す、かたちのある具体的なもののことを意味していることが多いように思われる。フランスの『プチ・ラル-ス』では、シンボルについてはっきりと「概念を表象する形象的記号」という定義が与えられている。この定義では、シンボルが形象(かたち)を持つものであると規定されていると同時に、記号のなかに象徴が含まれると考えられていることがわかる。
しかし他方では、象徴と記号の区別がはっきりせず、訳語にも混乱があることも確かである。シンボルは単純な記号・符号でもある。たとえばシンボリック・ロジックは「象徴論理学」ではなく「記号論理学」と訳すべきものであり、このばあいは、ことばによる論理操作を、記号(シンボル)を使って簡単にしているということである。記号論理学においては、シンボルは単なる記号にほかならない。要するに、象徴も記号もあいまいな定義しかされていないように思われる。シンボルの問題を考えるときに重要な文献のひとつは、フランスの哲学者ジルベ-ル・デュランの『象徴の想像力』(せりか書房)であるが、その冒頭に次のように記されてある。「イマ-ジュ・記号・アレゴリ-・象徴・標識・比喩・神話・形象・イコン・偶像などの用語が、ほとんどの論者によって無差別に使われている。」(p9)また、すでに述べたように、最近では「表象」ということばも使われることが多い。今日では,企業や学校のアイデンティティを示すためにシンボル・マ-クが使われることが多くなっている。それはその企業・学校などの特質を表現したり、単にかたちの美しさだけを求めるばあいもあって、一概に規定できない。しかしそれらのシンボル・マ-クも、いままで使われてきた、伝統的なシンボルと関連するものがあるはずである。基本的には、シンボルは目に見えないものを、かたちのある、目に見えるものとして表現したものである。それはまさに「可視的な情報」を伝達する機能を持つものである。シンボルはいたるところに存在するように見えながら、他方ではその力を失いつつあるようにも感じられる。
最近翻訳された『記号の歴史』(創元社)のなかで、ジョルジュ・ジャンは次のように書いている。「ギリシア人は、ケレス、キュベレ、ミトラ教の秘教に入信した人々が互いを見分けるために使った言葉や記号のことを象徴と呼んだ。今では象徴という言葉はそこから拡大して、本質的な部分が似ていたり、慣用的に同類とされているものによって別個の実体を表現する記号のことを意味するようになった。象徴体系の世界は広大で魅惑的だ。」(p170)はたして今日においても、象徴体系の世界が広大で魅惑的であるかどうかは別に考えなければならない問題であるが、とにかくジョルジュ・ジャンは、象徴が記号のなかに含まれるものと考えているのであって、これが今日の一般的な理解である。またここでジョルジュ・ジャンが「慣用的に同類とされているものによって別個の実体を表現する記号」と書いていることに注意しておくべきであろう。のちにも述べるように、シンボルの機能は「慣用」によって決定されてくるからである。また、根本的にはシンボルは記号のひとつであると考えなければならない。したがって、シンボルについての考察は記号論のなかでなされるものと見ることもできるのであるが、なぜか最近の記号論では、シンボルそのものが直接には論じられることが少なくなっている。たとえば、今日の記号論の教科書的な著作であるロラン・バルトの『記号学の原理』(みすず書房刊『零度のエクリチュ-ル』に所収)でも、またウンベルト・エーコの『記号論』(岩波書店)でも、シンボルについて特に言及していない。それはおそらくシンボルは記号のひとつにすぎないという前提があるからだと思われる。しかしまた、記号論においてシンボルが特別に論じられなくなったのは、のちにも述べるように、シンボルそのものの力が小さくなったからではないであろうか。一般的に言って、論じられる対象の意義が薄れたり、力が小さくなってくると、その対象についての議論が少なくなってくる。たとえば、すぐれた美術作品が制作される時代には、美術批評も活発になる。批評は作品が存在してのみ可能になるからである。それと似たような現象がシンボル論にも生じていると考えることができる。

2 パースのシンボル論について

このような状況から考えると、シンボルについて考えるためには、記号論についての考察が必要になるはずである。今日の記号論には、フランスを中心として、主としてロラン・バルトによって展開されたフランスの記号論と、プラグマチズムの伝統を受け継いだアメリカの記号論という大きな二つの流れがあると考えられるが、アメリカの記号論が哲学者チャ-ルズ・サンダ-ス・パ-スから大きな影響を受けていることはよく知られた事実である。そのパ-スの哲学と記号論が、最近になって再評価されつつあるが、それはシンボルについて考えるためには、シンボルの価値が高く認められていたらしい100年前にさかのぼって考え直す必要があるということかもしれない。いまパースの年代順の全集が刊行されつつあって、この特異な哲学者の思想が徐々に解明されつつあるが、30巻からなるという全集の刊行が終了するのはかなり先のこととされていて、パースの研究者は草稿にあたって調べることもあるらしい。広い範囲にわたって活躍したこの哲学者の仕事はわが国でもかなり多くの研究者が論じてはいるが、まだ決定的なパース論はでていないように思われる。ただ、最近のアメリカではパースに関する著作や論文集が次々に刊行されているし、ドイツでは哲学者のオットー・アーペルが積極的にパースを評価する仕事をしていて、それはすぐに英語に訳されてもいる。またフランスでも、1993年にクロディーヌ・ティエルスランの『パースとプラグマチズム』(Claudine Tiercelin,Peirce et pragmatisme,PUF)というパース論が現われているのであって、パースの再評価が国際的に進んでいると見ることができる。
すでによく知られていることであるが、パ-スは、1885年に発表した「論理学の算数について」などにおいて、記号には三つの種類があるという考え方を示し、その考え方をその後も維持し続けた。パ-スの記号論は、論理学と密接にかかわるものであり、記号論はほとんど論理学と同じものとされている。そのためパ-スによる記号の分類では、記号と実在(現実)との関係のあり方が基準になっていて、記号はイコン(類似記号)、インデックス(指標記号)、シンボル(象徴記号)の三つに分類される。米盛裕二氏の『パ-スの記号学』(勁草書房)によると、対象と類似しているものがイコンであり、ティエルスランによると、生地の断片がその生地全体の色などの見本になっているとき、その断片はイコンとして機能していることになる(p67)。また,対象と「事実的に連結し、その対象から実際に影響を受けることによってその対象の記号となる」ものがインデックスである。風見鳥はインデックスの例としてよくあげられる。煙は火のインデックスである。そしてシンボルは精神・心的連合・解釈思想といった「第三のものの媒介によってその対象と関係づけられている」ものである。(p144)類似性、事実的直結、解釈項の存在が、この三つの記号のそれぞれの特徴である。パ-スによるこの分類は、今日しばしば言及されるものであるが、もちろんそれについては異論もあるのであって、たとえばパ-スから大きな影響を受けているイタリアの記号学者ウンベルト・エ-コは、この三分法に反対であるという。しかし、一般にはパ-スが記号のなかでシンボルを最も重視していたのもよく知られていることである。
パ-スの理論は、19世紀の後半に作られたものであり、今日では批判があるのは当然であるが、それが今日あらためて問題にされるのは、パ-スの理論が時代を超えて有効なものを持っているからにほかならない。それは、パ-スの記号論はつねに記号とそれ以外のものとの関係を視野に入れていたからである。アメリカ思想の伝統に忠実であり、またそれを新しいかたちで展開させたパースの記号論は、シンボルを中心とする記号を実践的なものと関連させて考察している点で、きわめてアメリカ的であるといえよう。1996年にパ-スの記号論について現代の立場からか考察した論文集が刊行されたが、そのなかに収められた「パ-スのシンボル論」において、ジョン・J・フィッツジェラルドは、「記号についてのパ-スの論文の多くはシンボルを論じている」と書いている。(Peirce's doctrine of signs,Mouton de Gruyter,p161) その上で、フィッツジェラルドは、記号とその対象と解釈項という、記号の意味作用を形成する三つの要素について論じている。この三つの要素は、「解釈項は記号を通して対象と関係する」という関係にある。このフィッツジェラルドのパ-ス解釈はシンボル論にとっても重要である。というのは、ここで記号について論じられていることは、そのままシンボルに当てはまるからである。シンボルが何を表現しているのかが対象との関係の問題であり、それをどのように解釈するのかは解釈項の問題だからである。シンボルについて考えるときには、シンボル・対象・解釈項という三つの要素を視野に入れておかなくてはならないというパ-スの指摘は今日でも十分に通用する。ス-ザン・ランガ-が『シンボルの哲学』(岩波書店)のなかで、「普通のサインの機能には、三個の買うべからざる項、すなわち、主観、サイン、および対象がある」(p76)と書いているのは、パ-スの理論を意識し、また解釈項を人間と見てのことである。ランガ-が「主観」といっているのは、「解釈者」のことと考えられるからである。シンボル論は、この三つ要素の関係の考察である。バルトの記号論では、記号はあくまでもシニフィアン・シニフィエの関係の中で意味を持つものであり、第三項の介入は考えられてはいなかった。したがってバルトの記号論では「解釈項」「主観」という要素が欠けているように思われる。
ただし、ここで少しつけ加えておくと、パ-スの記号論に人間的な要素があると考えることについては、ウンベルト・エ-コは批判的である。たとえばエ-コは『記号論1』(岩波書店)のなかで次のように書いている。「パ-スが解釈項というもの(それは最初の記号を翻訳し、説明するまた別の記号であったし、それは無限に反復される過程である)を想定される解釈者の心の中での心的な出来事でもあると考えていたことを否定しない。ただ私が主張したいのは人間中心的」ではない形で解釈することも可能だということなのである。」(p21)しかし私は,いまパースの思想を再評価するときには,そこに含まれる人間的なものを視野に入れる必要があると考える。パースの思想の再評価の大きな理由のひとつが、彼の記号論に含まれる人間的・実践的な要素であると考えられるからである。すでに述べたように、構造主義の時代には、人間的なものは意識的に排除されていて、そのためにバルトのように「作者の死」を唱えたり、ミシェル・フーコーのように、「人間の死」について語る必要があった。しかしその時代が過ぎたいま、われわれはどこかで人間的なものの回復を望んでいるように思われる。ロシアの文学理論家ミハイル・バフチンの仕事も、今日徐々に再評価され、再検討されているが、バフチンがながいあいだにわたって抱き続けていた重要な考え方のひとつが、「アーキテクトニクス」である。それは「システム」に対立するものであるが、システムが均質的で、中心を持たないのに対して、アーキテクトニクスはバフチンによって,「具体的で、個別的な部分と局面とを、焦点があり、不可欠で、勝手ではないやり方で配分し、関連させること」として規定されている。(Rethinking Bakhtin, Northwestern University Press,p21) これは、ある点に焦点があるので、均質な構造ではなく、建築の構造のように,どこかに柱のような中心になるものが想定されている。アーキテクトニクスは、パースの記号論のばあいと同じように,バフチンがポリフォニー(多声的構造)やカーニバル(異質なものが混合して存在する状況)の理論とともに、長年にわたって培った概念である。舞台は異なるとはいえ、これは現代思想において人間的なものの回復が求められているひとつの証拠と見ることができるだろう。
通常,シンボルについて積極的な考察をしてきたのは,宗教学と精神分析であるといわれる。ただしフロイトのばあい,シンボルはつねに性的な意味をもたされていて、そこには一種の還元主義がある。ユングにおいてもシンボルの象徴性は神秘的なものとつながる。さらにラカンの思想においては、シンボルの世界は言語の世界である。しかし、通常の理解では、シンボルは言語そのものであるよりも具体的な形象性を持ったものである。簡単な例をあげると、東ヨ-ロッパのいわゆる東方正教会で用いられているイコン、ギリシア正教の信者の家で信仰の対象にされているイコン、ギリシアの土産屋で売られている安っぽいイコンなどにおいてのみならず、欧米の美術作品でしばしば使われる「聖ゲオルギウスとドラゴン」というテ-マがある。聖ゲオルギウスはキリスト教もしくは正義の象徴であり、ドラゴンは悪の象徴として、大地の底から現れたものとして描かれる。多くのばあい、画面のどこかに穴が空いていて、それは地底の闇の世界に通じている。そこからドラゴンが地上に現われてきたのである。現代美術では正邪の対立という解釈は成立しなくなっているが、それでも聖ゲオルギウスとドラゴンとがシンボルとしてある時代までは象徴的な意味を持っていたことは確かである。そのばあい、キリスト教も、正義も、そして悪もきわめて抽象的なものであり、常識的に考えて、シンボルは目に見えないものを目に見えるようにするものとして定義できるであろう。抽象的で、不可視のシニフィエを可視的にしているシニフィアンがシンボルである。人間の社会生活では、われわれの目には見えないものが数多く存在している。シンボルはそれを見えるようにする働きをする記号である。

3 シンボルの価値の低下

ここまでシンボルについての定義の問題を論じてきた、それはシンボルがいたるところに存在していることが前提とされての議論である。しかし、その前提はすでに崩れているのではないだろうか。現代は映像の時代と言われていて、いたるところに写真・映画・テレビ・広告などのイメージがあふれている。そこにはシンボルもあふれていると考えられるかもしれない。しかし、そのような現代においてシンボルはかならずしも重要な意義を持つものとはみなされていない。シンボルは記号のなかに含まれると考えらるが、すでに述べたように、現代の記号論ではシンボルの問題は中心には置かれていない。シンボルそのものが力を失いつつあるからである。それにはいくつかの理由があると考えられる。ジルベール・デュランはそれが7世紀にビザンツ世界で起こったイコン破壊運動(イコノクラズム)に起因すると主張する。
シンボルは基本的には目に見えないものを目に見えるかたちで表現するものである。そこにはかならず変形や歪曲が存在する。シンボルの歴史をかえりみるとき、不可視のもの、特に宗教的なものを可視的なものにすることについては、ときおり批判的な動きがあった。ユダヤ教では偶像の崇拝は禁止されていた。すでに言及した東ヨ-ロッパに広まっているイコン(聖画像)は、民衆が神という目に見えないものに近づくための手段であるが、ビザンツ世界では7世紀ごろ、それは神を直接に信仰するのには妨げになるという理由で、いわゆるイコン破壊運動(イコノクラズム)が起こった。すでに言及したジルベ-ル・デュランは、このイコン破壊運動がさまざまなかたちで西欧の思考の根底にあるという意見を述べ、デカルトからサルトルにいたるフランス哲学も、基本的にはイコン破壊運動の系譜の中にあると指摘した。デュランは『象徴の想像力』のなかで次のように書いている。「西欧文明の歴史において、シンボルの価値が最も低下するのは、デカルト哲学に由来する科学主義の流れにおいて現れた状態であろう。」(p31)たしかに、明晰で判明な理性的認識を最も重視するデカルトの哲学では、想像力の役割は低く見られていて、イメージ・シンボルの価値は否定されることになる。デュランは、デカルトからさらにプラトンまで遡ることができる反想像力の系譜が、西欧精神を閉じ込めているのだと考える。デュランは、この動きが実際の美術作品に対しても影響をおよぼしていると主張する。そして、「このような徹底的なイコン破壊運動は、絵画と彫刻の美術的なイマ-ジュに対して重大な作用を及ぼさずには展開するものではない」(p34)と指摘し、17、18世紀のフランス美術が「全体の傾向として、純粋な気晴らし、純粋な装飾へと小さくなっている」と述べている。デカルトの思想が、芸術の世界にまで影響を及ぼしているかどうかはにわかに判断しがたい問題ではあるが、シンボルの力を回復させようとする試みは、おそらくデカルトとの対決を避けることができないであろう。
その意味で、モリス・バ-マンの『デカルトからベイトソンへ』(国文社)は、ギリシアに起源があり、デカルトが確実なものにした、あるいはデカルトに「象徴」される、西欧の基本的な反象徴的な意識を詳しく分析している。バ-マンは、「世界の魔法が解ける」というマックス・ウェ-バ-のことばを引用して論を進める。それは、近代の人間にとって、物質的な世界と精神的な世界、外の世界と内側の世界とがしだいに分離されていくということである。この二つの世界がつながっている意識をバ-マンは「参加する意識」といっているが、それは古い世界観であり、近代の人々はそれを「劣ったものとして、自分はもう卒業した幼稚な世界観として」見る(p70)。近代人は「魔法から醒めた」のであるが、「制限はされながらも確固として生き場所を持っていた参加する意識が、科学革命の到達によって、根絶の運命をたどっていく」(P74)ということになる。バ-マンはこのプロセスは、近代になって決定的なものになったが、その始まりはすでにユダヤ教の偶像崇拝禁止やギリシアの哲学のなかにあったと主張している。この考え方は、ジルベール・デュランと共通のものを持っている。このような思考の態度が、「意味に満ちたイメ-ジからその意味を奪ってしまう」批判的理性なのである。ここでバ-マンが「意味に満ちたイメ-ジ」と書いているのは、シンボルのことでもあると理解できる。バ-マンは「錬金術」ということばを使っているので、現代のわれわれには遠い世界のことのように感じられるが、 バ-マンがいっている「錬金術の世界」では「精神的な出来事と物質的な出来事との間に、明確な境界が存在していなかった」(p97)のであり、「シンボルでない事物など、そこには何ひとつ存在せず、あらゆる物質的事象が、それに対応する精神的事象を引き連れて生起する」(p98)のである。すべてがシンボルであるというのは、あらゆる存在が意味を持ち、精神と物質とが不可分であるということである。その世界はシンボルに満ちた世界であり、魔法にかかった世界である。
バ-マンは近代の科学的な思考が、このような魔法の世界を解かしてしまったとして、次のように書いている。「科学的文化が、全体論的知覚を抹殺しようとしたこと、それこそが、麻薬とアル中の蔓延する現代の病弊をもたらしたのだ。」(p190)ドラッグや酒におぼれる現代人の病がデカルトのせいだというこの主張が正しいかどうかはにわかには判断できないが、少なくとも現代の精神的な状況においては、シンボルの存在が危うくなっていることは理解できる。シンボルは、精神的なもの、抽象的なもの、概念的なものを、具体的な形象的記号として表象するものであるが、それが成立するためには、この二つの世界がどこかでつながっていることが前提とされている。ところが、近代の科学的世界観がそれを破壊してしまったのであり、そうなるとシンボルそのものの存在が危険な状況に置かれることになる。バ-マンの『デカルトからベイトソンへ』は、この意味においてシンボル論にとってきわめて重要な文献のひとつである。バ-マンは、「世界の再魔術化」の可能性が、グレゴリ-・ベイトソンの思想にあるとする。世界の再魔術化とは、精神的世界と物質的世界が相互に絡み合って存在する世界、シンボルが存在する世界を再構築することである。それが可能かどうかはここで判断することではない。しかし、そのような世界が消失しているというバ-マンたちの見解があたっているとするならば、現代では、シンボルは成立しにくくなっていると考えなければならない。ベイトソンは、遺伝学者であった父の影響を受けて、生物が作っている世界をエコロジー的な世界であると考えた。それは人間と自然とが魔術・呪術によってつながっている世界である。精神と物質が分離してしまった世界では、シンボルは存在できなくなる。

4 表象という概念の凋落

伝統的な芸術作品は、「表象」という概念を基礎にしている。「表象」という言葉を『広辞苑』で引いてみると、「1 象徴。2知覚に基づいて意識に現れる外的対象の像」という説明がなされている。しかしこれは現代の表象の意味とはかななり離れている。表象は何らかのかたちで対象を具体的に表現したものである。たとえば、絵画は実在を模写することから始まると、一応は考えられるが、その時の「模写」は表象の基本的な形式のひとつである。実在があり、それを写すことが芸術の起源であるとは言えないまでも、少なくとも写実主義や印象主義までの西欧の美術は、何らかの点で実在と直接にかかわるイメ-ジを作ることによって成立してきた。また演劇は台本を上演することによって成り立つと考えられてきた。それらのいずれも「表象」という考え方がもとになっている。ところが20世紀の芸術は、その様な表象概念を破壊することから始まったというのが一般的な芸術史が教えるところである。特にフランスを中心とする立体派・抽象絵画は、すでに実在の表象とはまったく異なったものを作品として提示した。点や線だけで作品が作られ、いわゆるシニフィアンのたわむれといわれるものが芸術の舞台に登場することになった。そこでは、実在とはほとんど切り離された抽象的な図形が作品の主要な要素として存在する。モンドリアンの作品には、点と線だけでできたものがあり、プラスとマイナスの記号(シンボル?)を集めて作られたものもある。それらの作品は、すでに実在の表象ではありえない。実在と関係のないシンボルについてその象徴作用を論ずることは原理的に不可能ではないかと思われる。シンボルの価値の低下は、このような表象概念の失権と連動する。
表象という概念にかわって登場してきたのが、「シミュレーション」という考え方である。(記号論では、正確にはシミュレーションは模擬作用のことを意味し、シミュラークルはその結果生じた表現などを指すが、一般にはこの二つのことばは混同して用いられている)表象が、実在に対応するものであるとすれば、シミュレーションには、それに対応する実在が存在しない。ヴァーチャル・リアリティといわれているものも、このシミュレーションの一種である。シミュレーションは、元来は「模擬」という意味で、飛行機の操縦訓練のときに、本物のコックピットに似せて作られたものがシミュレーションである。今日の哲学・芸術論では、対応する実在を持ってはいないが、それだけで存在し、また美的な価値も持つものをシミュレーションということがある。対応する実在がないシミュレーションの時代には、何かを象徴化しているものであるシンボルは居場所がないことになる。
シンボルの価値の低下は、このような表象概念の崩壊と、それにともなって到来したシミュレーションの時代の産物である。その例として、すでに言及したディディ=ユベルマンの『聖ゲオルギウスとドラゴン』に戻ることにする。ディディ=ユベルマンは、フランス美術史学者で、精神科医シャルコ-によるヒステリ-患者の写真の分析をした『アウラ・ヒステリカ』(リブロポ-ト)によってわが国にも知られている。ヒステリー患者の写真は、元来は医学的な資料としての価値を持つものであり、ドキュメントである。しかし今日では、ドキュメントはばあいによってはそのままアートになることができる。報道カメラマンによる出来事の写真は、時には単なるドキュメントの領域を超えて、芸術的な価値を持つことができる。また、元来は芸術作品であったかもしれない屏風絵や浮世絵が、その時代の人々の生活様式や、服装などについての資料として役立つこともしばしばあるはずである。特に今日では、ドキュメントとアートの区別があいまいになり、両者は相互に浸透する関係にある。それをディディ=ユベルマンはヒステリー患者の写真を媒介にしてするどく分析しているのであるが、そのようなドキュメントとアートの新しい関係が成立している状況が、まさにシンボルの価値の低下の時代に対応する現象であるといえよう。
1994年に刊行されたでディディ=ユベルマンの『聖ゲオルギウスとドラゴン』(Didi・Huberman,Saint George et le dragon,Adam Biro)は、このテーマがどれほど執拗にヨーロッパの美術作品に繰り返して用いられてきたかを詳しく説明している。したがってそれはある意味では「構造」というものについてのまたとない典型を示すものでもある。ロラン・バルトは、ギリシア神話のアルゴ船が帆柱などが変わっても、最後までその「構造」を変えなかったことを論じているが、聖ゲオルギウスとドラゴンというテーマも、ひとつの構造がいかに強固に保たれるかを示す例である。したがって、ディディ=ユベルマンのこの著作は、シンボル論にとっても貴重な文献である。聖ゲオルギウスは3世紀の殉教者で、最初は彼一人の殉教が図像として示される。そのうちに聖ゲオルギウスがドラゴンを退治する伝説がそこに加わることになる。聖ゲオルギウスとドラゴンというテ-マは10世紀をすぎてからしだいにヨ-ロッパに広まったが、写真家としても活躍したルイス・キャロルやアンディ・ウォ-ホールがその作品のテ-マとして取り上げたときには、元来聖ゲオルギウスや彼に退治されるドラゴンが持っていた象徴性はほとんど失われてしまっている。聖ゲオルギウスは、人身御供にされかかっている王女を助けてドラゴンを退治するのであり、日本の素戔嗚尊によるやまたのおろち退治の物語と類似しているところがあるが、現代ではばあいによっては、聖ゲオルギウスも王女もドラゴンもすっかり変形する。たとえばゲオルギウスは少年になってしまい、王女はヌードになり、ドラゴンは少しも恐くない存在として描かれる。それらの登場人物や動物は、元来持っていた象徴的な意味を失ってしまっている。ディディ=ユベルマンは、次のように書いている。「聖ゲオルギウスがもしドラゴンに対する本当の勝者ではなくなったとしたら、聖ゲウルギウスとドラゴンの争いはどうなるのか。王女がヌ-ドになっていたり、あるいはもっと悪いことに娼婦だったとしたら、聖ゲオルギウスのキリスト教的なアレゴリ-性はどうなるのか。」(p123)ディディ=ユベルマンの『聖ゲオルギウスとドラゴン』では、このテーマがいわばマンガ化されてしまったケースが想定されているのである。これは、宗教的な意味が失われていくとき、シンボルの象徴性はしだいに減少していくひとつの例である。

5 シンボルの価値と崇高なもの

円・三角形・四角形だけで作られたピカビアの「支える」というタイトルの作品の分析から始められている本江邦夫の『●▲■の美しさって何?』(ポプラ社)は、高校生を対象にしたシリーズのうちの一冊であるが、内容はかなり高度であり、「具体的なものがそこにあるように描くことをやめた抽象画」(p9)についてのわかりやすく、すぐれた著作である。それは、表象概念が崩壊したあとの芸術、対象を「写す」という行動をやめてしまった美術のあり方をどう見るかという難しい問題に取り組んだ書物である。写実主義の絵画であれば、それが描かれている対象をどこまで忠実に写しているか、もとの対象の色をどこまで上手に反映させているかというようなことが判断の基準になるかもしれない。しかし、まったく抽象的な図形から作られた美術作品の美しさはどこにあるのか。描かれているものがなんなのかがわからないような作品に価値があるのか。本江邦夫はそのような困難な問題に挑戦した。彼はそれらの幾何学的な図形が伝統的に持っていた意味を想起させ、「崇高なもの」の存在を認めようとしている。「崇高なもの」(ザ・サブライム)は、現代の美学・哲学の基本的な問題のひとつであり、カントが『判断力批判』において論じた問題である。この「崇高なもの」というテーマが、なぜ今日重要視され、なぜ多くの論文がそれについて書かれつつあるのかというのは、きわめて興味ある問題である。本江邦夫は結論にあたる部分で「幾何学的抽象のなかにはつねに、宗教的ともいうべき、ある神秘的な感覚があった」(p187)と書き、そこに「崇高なもの」を再発見しようとしている。これはいわば円や三角形や四角形をシンボルとして見直し、そこに象徴作用を再発見しようとする試みであると理解することも可能であろう。また、崇高なものが失われてしまった現在において、芸術の世界にその復活を求めようとする動きがあるのかもしれない。シンボルの問題は、おそらくこのような理論的なアプローチをつねに求めているはずである。 1997年3月にアメリカで「天国の門」というカルト的宗教団体 のメンバ-39人が集団自殺をするという事件が起こった。「インタ-ナショナル・ヘラルド・トリビュ-ン」(1997年3月28日)の記事によると、彼らの死体には三角に折りたたまれた紫色の布が掛けてあったという。それは何かのシンボルであり,シンボルの力が弱くなってきたように見える現代でも、まだ時にはシンボルが用いられているひとつの証拠である。これは宗教的なケースであるが、シンボルは宗教的なものに限定されることではない。クリストファ-・フックウエイは、そのパ-ス論のなかで、海水浴場に掲げられる旗が、水泳が可能であり安全であることを示すシンボルであることを、シンボルのひとつの例としてあげている。フックウエイは、次のように書いている。「旗の使用は旗と潮の干満の状態とのあいだの類似を示してはいない。また旗は潮の干満または流れの直接的な因果的所産でもない。その旗が海岸の安全性を意味するようにさせているものは、その目的のために旗を用いるという一般的な実践である。(Christopher Hookaway,Peirce,Routledge、p125)これはパ-スの理論をわかりやすく説明したものであるが、そこにはシンボルの一般的な特性のひとつが示されている。シンボルは「一般的な実践」によってシンボルとして機能するようになるのであり、その意味ではきわめて社会的なものである。「天国の門」の信者たちが使ったという紫色で三角に折られた布は、確かに何かのシンボルである。しかし宗教集団は内側に閉じこもった閉鎖的なグル-プであり、そのシンボルはそれを慣用的に使う彼らだけに理解できる特別のシンボルである。一般的なシンボルは、社会的・歴史的に作られていくものと考えるべきであろう。シンボルはそれを使う人間の共通の理解がある状況の中でのみ成立する。エレクトロニクス時代のコミュニケ-ションが、さまざまなかたちで変化しつつあるいま、シンボルもまたその性格を変えていくであろう。現代のシンボルは、おそらくパソコンのスクリ-ンに現れるシンボルが主流を占めてくると思われる。そのような新しいシンボルの存在の仕方について、新しい立場からのシンボル論がこれから作られなければならない。しかし、シンボルそのものの本質は、それが宗教的なシンボルでも、パソコンのスクリ-ン上のシンボルでも、基本的には異なるものではない。目に見えないものを見えるものにするのが、シンボルの役割である。不可視の世界を可視の状態に変形することがシンボルの役割である。そして、それを解釈するのは、究極的には人間である。

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Piccolo (ピコロ) 2008年 02月号 [雑誌]

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ゆうりの部屋 2007年12月29日(Sat) 08:51