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宇波彰現代哲学研究所

多種多様な「知」の交流を通じ文化創造との実践的な橋渡しをめざし、新たな学問分野の開拓を行う研究機関のブログです。

暴力的リゾームと横断性:パンデミックが露わにするもの

 パンデミックが踊っている。流動性と多様性が止まった世界の上で、パンデミックが高笑いをして踊っている。資本主義帝国の中で絶えず流れ、動いていた世界。欲望の実現がダイナミズムの中にある世界。その強固な信仰の下で、われわれはモノを動かし、消費し、より多くの、より様々な事象が溢れかえることが正しき道であると確信して、食べ尽くし、捨て去り、次の獲得物を探し、休むことなく漁り続けた。停止は死。動き、接触し、多くの物を所有することが善である。それが現在のわれわれが生存している社会の基本体制である。そして、それは資本主義という経済システムを背景とした巨大な機構である。日々われわれはその機構の中で、自分自身が可能な範囲内で、貨幣という記号装置を用いることで、必要とするもの、欲するものを手に入れることができた。ところが、その基盤は様々な記号体系を用いて高度な思考をすることなどまったく不可能なウィルスという生体によって、簡単に崩されてしまうものであることが明白となったのだ。われわれの誇る現代のシステムとは何と弱く、脆く、粗雑なものなのか。
 現在の世界が置かれている状況を見て、このように感じる人は少なからず存在するであろう。だが、今、世界中を席巻している新型コロナウィルス感染による危機は、われわれが通常の生活の中では見えていなかった政治、経済、社会、科学、思想的な諸問題をはっきりとした形で写し出した。それゆえ、このテクストでは、今回のパンデミックによって理解することができた根本的ないくつかの問題について考察していこうと思う。だが、私は政治学者でも経済学者でもない。自然科学者ではまったくないし、社会学も哲学も専門外である。ここで私が述べようと思うことは、私の専門分野の記号学に依拠した脆弱な小さな探究に過ぎない。そんな考察に意味はあるのかという疑問がない訳ではない。しかしそうであったとしても、それが如何に多くの曖昧性を含んだものであったとしても、この考察によって獲得できる何物かがあるのではないか。それを信じて私はこの拙論を書くこととする。
 先ず述べておく必要があること、それはここで探究しようとする主要問題は以下の三点であるということである。一つ目は「多数性の否定」、二つ目は「欲望の多様化と交流という装置」、三つ目は「リゾーム的な拡大」という問題である。もちろん、これら三つの視点に基づく私の分析が今回のパンデミックに関する深刻な問題性の一部にしか光を当てていないものであることは否まれない事実である。だが、この三つの視点に絞ることによって、かえって見えてくる地平があるように私には思えるのだ。
 何故なら、第一の視点は資本主義体制が高度に発展した現代において今回のパンデミックに対抗するために必要とされている反三密戦略がいずれも多数であることを否定するものであるからである。第二の視点はウィルス感染に対しては単に多数であることが問題なのではなく、多数の人間が交流することが問題となるが、現代社会における交流とは如何なるものなのかという点について検討しなければならないと思われるからである。そこにはまた、多数の人間の交流の基盤である資本主義社会における欲望増幅装置の問題が横たわっている。この増幅装置に完全に対立する公的権力が主張している欲望の自粛という要請あるいは命令は、従来のわれわれが信じていたイデオロギー装置を如何に変容するのかという課題もわれわれに投げかけられているからである。第三の視点は垂直的あるいは樹木図的に階層化している現代の社会、政治、経済システムに対して、新型コロナウィルスの広がりは、国という閾を超えて水平的にあるいはリゾーム的に拡大している事実が存在している点に焦点を当てるものである。このリゾーム的拡大による攻撃に対して垂直的な機構が如何に貧弱で、無力であるかいう問題は極めて大きな意味を持つと考えられるからである。それゆえ、この三つの視点はわれわれがここで行う探究にとって避けては通れぬ課題であり、これらの視点を通して、今回のパンデミック現象によって明らかになった現在の世界の実情について詳しく検討していくことが重要であると思われるのである。 

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書評:堀江秀史著『寺山修司の一九六十年代 不可分の精神』

 寺山修司は、俳句からはじまり、短歌、ラジオドラマ、映画、演劇、評論、随筆、…と多ジャンルを横断し、各ジャンルで独自の成果をあげた作家だが、今回とりあげる堀江秀史著『寺山修司の一九六十年代 不可分の精神』は、寺山のそうした多ジャンルにわたる活動の行動原理(活動理念)を「ダイアローグ」、作品の主題を「<私>論」であると規定し、膨大な資料をもとにそれを跡付けた労作である。タイトルに一九六十年代とあるが、読後に見えてくるのは、1950年代から1980年代初頭にいたる期間に様々に変貌を遂げたかに見える寺山の活動のみごとなまでの一貫性である。副題の「不可分の精神」とは、そうした寺山の一貫したありようを示す言葉であろう。

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戦争画とプロパガンダ

 1月18日から3月1日まで埼玉ピースミュージアムで「描かれた戦争―絵に託した思い―」というテーマ展が行われていた。川口市立図書館にあったフライヤーをたまたま見つけた私は、この展覧会が非常に意味のあるものであると思った。何故なら、私は今迄に戦争画についての拙論を十本程書いたが、戦争プロパガンダとしての絵画という視点からの探究とその波及効果に関する探究は殆ど行っていず、この展覧会を見て、この問題に対する詳しい検討を行いたいと考えたからである。
 東武東上線の高坂という駅を降り、バスに乗り10分程、更にバス停から歩いて10分。展覧会の会場である埼玉ピースミュージアムは小高い丘の上にあった。このミュージアムのウェブサイトのトップページを見ると平成5 (1993) 年に開館したと書かれているが、埼玉県にこのような施設があることを私はまったく知らなかった。展望台からの見晴らしはとてもよく関東平野が一望できるが、ミュージアムの周りは木々に囲まれていて、人家はまったくなかった。
 テーマ展自身は小規模なものであったが、興味深い発見が幾つかあった。その発見についてここでは、«戦争プロパガンダポスター»、«絵葉書になった戦争画»、«戦争画家の描いた雑誌の表紙画» という三つの視点から考察していきたい。 

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小泉明郎作『縛られたプロメテウス』を観劇して

去る2020337日、芸術公社主催「シアターコモンズ’20」において、小泉明郎作、VR演劇『縛られたプロメテウス』が上演された。昨年101014日(12日は中止)、「あいちトリエンナーレ2019」において上演され、好評を博した作品の再演である。前回は台風に見舞われ、中止を余儀なくされた日もあったが、今回は、新型コロナウイルスの感染が拡大する中、慎重な防止対策をとった上での上演となった。
 初演のあと、私は、市原佐都子作『バッコスの信女ホルスタインの雌』の劇評をこの欄に公表したが、その際、小泉のこの作品にもふれ、作品に仕掛けられたトリックを公にすることのデメリットに言及し、再演を考慮してここでは扱わないことを書いた。しかし再演が終わり、とりあえずそうした制約がなくなった今、記録の意味をこめて、初演の「あいちトリエンナーレ2019」後に書いておいたレビューを公表することにする。
なお、「シアターコモンズ’20」における再演については、諸般の事情で私は見ることができず、配布資料など、初演から一部変更があった可能性はあるが、それをフォロウしていないことをあらかじめ断っておく。また、この劇を再現、記録するにあたり、一回限りの観劇だったため、詩的テキスト(ナレーション)の再構成が難しかったこと、そして私自身の記憶のあいまいなところは、他のレビュアーの記事を参考にして補ったが十分とはいえないことも記しておきたい。 

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責任と贖罪:虐殺の記憶を語ること

  1月13日、文京区区民センターで憲法を考える映画の会が企画した「自主制作・上映映画見本市#3」が行われ、総計7本のドキュメンタリー映画が上映された。私はその中で「靖国・地霊・天皇」(2014年)、「9条を抱きしめて―元米海兵隊員が語る戦争と平和―」(2013年:以後サブタイトルは省略する)、「反戦を唱う女たち」(1988年)という三本の映画を見たのだが、ここで書こうと思う事柄は「9条を抱きしめて」と関係する問題である。映画の完成度から言うならば、この映画よりも他のニ本の方が完成度は高かったが、この作品が提示する問題について考察する必要性を私は強く感じたのだ。それには以下の理由があった。
 この上映会の数日前、私はある大学の図書館で多木浩二の『進歩とカタストロフィ:モダニズム 夢の百年』という本を見つけた。この本の冒頭で多木は、「ニ〇世紀を後にしたわれわれは、その歴史を書かねばならない。それはほとんど義務といってよい。それには政治、経済、社会関係、文化などが複雑に組織化された領域を横断せねばならない」という言葉を書いている。この言葉を読みながら、私は20世紀について何かを語ることの一つの大きな意味は、世紀の変化と共に忘れ去られようとしている小さな出来事をもう一度確かな目で見つめ直すことではないかと思ったのである。
  そして、私は「9条を抱きしめて」を見た。この映画の元海兵隊員の物語とその物語に関係した歴史性について何かを書くことも、歴史の波間に消え行こうとする問題に再び光を灯すことではないだろうか。そう考えたのである。それゆえ、このテクストでは最初にアレン・ネルソンという元海兵隊員の人生に関して検討する。それに続いて、やはりアメリカの軍人で、ヒロシマの原爆投下にゴーサインを送った先導機の機長だったクロード・イーザリーについて書いていく。そして二人の元アメリカ軍人が引き受けようとした戦争責任と彼らの行為の歴史的意味という問題について考えていきたい。 

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